上 下
38 / 84

37

しおりを挟む
37

 何事もなく、もう冬期休暇になっちゃったなあ。
 リンジーは自宅の窓の外にチラチラと舞う雪をぼんやりと眺めていた。
 ヒューイからは連絡もない。
 この学年分の学園の授業料はもう支払ってあって、学年途中で中退しても未経過分が返ってくる訳でもないから、退学するなら三年生が終わってからだけど、お父様が言うには我が家への援助分のお金も相変わらず毎月ヒューイの名前で振り込まれてるらしいし…
 もしかして名ばかりの婚約者でも女避けにはなるから、敢えて婚約破棄せずに放置してるのかしら?
 婚約破棄が世間に知られたらまた女生徒に取り囲まれる日々になるし。

 年末が迫って来て、今日はリンジーの誕生日だ。
 十二歳の時からパーティーなどはしなくなったリンジーの誕生日。家族だけで少し豪華な夕食と、母とリンジーが作ったケーキで祝う。
 しかし婚約破棄によって莫大な借金を背負う予定のオルディス家は、今年は普段よりほんの少しだけ豪華な夕食だけで済ませる予定だ。

「リンジーお誕生日おめでとう」
 リンジーの部屋へユーニスがやって来る。
「ユーニス」
「プレゼントは要らないって言うから、ケーキ買って来たわ」
 ユーニスはケーキの入った箱を顔の高さに掲げながら部屋に入って来た。
「わあ。ありがとう」
 ソファへとユーニスを促して、リンジーは使用人を減らしたオルディス家で侍女とメイドの役目も兼ねて働いてくれている古参の侍女へお茶を頼むと、ユーニスの向かい側のソファに座る。
「それ…カード、ヒューイ様から?」
 テーブルの隅に置かれたバースデイカードをユーニスは視線で示した。
「ううん。これはケントとザインからよ」
「ヒューイ様からは?」
「特に何もないわ」
 リンジーは俯いて苦笑いを浮かべた。
 これまでパーティーをしなくなっても、ヒューイからカードだけは毎年朝一番に届いていた。
 でも今年は…
 まあ婚約破棄寸前の名ばかりの婚約者の誕生日を祝う義理もないわよね。

 お茶を飲みながらケーキを食べて、ユーニスと話していると、オルディス家の執事がリンジーの部屋へやって来た。
「ヒューイ様からの贈り物だと花屋が来ているのですが、必ずリンジー様本人に渡すよう、厳に言われているそうなのです」
 少し困ったように執事が言う。
 ヒューイが?贈り物?何で?
 花屋という事はお花?何故本人じゃないといけないんだろう?
「わかったわ。ユーニスちょっと行ってくるわね」
「うん」
 ユーニスはリンジーに手を振る。
 リンジーもユーニスに小さく手を振って部屋を出て行った。

 廊下を執事と歩きながら、どこの花屋なのかを聞くと、執事は
「当家も利用している大通りにある花屋で、そこは確かにグラフトン家御用達でもあります。今配達に来ている従業員もそこで働いている者に間違いありません」
 と言う。
「そう」
 階段を降りて行き、玄関ホールが見えると、その隅に大きなピンクのバラの花束を抱えた男が立っていた。

「どうしてもリンジー様ご本人に手渡しで、と仰せつかったものですから…」
 花束を抱えて恐縮してペコペコと頭を下げる男を見ながら、リンジーは花束の大きさに驚愕していた。
 ピンクのバラ。
 何本あるの?
 歳の数…十七本なんてものじゃないわ。五十?もっとあるかも。
 これを、ヒューイが、私に?
 何?
 よりによってピンクだし、何か意味があるの?
「…あの?」
 花束を前にして訝しむ表情のリンジーに、花屋は首を傾げる。
 あ、普通の令嬢で、普通の婚約者なら、ここは目を輝かせて頬を染めて喜ぶ処なのね。
 ごめんね。普通の反応できなくて。
「どうもありがとう」
 リンジーは花屋の男の前に両手を差し出す。
 とりあえず、花はありがたく受け取ろう。花屋さんも届け先に長居させちゃ気の毒だし。
「はい。重いですからお気をつけてください」
 花束を渡されると、確かに重みが腕にズシリと来た。

 チクン。
 腕に小さな痛み。
 …?
 バラの棘?
 でもこういう贈り物の花束は丁寧に棘を取ってある筈…

 グニャリ。
 視界が歪む。
 …何?これ。

 バサバサバサッ!
 腕に力が入らず、花束を落とすと、ピンクのバラが床に散らばった。
「リンジー様!?」
 執事の声が遠くに聞こえる。
 足の力が抜けて、リンジーが倒れそうになると、花屋の男が手を伸ばし、リンジーを抱き止め、素早く肩へと担ぎ上げて、開いていた玄関から駆け出た。

「リンジー様!!」
 執事の慌てた声。

 …何?
 足が宙に浮いて…
 花屋さんに担いで運ばれてるの?
 リンジーはぼんやりとそう思う。頭は回らず、手にも足にも力は入らず、抵抗する事もできない。
 
 男は玄関の前に停めてあった馬車にリンジーを担いだまま乗り込むと、すぐさま馬車は走り出した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん
恋愛
 運命が狂った瞬間は…あの舞踏会での王太子殿下の婚約破棄宣言。  罪を犯し、家を取り潰され、王都から追放された元侯爵令嬢オリビアは、辺境の親類の子爵家の養女となった。  嫌々参加した辺境伯主催の夜会で大商家の息子に絡まれてしまったオリビアを助けてくれたダグラスは言った。 「お会いしたかった。元侯爵令嬢殿」  ダグラスは、オリビアの犯した罪を知っていて、更に頼みたい事があると言うが…

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈 
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

魔法大全 最強魔法師は無自覚

yahimoti
ファンタジー
鑑定の儀で魔法の才能がなかったので伯爵家を勘当されてしまう。 ところが停止した時間と老化しない空間に入れるのをいいことに100年単位で無自覚に努力する。 いつのまにか魔法のマスターになっているのだけど魔法以外の事には無関心。 無自覚でコミュ障の主人公をほっとけない婚約者。 見え隠れする神『ジュ』と『使徒』は敵なのか味方なのか?のほほんとしたコメディです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...