幼なじみに契約結婚を持ちかけられました。

ねーさん

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 何事もなく、もう冬期休暇になっちゃったなあ。
 リンジーは自宅の窓の外にチラチラと舞う雪をぼんやりと眺めていた。
 ヒューイからは連絡もない。
 この学年分の学園の授業料はもう支払ってあって、学年途中で中退しても未経過分が返ってくる訳でもないから、退学するなら三年生が終わってからだけど、お父様が言うには我が家への援助分のお金も相変わらず毎月ヒューイの名前で振り込まれてるらしいし…
 もしかして名ばかりの婚約者でも女避けにはなるから、敢えて婚約破棄せずに放置してるのかしら?
 婚約破棄が世間に知られたらまた女生徒に取り囲まれる日々になるし。

 年末が迫って来て、今日はリンジーの誕生日だ。
 十二歳の時からパーティーなどはしなくなったリンジーの誕生日。家族だけで少し豪華な夕食と、母とリンジーが作ったケーキで祝う。
 しかし婚約破棄によって莫大な借金を背負う予定のオルディス家は、今年は普段よりほんの少しだけ豪華な夕食だけで済ませる予定だ。

「リンジーお誕生日おめでとう」
 リンジーの部屋へユーニスがやって来る。
「ユーニス」
「プレゼントは要らないって言うから、ケーキ買って来たわ」
 ユーニスはケーキの入った箱を顔の高さに掲げながら部屋に入って来た。
「わあ。ありがとう」
 ソファへとユーニスを促して、リンジーは使用人を減らしたオルディス家で侍女とメイドの役目も兼ねて働いてくれている古参の侍女へお茶を頼むと、ユーニスの向かい側のソファに座る。
「それ…カード、ヒューイ様から?」
 テーブルの隅に置かれたバースデイカードをユーニスは視線で示した。
「ううん。これはケントとザインからよ」
「ヒューイ様からは?」
「特に何もないわ」
 リンジーは俯いて苦笑いを浮かべた。
 これまでパーティーをしなくなっても、ヒューイからカードだけは毎年朝一番に届いていた。
 でも今年は…
 まあ婚約破棄寸前の名ばかりの婚約者の誕生日を祝う義理もないわよね。

 お茶を飲みながらケーキを食べて、ユーニスと話していると、オルディス家の執事がリンジーの部屋へやって来た。
「ヒューイ様からの贈り物だと花屋が来ているのですが、必ずリンジー様本人に渡すよう、厳に言われているそうなのです」
 少し困ったように執事が言う。
 ヒューイが?贈り物?何で?
 花屋という事はお花?何故本人じゃないといけないんだろう?
「わかったわ。ユーニスちょっと行ってくるわね」
「うん」
 ユーニスはリンジーに手を振る。
 リンジーもユーニスに小さく手を振って部屋を出て行った。

 廊下を執事と歩きながら、どこの花屋なのかを聞くと、執事は
「当家も利用している大通りにある花屋で、そこは確かにグラフトン家御用達でもあります。今配達に来ている従業員もそこで働いている者に間違いありません」
 と言う。
「そう」
 階段を降りて行き、玄関ホールが見えると、その隅に大きなピンクのバラの花束を抱えた男が立っていた。

「どうしてもリンジー様ご本人に手渡しで、と仰せつかったものですから…」
 花束を抱えて恐縮してペコペコと頭を下げる男を見ながら、リンジーは花束の大きさに驚愕していた。
 ピンクのバラ。
 何本あるの?
 歳の数…十七本なんてものじゃないわ。五十?もっとあるかも。
 これを、ヒューイが、私に?
 何?
 よりによってピンクだし、何か意味があるの?
「…あの?」
 花束を前にして訝しむ表情のリンジーに、花屋は首を傾げる。
 あ、普通の令嬢で、普通の婚約者なら、ここは目を輝かせて頬を染めて喜ぶ処なのね。
 ごめんね。普通の反応できなくて。
「どうもありがとう」
 リンジーは花屋の男の前に両手を差し出す。
 とりあえず、花はありがたく受け取ろう。花屋さんも届け先に長居させちゃ気の毒だし。
「はい。重いですからお気をつけてください」
 花束を渡されると、確かに重みが腕にズシリと来た。

 チクン。
 腕に小さな痛み。
 …?
 バラの棘?
 でもこういう贈り物の花束は丁寧に棘を取ってある筈…

 グニャリ。
 視界が歪む。
 …何?これ。

 バサバサバサッ!
 腕に力が入らず、花束を落とすと、ピンクのバラが床に散らばった。
「リンジー様!?」
 執事の声が遠くに聞こえる。
 足の力が抜けて、リンジーが倒れそうになると、花屋の男が手を伸ばし、リンジーを抱き止め、素早く肩へと担ぎ上げて、開いていた玄関から駆け出た。

「リンジー様!!」
 執事の慌てた声。

 …何?
 足が宙に浮いて…
 花屋さんに担いで運ばれてるの?
 リンジーはぼんやりとそう思う。頭は回らず、手にも足にも力は入らず、抵抗する事もできない。
 
 男は玄関の前に停めてあった馬車にリンジーを担いだまま乗り込むと、すぐさま馬車は走り出した。



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