36 / 84
35
しおりを挟む
35
学園に入ると、ザインともリンジーともクラスは離れ、ケントとは同じクラスになった。
リンジーとは学園でたまに顔を合わせる程度、ヒューイはほぼ毎日ザインと過ごしていた。
学園二年生になった頃には、休みに家に帰る度に父母から「そろそろヒューイの結婚相手を決めなくては」「ほらこの絵姿を見て。お綺麗でしょ?侯爵家のお嬢様よ」とせっつかれ、うんざりしていた。
結婚は、最終的には誰かとしなくてはならない事はわかっているが、父母から勧められた縁談は全て断った。
たまに俺の前にあの侍女が現れて迫られるのも煩わしい。
「俺はいずれ公爵家の嫡男として結婚をして子をもうけなければならない。それまで俺はザインの事以外考えたくないんだ」
ザインの事以外。つまり侍女の事も考えたくない、と言ったつもりだったが、侍女からの口からは意外な言葉が放たれた。
「では、傀儡の妻を娶られたら?」
侍女がニッコリと笑って言う。
「は?」
「形だけの妻…ああでも嫡子が必要なんですよね?その子を生んでいただくためだけの妻ですよ。ああ、そう。言うなれば『契約結婚』です」
契約結婚?
「愛などより、公爵家に嫁げて、いずれ女主人になれて、自分の子供が後継者になる。そういうのを重要視する女性は少なからず居ますよ」
侍女は口角を上げた。
「嫡男が生まれたら、奥方様も恋愛でも何でも自由にして良いと。そう言う条件はどうですか?そうしたら、ヒューイ様がザイン様とお別れする必要もないですし」
ザインと別れなくても良い。
その言葉が胸に刺さった。
「契約結婚ですから、ヒューイ様が全然知らない令嬢が良いと思います。下手に情が絡む相手だと奥方様がヒューイ様に執着されたり、愛人の存在が許せなかったりするかも知れませんし」
家格は同じくらいの相手が良いだとか、意外と没落貴族が狙い目かもだとか、侍女は色々話しているが、俺は途中から侍女の言う事は余り聞いてはいなかった。
契約結婚、か。
しかしその相手をどう探すか…
ある日、教室のケントの机の上に置かれた紫色の軸の万年筆に気が付いた。
ザインが同じような万年筆を使っていなかったか?
何気なくその万年筆を手に取ると「触るな」とばかりにすぐにケントに取り返された。
「それ…」
「誕生日にリンジーに貰った物だ」
そう言いながら大切そうに筆入れにそれを入れるケント。
「ザインが同じ…いや色違いの物を持っていた」
「ああ。ザインのは銀色だとリンジーが言っていたな」
リンジーは、ケントとザインには誕生日の贈り物をしていたのか。俺にはカードしかなかったのに。
リンジーと一番近しいのは俺ではなかったのか?
モヤモヤとした物がヒューイの胸に広がった。
そんな頃、リンジーの家の領地が台風や大雨で甚大な被害を受けたという話しを父と母がしているのを耳にした。
「復旧にもかなりの時間と…お金も掛かるし大変みたいなの。援助したいけど、友達同士で施すみたいなのは違うわって言われたし、借りても返せないからって…何かしてあげられる事はないのかしら」
夜更けのサロンから母の声が、たまたま廊下を歩いていたヒューイの耳に届く。
「そうだな。オルディス家の領地でできる作物を我が家が買い上げる事にしよう」
リンジーの家の話しか?
ヒューイは父と母の会話を聞くために立ち止まった。
「後は…リンジーとアンジーに良い縁談を紹介しようか」
「そうね。アンジーくんはまだ幼いけれど、リンジーちゃんはもう婚約していてもおかしくない歳だし」
…リンジーに、縁談?
今の今までリンジーの事など頭になかったのに、何故か胸が苦しくなった。
リンが、誰かと、結婚?
リンが、俺ではない、誰かと。
ガンガンと痛み出した頭を押さえながら、ヒューイは自分の部屋に戻った。
このままでは父上がリンジーに「良い縁談」を持って行ってしまう。裕福な伯爵家辺りの令息か。それとも羽振りの良い商家の息子だろうか。
「リン、ヒューイのおよめさんになる」
「うん。ぼくリンをおよめさんにする」
周りは微笑ましく幼い二人を見ている。
そんな情景が何度もあったにも関わらず、今までどんな縁談を持って来られてもそこにリンジーの名前はなかったし、こう言う場面でもリンジーへの「良い縁談」の相手はヒューイではない。
いくら家族ぐるみで仲が良くても、貴族の婚姻としてグラフトン公爵家とオルディス伯爵家では到底釣り合いが取れないと言う事なのだろう。
だが、俺が望めばどうだろう?
俺が「リンジーと結婚したい」と言えば、それは通るんじゃないのか?
そう考えた時、ガンガンとした頭痛がすうっと消えた。
学園に入ると、ザインともリンジーともクラスは離れ、ケントとは同じクラスになった。
リンジーとは学園でたまに顔を合わせる程度、ヒューイはほぼ毎日ザインと過ごしていた。
学園二年生になった頃には、休みに家に帰る度に父母から「そろそろヒューイの結婚相手を決めなくては」「ほらこの絵姿を見て。お綺麗でしょ?侯爵家のお嬢様よ」とせっつかれ、うんざりしていた。
結婚は、最終的には誰かとしなくてはならない事はわかっているが、父母から勧められた縁談は全て断った。
たまに俺の前にあの侍女が現れて迫られるのも煩わしい。
「俺はいずれ公爵家の嫡男として結婚をして子をもうけなければならない。それまで俺はザインの事以外考えたくないんだ」
ザインの事以外。つまり侍女の事も考えたくない、と言ったつもりだったが、侍女からの口からは意外な言葉が放たれた。
「では、傀儡の妻を娶られたら?」
侍女がニッコリと笑って言う。
「は?」
「形だけの妻…ああでも嫡子が必要なんですよね?その子を生んでいただくためだけの妻ですよ。ああ、そう。言うなれば『契約結婚』です」
契約結婚?
「愛などより、公爵家に嫁げて、いずれ女主人になれて、自分の子供が後継者になる。そういうのを重要視する女性は少なからず居ますよ」
侍女は口角を上げた。
「嫡男が生まれたら、奥方様も恋愛でも何でも自由にして良いと。そう言う条件はどうですか?そうしたら、ヒューイ様がザイン様とお別れする必要もないですし」
ザインと別れなくても良い。
その言葉が胸に刺さった。
「契約結婚ですから、ヒューイ様が全然知らない令嬢が良いと思います。下手に情が絡む相手だと奥方様がヒューイ様に執着されたり、愛人の存在が許せなかったりするかも知れませんし」
家格は同じくらいの相手が良いだとか、意外と没落貴族が狙い目かもだとか、侍女は色々話しているが、俺は途中から侍女の言う事は余り聞いてはいなかった。
契約結婚、か。
しかしその相手をどう探すか…
ある日、教室のケントの机の上に置かれた紫色の軸の万年筆に気が付いた。
ザインが同じような万年筆を使っていなかったか?
何気なくその万年筆を手に取ると「触るな」とばかりにすぐにケントに取り返された。
「それ…」
「誕生日にリンジーに貰った物だ」
そう言いながら大切そうに筆入れにそれを入れるケント。
「ザインが同じ…いや色違いの物を持っていた」
「ああ。ザインのは銀色だとリンジーが言っていたな」
リンジーは、ケントとザインには誕生日の贈り物をしていたのか。俺にはカードしかなかったのに。
リンジーと一番近しいのは俺ではなかったのか?
モヤモヤとした物がヒューイの胸に広がった。
そんな頃、リンジーの家の領地が台風や大雨で甚大な被害を受けたという話しを父と母がしているのを耳にした。
「復旧にもかなりの時間と…お金も掛かるし大変みたいなの。援助したいけど、友達同士で施すみたいなのは違うわって言われたし、借りても返せないからって…何かしてあげられる事はないのかしら」
夜更けのサロンから母の声が、たまたま廊下を歩いていたヒューイの耳に届く。
「そうだな。オルディス家の領地でできる作物を我が家が買い上げる事にしよう」
リンジーの家の話しか?
ヒューイは父と母の会話を聞くために立ち止まった。
「後は…リンジーとアンジーに良い縁談を紹介しようか」
「そうね。アンジーくんはまだ幼いけれど、リンジーちゃんはもう婚約していてもおかしくない歳だし」
…リンジーに、縁談?
今の今までリンジーの事など頭になかったのに、何故か胸が苦しくなった。
リンが、誰かと、結婚?
リンが、俺ではない、誰かと。
ガンガンと痛み出した頭を押さえながら、ヒューイは自分の部屋に戻った。
このままでは父上がリンジーに「良い縁談」を持って行ってしまう。裕福な伯爵家辺りの令息か。それとも羽振りの良い商家の息子だろうか。
「リン、ヒューイのおよめさんになる」
「うん。ぼくリンをおよめさんにする」
周りは微笑ましく幼い二人を見ている。
そんな情景が何度もあったにも関わらず、今までどんな縁談を持って来られてもそこにリンジーの名前はなかったし、こう言う場面でもリンジーへの「良い縁談」の相手はヒューイではない。
いくら家族ぐるみで仲が良くても、貴族の婚姻としてグラフトン公爵家とオルディス伯爵家では到底釣り合いが取れないと言う事なのだろう。
だが、俺が望めばどうだろう?
俺が「リンジーと結婚したい」と言えば、それは通るんじゃないのか?
そう考えた時、ガンガンとした頭痛がすうっと消えた。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる