上 下
35 / 84

34

しおりを挟む
34

 ヒューイの父と母が応接室から出て行き、ヒューイとリンジーの父の二人だけになる。
「本当に済まない。ヒューイ君」
 ソファで向かい合い、改めて頭を下げるリンジーの父。
「やめてください。おじ上。それより何故ですか?リンジーが何か言いましたか?」
 頭を上げた父は、言いにくそうに言う。
「その…ヒューイ君と結婚したくなくて、他の男性と会った、と…その相手の家に累が及ばないようにして欲しい、と」

 リンジーがあの男に、累が及ばないように…と?
「それに、私はリンジーはヒューイ君を…その、好きなんだと、幼い頃から…そう思っていたから、家格から言っても我が家の娘がグラフトン公爵家に嫁ぐなどあり得ないと考えていたが、ヒューイ君がリンジーを望んでくれるなら、これ以上の縁はないかと…」
「……」
「しかしリンジーはヒューイ君との結婚はどうしても嫌だと言うし」
 どうしても嫌。
 ズクンッと胸の奥が痛んだ。
「……」
「もちろん、オルディス家への支援金は打ち切ってくれ。今までの分は一生掛けてでも返金する」
 リンジーの父は、強く決意した瞳をヒューイに向ける。
 ああ、親子だな。
 とヒューイは思う。
 リンジーも一生掛けても返すと言っていたな。
 ああ、そうだ。あの時のリンジーのを見て、実はリンジーは俺を嫌いなんじゃないかと思ったじゃないか。それは間違っていなかったと言う事か…

「…婚約破棄と言う事になりますが、良いのですか?」
 ヒューイは低い声で言う。
 婚約解消と婚約破棄では、その後の縁談への影響が全く違う。円満な婚約解消であれば、原因について多少周りから詮索されたとしてもそう支障はないが、婚約破棄となると、どちらかに明確な非がある事が広く知られるため、その原因となった令嬢令息は「傷物」と扱われるのだ。
「ああ。もちろん。我が家の有責だ」
「リンジーも、アンジーももう結婚できないかも知れませんよ?」
 王家にも近いグラフトン公爵家から婚約破棄された伯爵令嬢。そしてその弟の縁談がそう簡単に纏まるとは思えない。それでも?
「…アンジーには申し訳ないが、仕方がない」
「そうですか」

 頷けば良い。「わかりました」と言えば。
 ザインも言っていたように、リンジーとの契約結婚はやめにして、他の令嬢を探せば良い。
 リンジーもそう言ったじゃないか。他の女性ひとを探せと。
 ズキンッ。
 心臓と、頭が痛む。

「少し…考えさせてください」
 ヒューイは拳で胸を押さえながら言った。

-----

「どうしたの?リンジー、元気ないわね」
 昼休憩に寮に戻って来たリンジーとユーニス。
 中庭や食堂へ行くより移動時間が掛かる分休憩時間は短くなるが、ケントにもヒューイやザインにも会わなくて済むし、会話を聞かれる心配がない。
 スミスとのデート事件の後から二週間経つ。あれからリンジーとユーニスは中庭には行かず寮で昼食を摂っていた。
「うん…これ見て」
 今日はリンジーの部屋なので、リンジーは机の上に置いてあった封筒を持って来てユーニスに渡す。
「手紙?」
「そう。スミス様から」
「え!?」
 スミスは一旦警察には引き渡されたが、リンジーが被害を届け出なかったため数日後に釈放される事になった。
 ヒューイが身元引き受けに訪れて「リンジーに二度と近付くな。近付いたらグラフトン公爵家の名に掛けてお前の家を叩き潰してやる」と脅して領地へ帰らせたのだ。
「手紙って近付いた事にはならないのかしら?」
 ユーニスが封筒をじっと見ながら言う。
「物理的に近付いた訳じゃないし、私が言わなきゃわからないわ」
「そうね。それで、何が書いてあったの?」
「怖い目に遭わせてごめんって。それからもう近付かないから安心してって。私が浅はかだったせいでスミス様を巻き込んだんだから、謝罪するのは私の方なのに」
「リンジー…」
「ヒューイに知られたら不味いから返事はいらないって。この手紙も読んだらすぐ処分して欲しいって書いてあったの」
 リンジーは苦笑いを浮かべる。
 だから週末にはこの手紙を家に持ち帰り、焼却するつもりだ。
 手紙の最後に「リンジーの婚約者はリンジーをとても大切に思っているんだね。お幸せに」なんて書いてあって思わず笑ってしまったわ。婚約破棄寸前なのにね。

 グラフトン公爵家ではリンジーとヒューイの婚約についてはヒューイにどうするかを任せる事にしたらしい。
 リンジーもあれからヒューイと顔を合わせていないので、ヒューイがどうするのつもりなかも知らないのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...