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 ケントの印璽で封緘された封筒をベッドサイドテーブルの引き出しに戻すと、ザインはベッドへボスンッと座る。
 ヒューイに「泊まって行きなよ」って言ったけど、帰ってしまったな。まあでも明日には学園で会えるから…
「…ごめんね。リンジー」
 先程閉めた引き出しを見つめて呟いた。

 ヒューイがグラフトン家の屋敷の自分の部屋に戻ると、寝室は何事もなかったかのように片付けられ、そこにリンジーの姿はなかった。
 …帰ったのか。
「ヒューイ様」
 女性の声がして、振り向くとあの侍女が立っていた。
「お前…今は俺付きではないのに、何故ここにいる?」
「あら酷い。リンジー様にお洋服を用意してオルディス家に迎えを頼んだのは私ですよ?寝室に女性を一人置いて外出されるだなんて、酷いのはヒューイ様ですわ。それに、旦那様がお呼びですので私はそれをヒューイ様にお伝えに参っただけです」
 クスクスと笑いながら言う。
「…リンジーに何か言ったのか?」
「いいえ。何も」
 本当に?

 訝し気に侍女を見るが、侍女はアルカイックスマイルを崩さない。
「…父上が俺を呼んでいると言ったな?」
「はい。『応接室へ来るように』との事です」
「わかった」
「では、失礼いたします」
 侍女は恭しく頭を下げた。

 応接室…?
 と言う事は客なのか?
 俺が呼ばれるような客とは誰だ?

 応接室に入ると、ヒューイの父と母がソファに座り、その向かい側にリンジーの父が座っていた。
「おじ上?」
 何故リンジーの父親が?
 そもそもヒューイの母とリンジーの母が友人なので、リンジーの父が一人でグラフトン家を訪れた事はないし、家族ぐるみの付き合いなのでオルディス家の者が応接室に通される事もないはずなのだ。

「ヒューイ君」
 リンジーの父はソファから立ち上がると、ヒューイの前にツカツカと歩み寄る。
「な…?」
 余りに真剣な表情なので思わずたじろぐヒューイ。
 リンジーの父はヒューイの前でとまると、勢いよく、直角に頭を下げた。

「済まないヒューイ君!」
「は…?」
 困惑するヒューイに、頭を下げたままで言った。
「リンジーとの婚約を解消してくれ!」

-----

 グラフトン家へリンジーを迎えに来たのは、リンジーの弟アンジーだ。
「ごめんねアンジー。近いんだから歩いて帰っても良かったのに…」
 馬車の中でリンジーは言う。
「全然。近いと言っても馬車なら五分でも歩けばかなり掛かりますし。それに姉様体調悪いのに歩くのは無理ですよ」
「体調?」
 ああ、私の体調が悪いから迎えに来て欲しいって話しになってたのかしら?
「涙目で充血してますし、顔も赤いです。また熱が出たんでしょう?」
「あ…」
 泣いたせいかも知れないけど、確かに熱っぽいかも。
 神経太いかと思えば、意外と弱い処もあって…自分の事ながらわからない事ばかりだわ。

 馬車がオルディス家に着くと、リンジーは真っ直ぐに父親の執務室へと向かった。
「お父様」
「どうした?リンジー」
 執務机で書類に向かっていた父親が顔を上げる。
「お願いです。ルイス様を助けてください」
「ルイス様?」
「領地で知り合った私の浮気相手です」
 リンジーがきっぱりと言うと、父は目を見開いた。
「浮気!?」
 ザインがルイス様を警察に引き渡したのかはわからないけど、王都から遠い地方だと言えグラフトン公爵家に睨まれたらルイス様の家にも悪影響があるわ。
 私が浅はかだったせいでルイス様を巻き込んだんだもの、ルイス様にもルイス様の家にも迷惑を掛ける訳にはいかない。
 私の「浮気」なんだから、私が叱責されたり、軽蔑されたりすれば良いのよ。
 だからお父様にお願いしてどうにかグラフトン家にとりなしてもらわなくちゃ。

「浮気とはどう言う事なんだ?リンジー」
「お父様、私…ヒューイと結婚するのがどうしても嫌なんです」
「は?リンジーはヒューイ君を好きなんだろう?」
 …私って、そんなにわかりやすかったの?
 まあでもヒューイの十二歳の誕生日までは結構あからさまだったものね。まだ子供だったから。
「それは昔の話しです」
 リンジーがそう言うと、父はあんぐりと口を開けた。



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