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 きっかけは、他愛もない子供同士の結婚の約束。

「リンね、大きくなったらヒューイのおよめさんになる」
「うん。ぼくリンをおよめさんにする」

 ニコニコ笑って言う三歳のリンジー。
 笑顔で頷くヒューイ。
 リンジーの父と母も、ヒューイの父と母も満面の笑みで二人を見ている。

 その時、ヒューイの心に「自分は将来リンジーと結婚するのだ」と深く深く刻まれた。

「ケントって王子さまなの?」
 四歳でケントがグラフトン家に預けられ、遊びに来たリンジーと初めて会った時、リンジーはそう言って目を輝かせた。
「うん。よろしくね。え…っと」
 リンジーの名前を知らず戸惑うケント。リンジーの母がリンジーの頭を撫でながら言う。
「おなまえ教えてって」
「リン!」
「リン?」
 ケントはそう言ってリンジーに手を差し出した。
「さすが王子殿下、同じ歳でも随分しっかりされているなぁ」
 少し離れた所で見ていたリンジーの父が感心したように言う。
「握手。仲良くしてねって」
 リンジーの母がリンジーに言うと
「ん」
 と、リンジーも手を差し出して二人は握手を交わす。
「なかよくしてね!」
 リンジーは笑顔で母の言葉を繰り返す。
「ありがとう。なかよくしてね」
 リンジーと握手した手をそのまま離さず笑顔のケント。

 ヒューイはそんな二人を見て、焦燥感を覚えた。
「リンジーだよ」
 二人の間に割り込むようにして言う。
「?」
 リンジーが不思議そうにヒューイを見た。
「リンじゃなくてリンジーだよ」
「うん。わかった『リンジー』だね?」
 ケントは頷いて笑う。

 リンをリンって呼んでいいのは、僕だけだ。

 それからヒューイも意識してリンジーを「リンジー」と呼び始めた。
 ケントは王子さまだから、リンとあんまり仲良くなったらリンを取られちゃう。
 そんなのいやだ。リンは僕のお嫁さんになるんだから。

-----

 ハウザント家のザインの部屋にヒューイがやって来た。
「ヒューイ?どうしたの?真っ青だよ」
 部屋に入って来たヒューイは、頭を押さえていて顔色が悪い。
 ザインはソファから立ち上がると、ヒューイに駆け寄った。
「…ザイン、リンジーが預けている封筒を見せてくれないか」
「え?でも…」
「頼む。リンジーには謝るから…っつ」
 ズキンッズキンッと痛む頭を押さえて呻く。
「ヒューイ!?」
「…大丈夫。少し頭が痛むだけだ。頼むよ。ザイン」
 眉を顰めてザインを見るヒューイに、ザインは小さくため息を吐いた。
「…わかった。持って来るから、ヒューイは横になってて」
 ヒューイの手を引いてソファへと促す。
 クッションを片側の肘掛けの方へ何個も重ねて置いて、そこに寝るようにヒューイに言うと、ザインは寝室へと行った。

 寝室のサイドテーブルの引き出しからケントの印璽で封緘してある封筒を取り出す。
「リンジーと…何かあったのか…?」
 騒つく心を鎮めるように、深呼吸をすると、ザインは寝室を出た。
 横にはならず、ソファの背もたれに身体を預けて目を閉じているヒューイを少し見つめた後、ヒューイに近付くとそっと肩を叩く。
「大丈夫?医師を呼ぶ?」
 ヒューイが目を開け、ザインを見た。緑の瞳にザインが映る。
「大袈裟だ」
「本当に大丈夫?」
「ああ」
「じゃあ…これ」
 ザインはヒューイの隣に座ると、ヒューイの手に封筒を置いた。
「ああ…」
 ヒューイは宛名のない封筒を裏返すと、蝋封を見つめる。
「お茶を用意するよ」
 ザインは立ち上がると、部屋の外に出た。

「俺がその『条件』を満たすと言ったら?」
 ケントの言葉を思い出すと、また頭がズキンッと痛む。

 ケントは、初めてリンジーと会った時からリンジーに好意を持っていたと思う。
 唯一歳の近い兄は第一王子という立場と病いのせいで滅多に会えず、周りには大人しかいない環境で、王子である自分に気安く接する女の子に初めて会ったからだ。
 始めの頃はリンジーが遊びに来ると真っ先に出迎えに行き、リンジーの行く所へ着いて回っていた。
 それでもリンジーが「ヒューイ」「ヒューイ」と俺を慕っていたので、いつしかケントが過剰にリンジーに着いて回る事はなくなっていた。

 俺はと言えば、リンジーは俺の事をずっと慕っていて、ずっと俺と結婚する気でいると、疑う事もなく信じていたんだ。

 そして、ザインと出会うと、ザインの美しさに目を奪われた。



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