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「リンジー様、大丈夫ですか?」
 リンジーの耳に女性の声が届く。
 この声…?
 何となく聞き覚えのある声に目を開けると、グラフトン家の侍女の姿が見えた。
 リンジーはヒューイのベッドの上で毛布を身体に巻き付けてうずくまった姿勢のまま眠っていたのだ。
「ヒューイ様が『リンジーが寝室にいるから、暫くしたら服を用意して持って行ってくれ』と言い残して外出なさいまして…」
「そう…ありがとう」
 私、あのまま眠ってしまったのね。
 どのくらい時間が経ったんだろう?外はまだ明るいみたいだけど…
「お召し替えのお手伝いをいたしましょうか?」
 侍女が言うが、リンジーは首を横に振る。
「ううん。一人で大丈夫だから出ていてくれる?」
 ブラウスを毟り取られ、身に付けているのは胸当てとスカート。ストッキングも破れてるし、こんな格好、侍女だろうと見られる訳にはいかないわ。
 リンジーは毛布を更に巻き付けながら身体を起こし、ベッドの上に座る。
「はい」
 侍女はベッドの端に畳んだ服を置いて寝室のドアの前に立った。
「?」
 出て、行ってくれないの?

「ヒューイ様、また痕を付けられたんですか?」
 少し俯いた侍女が言う。
「え?」
「ヒューイ様って、吸って痕を付けるのがお好きでしょう?」
 首筋を指でトントンと叩きながら侍女は言った。
 …え?
「ああ、首筋ここだけではないですよね?こことか、内腿こことか」
 自分の身体を指で指し示す侍女。俯いていて表情は見えないが、口角は上がっている。しかし笑っている訳ではないのはリンジーにもわかった。

 それはつまり、ヒューイはこの侍女ひとと…

「…おかしいなぁ」
 リンジーが黙って侍女を見つめていると、侍女は独り言のように呟き始める。
「ザイン様は良いんです。所詮男性ですから子供もできない、結婚もできない、どこまでも不毛な関係ですし。ヒューイ様に傀儡の妻を、と申し上げたのは私ですが、それはリンジー様では駄目なんですよ。だからリンジー様には随分前に諦めていただいた筈なんですけどねぇ」
 首を傾げる侍女。リンジーは目を見開く。
「……」
 まさか。この侍女が、十二歳の誕生日の時のヒューイの相手?
 少し早く来るように伝言して、わざと私にヒューイとの会話を聞かせたの?
 あ、だからこの声に聞き覚えがあるんだわ。

「ザイン様との恋に悩まれているヒューイ様の背中を押して差し上げたのは私なのに、学園に入られたら遠ざけられて…協力してあげたのに恩を仇で返すなんて…」
 黒髪を後ろで束ねた、歳の頃は二十代半ば、かわいらしい顔立ちの侍女は悔しそうに顔を歪めて言う。
「この間やっとお会いできたら、そろそろ結婚相手を決めなくてはならないって苦悩されてて…だから契約結婚を勧めたんですよ。公爵家の女主人になりたい貴族令嬢はたくさんいますものね」
「……」
 リンジーはじっと侍女を見つめる。
「でもその契約結婚の相手にリンジー様をお選びになるとは思わなかったわ。契約結婚なのだからくれぐれも情が絡むような相手はお選びにならないようにと、言外にリンジー様は駄目だと申し上げたのに…」
「な…んで…」
 リンジーが呟くと、侍女は顔を上げてリンジーを見た。
「『何で』?」
 ニコリと笑う。
「簡単ですよ。ヒューイ様にとってリンジー様はだからです」

「特別?」
 ヒューイにとって、私は特別?
 特別って何だろう?
 幼なじみだと言うなら確かにそうかも知れないけど…
「そうですよー」
 侍女はニコニコと笑いながらもう一度ベッドへ近付いて来た。
 ひょいっと屈むとベッドの下へ落ちていたピンクのブラウスを拾う。
「うわあ、ビリビリですねぇ。ヒューイ様ったら情熱的」
 引き裂かれたブラウスを開いて眺め、その眼でリンジーを見た。
 茶化すような口調とは裏腹な鋭い眼光にゾクリと寒気が走る。
「違っ…」
「良いんです。リンジー様とご婚約された時点でこうなるのはわかっていましたから」
 何?何がわかっていたの?
「リンジー様」
 侍女はブラウスを両手で握り潰すように持つと、呆然としているリンジーの前に立った。
「…な…に」
 リンジーは混乱しながら侍女を見上げる。
「契約結婚は諦めますわ。ただ私が愛人としてヒューイ様のお側に侍る事をお許しくださいね?」
 そう言って、侍女はにっこりと笑った。



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