30 / 84
29
しおりを挟む
29
「リンジー様、大丈夫ですか?」
リンジーの耳に女性の声が届く。
この声…?
何となく聞き覚えのある声に目を開けると、グラフトン家の侍女の姿が見えた。
リンジーはヒューイのベッドの上で毛布を身体に巻き付けてうずくまった姿勢のまま眠っていたのだ。
「ヒューイ様が『リンジーが寝室にいるから、暫くしたら服を用意して持って行ってくれ』と言い残して外出なさいまして…」
「そう…ありがとう」
私、あのまま眠ってしまったのね。
どのくらい時間が経ったんだろう?外はまだ明るいみたいだけど…
「お召し替えのお手伝いをいたしましょうか?」
侍女が言うが、リンジーは首を横に振る。
「ううん。一人で大丈夫だから出ていてくれる?」
ブラウスを毟り取られ、身に付けているのは胸当てとスカート。ストッキングも破れてるし、こんな格好、侍女だろうと見られる訳にはいかないわ。
リンジーは毛布を更に巻き付けながら身体を起こし、ベッドの上に座る。
「はい」
侍女はベッドの端に畳んだ服を置いて寝室のドアの前に立った。
「?」
出て、行ってくれないの?
「ヒューイ様、また痕を付けられたんですか?」
少し俯いた侍女が言う。
「え?」
「ヒューイ様って、吸って痕を付けるのがお好きでしょう?」
首筋を指でトントンと叩きながら侍女は言った。
…え?
「ああ、首筋だけではないですよね?胸とか、内腿とか」
自分の身体を指で指し示す侍女。俯いていて表情は見えないが、口角は上がっている。しかし笑っている訳ではないのはリンジーにもわかった。
それはつまり、ヒューイはこの侍女と…
「…おかしいなぁ」
リンジーが黙って侍女を見つめていると、侍女は独り言のように呟き始める。
「ザイン様は良いんです。所詮男性ですから子供もできない、結婚もできない、どこまでも不毛な関係ですし。ヒューイ様に傀儡の妻を、と申し上げたのは私ですが、それはリンジー様では駄目なんですよ。だからリンジー様には随分前に諦めていただいた筈なんですけどねぇ」
首を傾げる侍女。リンジーは目を見開く。
「……」
まさか。この侍女が、十二歳の誕生日の時のヒューイの相手?
少し早く来るように伝言して、わざと私にヒューイとの会話を聞かせたの?
あ、だからこの声に聞き覚えがあるんだわ。
「ザイン様との恋に悩まれているヒューイ様の背中を押して差し上げたのは私なのに、学園に入られたら遠ざけられて…協力してあげたのに恩を仇で返すなんて…」
黒髪を後ろで束ねた、歳の頃は二十代半ば、かわいらしい顔立ちの侍女は悔しそうに顔を歪めて言う。
「この間やっとお会いできたら、そろそろ結婚相手を決めなくてはならないって苦悩されてて…だから契約結婚を勧めたんですよ。公爵家の女主人になりたい貴族令嬢はたくさんいますものね」
「……」
リンジーはじっと侍女を見つめる。
「でもその契約結婚の相手にリンジー様をお選びになるとは思わなかったわ。契約結婚なのだからくれぐれも情が絡むような相手はお選びにならないようにと、言外にリンジー様は駄目だと申し上げたのに…」
「な…んで…」
リンジーが呟くと、侍女は顔を上げてリンジーを見た。
「『何で』?」
ニコリと笑う。
「簡単ですよ。ヒューイ様にとってリンジー様は特別だからです」
「特別?」
ヒューイにとって、私は特別?
特別って何だろう?
幼なじみだと言うなら確かにそうかも知れないけど…
「そうですよー」
侍女はニコニコと笑いながらもう一度ベッドへ近付いて来た。
ひょいっと屈むとベッドの下へ落ちていたピンクのブラウスを拾う。
「うわあ、ビリビリですねぇ。ヒューイ様ったら情熱的」
引き裂かれたブラウスを開いて眺め、その眼でリンジーを見た。
茶化すような口調とは裏腹な鋭い眼光にゾクリと寒気が走る。
「違っ…」
「良いんです。リンジー様とご婚約された時点でこうなるのはわかっていましたから」
何?何がわかっていたの?
「リンジー様」
侍女はブラウスを両手で握り潰すように持つと、呆然としているリンジーの前に立った。
「…な…に」
リンジーは混乱しながら侍女を見上げる。
「契約結婚は諦めますわ。ただ私が愛人としてヒューイ様のお側に侍る事をお許しくださいね?」
そう言って、侍女はにっこりと笑った。
「リンジー様、大丈夫ですか?」
リンジーの耳に女性の声が届く。
この声…?
何となく聞き覚えのある声に目を開けると、グラフトン家の侍女の姿が見えた。
リンジーはヒューイのベッドの上で毛布を身体に巻き付けてうずくまった姿勢のまま眠っていたのだ。
「ヒューイ様が『リンジーが寝室にいるから、暫くしたら服を用意して持って行ってくれ』と言い残して外出なさいまして…」
「そう…ありがとう」
私、あのまま眠ってしまったのね。
どのくらい時間が経ったんだろう?外はまだ明るいみたいだけど…
「お召し替えのお手伝いをいたしましょうか?」
侍女が言うが、リンジーは首を横に振る。
「ううん。一人で大丈夫だから出ていてくれる?」
ブラウスを毟り取られ、身に付けているのは胸当てとスカート。ストッキングも破れてるし、こんな格好、侍女だろうと見られる訳にはいかないわ。
リンジーは毛布を更に巻き付けながら身体を起こし、ベッドの上に座る。
「はい」
侍女はベッドの端に畳んだ服を置いて寝室のドアの前に立った。
「?」
出て、行ってくれないの?
「ヒューイ様、また痕を付けられたんですか?」
少し俯いた侍女が言う。
「え?」
「ヒューイ様って、吸って痕を付けるのがお好きでしょう?」
首筋を指でトントンと叩きながら侍女は言った。
…え?
「ああ、首筋だけではないですよね?胸とか、内腿とか」
自分の身体を指で指し示す侍女。俯いていて表情は見えないが、口角は上がっている。しかし笑っている訳ではないのはリンジーにもわかった。
それはつまり、ヒューイはこの侍女と…
「…おかしいなぁ」
リンジーが黙って侍女を見つめていると、侍女は独り言のように呟き始める。
「ザイン様は良いんです。所詮男性ですから子供もできない、結婚もできない、どこまでも不毛な関係ですし。ヒューイ様に傀儡の妻を、と申し上げたのは私ですが、それはリンジー様では駄目なんですよ。だからリンジー様には随分前に諦めていただいた筈なんですけどねぇ」
首を傾げる侍女。リンジーは目を見開く。
「……」
まさか。この侍女が、十二歳の誕生日の時のヒューイの相手?
少し早く来るように伝言して、わざと私にヒューイとの会話を聞かせたの?
あ、だからこの声に聞き覚えがあるんだわ。
「ザイン様との恋に悩まれているヒューイ様の背中を押して差し上げたのは私なのに、学園に入られたら遠ざけられて…協力してあげたのに恩を仇で返すなんて…」
黒髪を後ろで束ねた、歳の頃は二十代半ば、かわいらしい顔立ちの侍女は悔しそうに顔を歪めて言う。
「この間やっとお会いできたら、そろそろ結婚相手を決めなくてはならないって苦悩されてて…だから契約結婚を勧めたんですよ。公爵家の女主人になりたい貴族令嬢はたくさんいますものね」
「……」
リンジーはじっと侍女を見つめる。
「でもその契約結婚の相手にリンジー様をお選びになるとは思わなかったわ。契約結婚なのだからくれぐれも情が絡むような相手はお選びにならないようにと、言外にリンジー様は駄目だと申し上げたのに…」
「な…んで…」
リンジーが呟くと、侍女は顔を上げてリンジーを見た。
「『何で』?」
ニコリと笑う。
「簡単ですよ。ヒューイ様にとってリンジー様は特別だからです」
「特別?」
ヒューイにとって、私は特別?
特別って何だろう?
幼なじみだと言うなら確かにそうかも知れないけど…
「そうですよー」
侍女はニコニコと笑いながらもう一度ベッドへ近付いて来た。
ひょいっと屈むとベッドの下へ落ちていたピンクのブラウスを拾う。
「うわあ、ビリビリですねぇ。ヒューイ様ったら情熱的」
引き裂かれたブラウスを開いて眺め、その眼でリンジーを見た。
茶化すような口調とは裏腹な鋭い眼光にゾクリと寒気が走る。
「違っ…」
「良いんです。リンジー様とご婚約された時点でこうなるのはわかっていましたから」
何?何がわかっていたの?
「リンジー様」
侍女はブラウスを両手で握り潰すように持つと、呆然としているリンジーの前に立った。
「…な…に」
リンジーは混乱しながら侍女を見上げる。
「契約結婚は諦めますわ。ただ私が愛人としてヒューイ様のお側に侍る事をお許しくださいね?」
そう言って、侍女はにっこりと笑った。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる