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 商店街の大通りから横道に入った所にある仕立屋に入ったリンジーは、ルイスが採寸をしている間に、店の隅のソファに座り、本のように綴られた生地見本を捲っていた。
 この緑、ヒューイの瞳の色みたい。
 でもこれを服に仕立てたら少し派手すぎるかしら。ルイス様は金髪碧眼で顔立ちもハッキリしてるから、あまり派手にするよりシックな方が映える気がするわ。

「リンジーこれどうかな?」
 採寸を終えたルイスが黒の上着を羽織って試着室から出てくる。
「あ…」
 黒い上着を見てヒューイを思い出すリンジー。
「似合わない?」
「あ、いいえ。でもルイス様にはもっと他の色の方がお似合いじゃないかと…例えば瞳に合わせた青とか紺とか」
 リンジーは生地見本に視線を落とすと、青系統の生地が綴られた処を開くべく、生地を捲る。
「そうかな?あ、そうだ。リンジーにもドレスを仕立ててあげるよ」
「え?」
 リンジーが視線を上げると、ルイスはにっこりと微笑む。
「リンジーは今学園の三年生だし、これから卒業パーティーや舞踏会があるだろ?」
「え?でもドレスは…」
「いいから。いいから。リンジーも採寸してもらいなよ」
 笑顔でリンジーの手を引いて立たせると、その手を握ったまま、試着室のドアを開けた。
「あの、でも…」
「いいから!」
「きゃっ」
 ルイスはリンジーの背中を押す。押されて、よろけるように試着室へと入るリンジー。
 広い試着室には店員の姿はない。

 ルイスは笑顔のまま、自分も試着室に入ると、後ろ手でドアの鍵を閉めた。
「…ルイス様?」
 リンジーが少し後退あとずさりながら言うと

「リンジー、君、婚約者がいるんだって?」
 と、ルイスが笑顔で言った。
「!」
「それも婚約者は公爵家の嫡男で、幼なじみ。文武両道の美男子で、学園でも一、二を争う人気者らしいね」
「それは…」
 ルイスは笑顔でリンジーに一歩づつ近付いて来る。
 リンジーも一歩づつ後退りした。
「何だっけ?『黒の貴公子』とか呼ばれてるんだっけ?リンジーの婚約者」
「ルイス様…」
 じりじりと追い詰められ、リンジーの背中が壁に設置された全身が映る鏡へと当たる。
 ひんやりとした鏡の感触がリンジーに伝わり、背筋に悪寒が走った。
「それにリンジーは『白の貴公子』とやらとも、第二王子とも親しいんだろう?それで何で俺みたいな地方の下位貴族にちょっかいを出すんだ?」
 笑顔のまま、ルイスはリンジーの顔の横に両手をついた。
 …怖い。
「馬鹿にしてるのかな?それとも上流階級の遊び?」
「違うの…」
 リンジーは小さく首を横に振る。
「何が違う?…ああ、わかった。地方の下位貴族の三男が結婚相手が居なくて困ってるのを知ってて揶揄っていたんだね?」
「ちが…私…ヒューイと結婚するのが…嫌で…」
 リンジーの声が細かく震えた。

 バンッ!
「ひっ」
 ルイスがリンジーの顔の横の鏡を叩く。
「…へえ。ヒューイって言うんだね。婚約者」
「……」
 ルイスの顔から笑顔が消えて、恐怖でガタガタとリンジーの身体が震え出した。
「伯爵令嬢が公爵家の嫡男と結婚するのを嫌がるなんて、初めて聞いたけど、そう言う事なら協力するよ」
「…?」
 ルイスはそう言うと、リンジーのブラウスの衿台を両手で掴むと、一気に横に引いた。

 ビイィッ!
 と音を立てて、ブラウスの前が引き裂かれ、ボタンが飛んだ。
「……っ!」
 胸元が露わになったリンジーは声も出せずに息を飲む。
「他の男とデキちゃえば、婚約者と結婚なんかしなくて済むよね?」
 ガクンッと足の力が抜けて、座り込むリンジーを見下ろして、またにっこりと笑うルイス。
「いや…」
 弱々しく首を横に振ると、涙が湧き上がって来て、頬を流れた。
「泣かなくて良いよ。ちゃんと俺が結婚してあげるからさ」

 嫌。
 嫌だ。
 馬鹿になんてしてないし、揶揄ってもいない。
 私はただ…私の事を何もかも捨てても良いくらい好きな相手と結婚したかった。
 それだけだったのに。




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