上 下
20 / 84

19

しおりを挟む
19

「こっちは伯爵家の次男、こっちは子爵家の三男、こっちは商家の長男、か」
 リンジーはテーブルの上に男性からの手紙を三通並べて置くと、ソファの背もたれにもたれて腕を組んだ。
 近隣の夜会やサロンなどに出席し、知り合った三人の男性。
「一番脈がありそうなのは商家の長男だけど…」
 貴族社会と接点を持ちたい商家。その長男。だけど、それだと私のために「何もかもを捨てる」なんて事する訳がないわ。
 伯爵家の次男は堅実そうな人だったな。
 まあだからこそ、我が家の財政状態知ったらすぐ逃げそうだけど。
 子爵家の三男はボンボンっぽかったから、上手くいけば駆け落ちとかしてくれそうだけど…

 ヒューイとの婚約を解消するためには、私を好きになってもらわなくちゃいけない。私もその人を好きにならないといけない。
「…うーん」
 リンジーは三通の封筒を纏めて持つと、立ち上がって部屋の隅にあるライティングデスクの引き出しを開ける。
 そこにはクリーム色の封筒が何枚も入っていた。
 これはヒューイからの手紙。
 手紙と言っても書いてあるのは大体いつも一言だけ。「今日は暑かった」とか「雨が降った」とか。
 書く事がないなら、書かなくて良いのに。
 要するに「婚約者から週に一度は手紙が届く」って事実が大切で、ヒューイにとっては義務なんだってわかってるのに、こんなものが領地まで届くから…どうしても待ってしまう。
「あーやだやだ」
 クリーム色の封筒の上に、リンジーは手に持っていた封筒を乗せて引き出しを閉めた。

-----

 夏期休暇も終わりに近付き、明日にはオルディス家四人も王都への帰途につくと言う日にオルディス家の領地屋敷を訪れた人物を見て、リンジーはあんぐりと口を開けた。
「やあ。リンジー」
 乗馬服に帽子を深く被り、薄く色の付いた眼鏡を掛けた男性がリンジーに向かって手を上げる。
「ケント!?」
「久しぶりだね」
 色付き眼鏡と帽子を取ると、紫の髪と瞳が露わになった。
「久しぶり…だけど、どうしてケントがこんな所に?」
 王都からここまで馬車で一週間以上かかるのに。
「長期休暇を利用した視察だよ。西の港町まで行って、帰る途中だ」
「視察なの?一人で?」
「さすがに一人じゃないな。従者を一人連れている」
「そっか」
 従者は今、厩舎で乗って来た馬を休ませているそうだ。
「お忍びだから、俺がここに来たのは内緒な」
 ケントはニッコリ笑って唇の前に人差し指を立てた。

「ヒューイの誕生パーティーでリンジーが倒れたって聞いて、あれから会ってなかっただろう?どうしてるのか気になって」
 応接室に移動して、紅茶のカップを手にしたケントが言った。
「ケントにも心配掛けてたのね。ごめんなさい」
 ケントの向かい側に座るリンジーは少し頭を下げる。
「いや。元気そうで良かった。安心したよ」
 ニッコリと笑うケント。
「ありがとう」
 リンジーもニッコリと笑った。

「ところで」
 笑顔のまま、カップを置いたケント。
「?」
 リンジーもカップをソーサーに置こうと手を伸ばす。
「あのまま、ヒューイの部屋に泊まったんだって?」
 ガチャンッ。
 カップを取り落とすリンジー。
 
「リンジーがよく眠っていたから起こすに忍びなかった。自分が隣の部屋のソファで寝た。とヒューイは言っていたが」
「え?あ、そう。そうなの!」
 ヒューイがソファで寝た事になってるのね。
 ヒューイの私室は、ソファや机のある部屋から、隣の寝室へ繋がっており、廊下に出なくても寝室と行き来できるようになっている貴族屋敷によくある構造だ。更にヒューイの部屋には専用の風呂や洗面台もあるのだ。
 でも間に扉と壁があるって言っても、私がヒューイの部屋に泊まって、ヒューイも自分の部屋にいたなら世間的には何もなかった事にはならないわ。
 まあヒューイの言う通り、ヒューイの部屋で目が覚めた時、既に夜中だった時点で何かあったもなかったも側から見れば同じ事なんだけど。

 ケントはリンジーを見て、意味深な笑顔を浮かべた。
「本当は同じベッドで朝まで過ごしたんだってな」
「…!」
 目を見開いてリンジーはケントを見る。
「ヒューイが勝ち誇った顔で言っていた」
 なっ。何で?勝ち誇るって何?
「まあでも何もなかったんだろ?」
 リンジーはブンブンと首を縦に振った。
「ない!ないない!」

 ふっと息を吐くケント。
「ケント?」
「……」
 急に真顔になって、ケントはリンジーを真っ直ぐに見ながら、言った。
 
「リンジー、俺と結婚しないか?」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん
恋愛
 運命が狂った瞬間は…あの舞踏会での王太子殿下の婚約破棄宣言。  罪を犯し、家を取り潰され、王都から追放された元侯爵令嬢オリビアは、辺境の親類の子爵家の養女となった。  嫌々参加した辺境伯主催の夜会で大商家の息子に絡まれてしまったオリビアを助けてくれたダグラスは言った。 「お会いしたかった。元侯爵令嬢殿」  ダグラスは、オリビアの犯した罪を知っていて、更に頼みたい事があると言うが…

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈 
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

処理中です...