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 リンジーは校舎の角で立ち止まった。この角を曲がれば、おそらくヒューイとザインが居る。
「ユーニス嬢を気に入ったのか?」
 不機嫌そうなヒューイの声。近付いた分だけ会話がはっきりと聞こえる。
「そうじゃないけど、お見合いを断られたら困るから…」
「向こうから断られる事はないって言っただろう?」
「でも、ユーニスに嫌われたら、さすがに断られるかも知れないじゃないか」
 舞踏会の最中に、わざわざこんな人目のない所で、ユーニスの話しを…?
「ユーニス?呼び捨てとは仲良くなったもんだな」
 ヒューイの話し方、ちょっと怒ってる?と言うより拗ねてる…?
「仲良くなってはいないよ。ただ少し打ち解けようって言われたから」
「どうかな?」
「ヒューイ、怒るよ?」
「……」
 ザインが少し憤った口調で言うと、少しの間沈黙が流れる。

「…ごめん」
「ヒューイ、俺だってお見合いとか、結婚とか、したい訳じゃないんだ」
「そうだよな」
「一生結婚なんかしないつもりだったのに…」
「ザイン…」
 何か、この、空気。
 リンジーは校舎の角で立ち止まったまま、胸に手を当てる。
 ドキドキする。嫌な感じ…
「……ん…」
 ザインの、声にならない声が、吐息混じりに聞こえた。
 え?…待って。
 そろそろと、校舎の角から、角を曲がった先を覗いたリンジーは、その光景を見て息を飲んで立ち竦む。

 ヒューイとザインが抱き合って、キスをしていた。

-----

 ヒューイが初めてザインと会った日の事をリンジーは鮮明に覚えている。

 ヒューイの父の友人、ハウザント伯爵が七歳の息子を連れてグラフトン家を訪れたのだ。
「ヒューイ、リンジーちゃん、ウチの次男のザインだ。今までは領地で暮らしていたが、これからは王都屋敷に住む。ヒューイたちと同じ歳だから、仲良くしてやってくれ」
 にこやかに言うハウザント伯爵の後ろに隠れ、もじもじしながら顔を覗かせたのがザインだった。

 銀のまっすぐな髪を肩の長さで切り揃えた青灰色の瞳の少年は、女の子と間違えそうなくらい、可憐でかわいらしい。
 何てかわいいの。
 え?おじ様今「次男」って言ったよね?
 次男って事は男の子。…男の子?こんなにかわいいのに?
「ねえヒューイ、ザインって女の子みたいね?」
 そう言いながら、リンジーが横にいるヒューイの方を見ると、ヒューイは半ば呆然としながらザインを見つめていた。
「ヒューイ?」
 リンジーの声など耳に入らないかのように、ただザインを見ているヒューイ。

 ああ、そうか。
 ヒューイはあの時、ザインを好きになってたんだわ。
 友達としての「好き」じゃなく、恋をしたんだ。

 そっとヒューイとザインのいる校舎の中庭から離れたリンジーは寮の自分の部屋に戻った。
「リンジー様?」
 グラフトン家の侍女がまだ舞踏会の途中で戻って来たリンジーに驚いている。
 …ああ、そうか、今日はヒューイの家の侍女が来てたんだったわ。
「どうされたんですか?お顔の色が…」
「ちょっと気分が悪くて…脱がせてくれる?」
「はい」
「そしてドレスもネックレスもピアスもグラフトン家に持って帰って頂戴」
 リンジーはエメラルドのピアスを自分で外しながら言う。
「え?」
「オルディス家に持って帰ったら、売っちゃいそうだから。ほら、我が家ってお金に困ってるじゃない?」
 少し笑って言う。
「そんな…」
 侍女が戸惑いながら差し出した手に外したピアスを乗せた。
 ヒューイは私を好きで婚約した訳じゃない。
 公爵家の嫡男として配偶者と後継ぎが必要だから。そして自分はザインとのをずっと続けていくつもりで…だから妻には金と自由は与えても、愛は与えない。
 ああ、でもヒューイは最初からそう言ってたもの。所詮私はお金で買われた婚約者。
 それもこれも、すべてはザインのためなのね。

「……な」
 俯いて呟くリンジー。
「リンジー様?」
 侍女が遠慮がちに言う。
 リンジーは顔を上げて鏡に写る自分を見た。
 お化粧しててもやっぱり平凡…ザインは男子でお化粧もしてないのにあんなに綺麗なんだもんなあ…そりゃあヒューイだって同性なのを差し引いたってザインの方が良いわよ。

 ああ…悔しいな。

 結局、私、子供の頃からずっと変わらず、ヒューイを好きなんだわ。



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