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 貴族の子供たちは十歳になる頃には「男女同席せず」になり、同じ部屋で二人きりになるような場面は本人も周りも避けるようになる。
 リンジーと、ヒューイとザインも十歳の頃からはあまり会う事はなくなった。それでもケントと四人、別荘に誘い合ったり、それぞれの誕生日には内輪のお祝いに招き合ったり、それなりに交流はあったのだ。

 そして、それは、同じ歳四人の中で一番早く来るヒューイの十二歳の誕生日の事…

「リンジーちゃんいらっしゃい。ヒューイはまだ自分の部屋にいるのよ」
 ヒューイの母がにこやかに迎えてくれる。
 誕生日のお祝いに招かれたリンジーがグラフトン邸に到着したのはお祝いの会が始まる時間より少し早かった。
「部屋に行っても良いですか?」
「いいわよ。侍女が居ると思うけど、部屋の扉は開けておいてね」
「はい」

 階段を上がってヒューイの部屋の前に立つ。

 今日、少し早く来たのは、リンジーと二人で話したいから少し早く来て欲しいとヒューイからの伝言をもらったから。最近はたまに会う時もいつもザインが一緒で、ザインがいるとヒューイはザインとばっかり話すから。
 でもヒューイも私と話したいと少しは思ってくれていたのね。

 コンコン。
 扉をノックするが返事はない。
「ヒューイ?」
 そっと扉を開ける。
 誰もいない?
 部屋には誰もいなかったが、微かに話し声が聞こえた。
 …寝室の方から?

 おば様「侍女が居る」って仰ったわ。
 その侍女と…寝室に…?

 貴族の令嬢の皆が皆、恋愛や性愛に関して無知な訳ではない。
 リンジーは母や家庭教師から遠回しなりに教育を受けているし、小説や舞台などの表現でそれなりの知識はあるのだ。

 リンジーは寝室の扉にそっと近付く。
 トクトクと鼓動を感じた。

 微かにベッドの軋む音、そして女性の声。
「そろそろ、お客さまがいらっしゃいますよ?」
 荒い息の混じる声。
「まだ大丈夫だ」
 以前聞いた声より低くなっているヒューイの声。

「ヒューイ様の大切な幼なじみがいらっしゃるのにこんな事してていいんですか?」
 ドクン。
 とリンジーの心臓が鳴る。

「大切な?ああ…確かにザインには知られたくないな…」
「ザイン様だけですか?リンジー様には?」
「リンジーには…まあ泣かれたら面倒くさいな」
 面倒くさい。
 チクンと胸が痛む。
「リンジー様、ヒューイ様を大好きですものね」
 揶揄されているような、勝ち誇ったかのような、含みを感じるクスクスとした笑い声。
「あれは刷り込みだろ。俺はリンジーの気が強い処が好きじゃない。それにピンクとかフリルとか好きだけど、見た目地味だから似合ってないしさ。ザインの方が…断然綺麗だろう?」
 俺。
 この間まで「僕」だったのに。
 
 俺はリンジーは気の強い処が好きじゃない。
 リンジーは…好きじゃない…

 ドクドクと動悸が激しくなって、息が苦しくなる。

「……」
 吐きそう。
 本当に中に居るのはヒューイなの?
 大好きだったヒューイ。私が好きだったヒューイはもう、居ないの?
 …少なくとも、私の事を「大好き」って言ってくれた子供の頃のヒューイは、もう居ないのね。

 リンジーはふらふらしながらヒューイの部屋を出る。

「リンジー様?」
 目眩がして、廊下の壁に寄り掛かると、他の侍女に声を掛けられた。
「お顔の色が…真っ青ですよ」
「ごめんなさい…急に気分が悪くなって…今日は帰るわ」

「リンジーちゃん大丈夫?」
 侍女に支えられて階段を降りるとヒューイの母が駆け寄って来る。
 医者を呼ぶと言うヒューイの母の申し出を断って、リンジーは帰りの馬車に乗った。

 馬車に揺られていると、涙が溢れて来た。

 嫌い。ヒューイなんて嫌い。大嫌い。

 かわいらしいピンクのドレスが、ヒューイに会うため着飾った自分が、とてつもなく恥ずかしくて、恥ずかしくて、消えてしまいたかった。

 リンジーが体調を崩して帰った事を知ったヒューイが後日お見舞いに行きたいと連絡をくれたが、リンジーはそれを断った。
 次に会った時には笑顔で普通に振る舞えたと思う。

 この時リンジーは、自分の誕生日のお祝いの会は、もうしないと決めた。ザインの誕生日も、ケントの誕生日も、招かれても丁重にお断りし、プレゼントだけを贈る。
 ヒューイの誕生日にはプレゼントもない。カードだけを義理で送っているだけだ。









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