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リンジー、ヒューイ、ザインは王宮のケントの私室を訪れると、突然の訪問の理由を説明する。
一人用ソファに座ったケントは王族特有の紫の長い髪を掻き上げると、紫の瞳で並んで座るリンジーとヒューイを見た。
「リンジーはヒューイと婚約したくないのか?」
長ソファの端に座るリンジーが
「そうなの」
と頷くと、真ん中に座ったヒューイがため息混じりに
「俺はリンジーがいいのにな…」
と呟く。
もちろん「契約結婚」云々はケントには話していない。
「俺もリンジーはヒューイを好きなのかと思っていたんだが…違うのか…」
ケントは独り言のように言うと、リンジーは鼻に皺を寄せた。
「ケントまでやめてよ」
ケントはニッコリと笑うと、立ち上がった。
「そう言う事なら、便箋も封筒も蝋封も俺のを使おう」
人払いをして部屋から出ていた侍従を呼び、封筒や便箋、封緘の道具などをテーブルに並べさせる。
侍従がまた出て行くと、ケントは立ち上がって、机の引き出しの鍵を開けると、指輪型の印璽を持って来て、リンジーの前に置いた。
「リンジーが条件を書いて、俺が確認するまで、ヒューイとザインは…」
「バルコニーに居る」
「そうだね」
ヒューイが立ち上がると、ヒューイの隣に座っていたザインも立ち上がって、二人でバルコニーに出て行った。
並んでバルコニーの手すりにもたれて話しているヒューイとザインを眺めるリンジーに、ケントはペンを差し出す。
「本当にリンジーはヒューイを好きじゃない?」
「しつこい」
ペンを手に取りながらリンジーがうんざりした様に言うと、ケントは「ははは」と笑った。
リンジーは便箋にサラサラと文字を記すと、ケントに差し出す。
「……」
ケントは黙ってそれを読むと、頷いて、便箋を二つに折り畳んだ。
ヒューイとザインが戻って来て、ケントは三人の目の前で畳んだ便箋を封筒に入れ、蝋を垂らすと印璽を押す。
「俺はこの封筒はザインが保管するのが良いと思う」
「俺?ですか?」
ケントはザインの前に封筒を置く。
「ヒューイは俺がいなくてもこの部屋へ入れるから、幾ら印璽は鍵の掛かる所にあるとは言え…ヒューイを信用していないとかではないんだが」
「ああ。わかる。俺もザインが保管するのが良いと思う。リンジーはどうだ?」
ヒューイも納得した風に頷いた。
ザインが一人でケントを訪れる事は多分ないだろうし、側近もケントが居ない時にザインを部屋に通したりはしないだろうしね。
「私もそれで良いわ」
リンジーはうんうんと頷く。
「わかった。じゃあ俺が預かるよ」
ザインは封筒を恭しく手に取ると、上着の内ポケットに仕舞った。
-----
「リンジーと俺が一応婚約している事、公表しても良いか?」
王宮からの帰りの馬車の中でヒューイが言った。
「…嫌」
「では、俺がリンジーに婚約を申し込んでいる、と言う事ではどうだ?」
「それって、女避けのためよね?」
何しろヒューイはモテる。
公爵家の嫡男で眉目秀麗な「黒の貴公子」を狙う令嬢は多く、学園でも事ある毎に女生徒に取り囲まれているのだ。
「有り体に言えばそうだ」
しれっと言うヒューイ。
今までだって、幼なじみの私を敵視し、嫌味を言ったりする人が何人も居たのに、婚約したとか公表したらどんな事になるか…
でもヒューイが私に婚約を申し込んでいて、私がそれを拒んでいる、となると、もっと酷い事になりそうな気がするわ。
「…婚約しているって公表しても良いわ。その代わり、私もヒューイもこの婚約を嫌がっている設定にして」
これが一番…何というか、マシな気がする。
「まあ、いいだろう」
眉を上げて頷く。
「卒業までに条件が達成されて、婚約がなくなったら、我が家への支援金は返金するわ」
リンジーがそう言うと、ヒューイは目を見開いた。
「無理だろ」
そんな少額ではない、と言う事ね。
「返すわ。一生掛けてでも」
真っ直ぐにヒューイを見るリンジー。
ヒューイは、一瞬黙った後で頭を掻きながら言う。
「リンジーは俺を『好きじゃない』と言ったが…本当は『嫌い』なんじゃないのか?」
「ヒューイ」
ヒューイの隣に座ったザインがヒューイの腕を肘で突いた。
リンジーは笑って言う。
「そんな事ないわ。幼なじみとしては好きよ」
そう。幼なじみとしては好き。
でも男としては、好きじゃない。ううん、ヒューイの言う通り、嫌いだわ。
リンジー、ヒューイ、ザインは王宮のケントの私室を訪れると、突然の訪問の理由を説明する。
一人用ソファに座ったケントは王族特有の紫の長い髪を掻き上げると、紫の瞳で並んで座るリンジーとヒューイを見た。
「リンジーはヒューイと婚約したくないのか?」
長ソファの端に座るリンジーが
「そうなの」
と頷くと、真ん中に座ったヒューイがため息混じりに
「俺はリンジーがいいのにな…」
と呟く。
もちろん「契約結婚」云々はケントには話していない。
「俺もリンジーはヒューイを好きなのかと思っていたんだが…違うのか…」
ケントは独り言のように言うと、リンジーは鼻に皺を寄せた。
「ケントまでやめてよ」
ケントはニッコリと笑うと、立ち上がった。
「そう言う事なら、便箋も封筒も蝋封も俺のを使おう」
人払いをして部屋から出ていた侍従を呼び、封筒や便箋、封緘の道具などをテーブルに並べさせる。
侍従がまた出て行くと、ケントは立ち上がって、机の引き出しの鍵を開けると、指輪型の印璽を持って来て、リンジーの前に置いた。
「リンジーが条件を書いて、俺が確認するまで、ヒューイとザインは…」
「バルコニーに居る」
「そうだね」
ヒューイが立ち上がると、ヒューイの隣に座っていたザインも立ち上がって、二人でバルコニーに出て行った。
並んでバルコニーの手すりにもたれて話しているヒューイとザインを眺めるリンジーに、ケントはペンを差し出す。
「本当にリンジーはヒューイを好きじゃない?」
「しつこい」
ペンを手に取りながらリンジーがうんざりした様に言うと、ケントは「ははは」と笑った。
リンジーは便箋にサラサラと文字を記すと、ケントに差し出す。
「……」
ケントは黙ってそれを読むと、頷いて、便箋を二つに折り畳んだ。
ヒューイとザインが戻って来て、ケントは三人の目の前で畳んだ便箋を封筒に入れ、蝋を垂らすと印璽を押す。
「俺はこの封筒はザインが保管するのが良いと思う」
「俺?ですか?」
ケントはザインの前に封筒を置く。
「ヒューイは俺がいなくてもこの部屋へ入れるから、幾ら印璽は鍵の掛かる所にあるとは言え…ヒューイを信用していないとかではないんだが」
「ああ。わかる。俺もザインが保管するのが良いと思う。リンジーはどうだ?」
ヒューイも納得した風に頷いた。
ザインが一人でケントを訪れる事は多分ないだろうし、側近もケントが居ない時にザインを部屋に通したりはしないだろうしね。
「私もそれで良いわ」
リンジーはうんうんと頷く。
「わかった。じゃあ俺が預かるよ」
ザインは封筒を恭しく手に取ると、上着の内ポケットに仕舞った。
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「リンジーと俺が一応婚約している事、公表しても良いか?」
王宮からの帰りの馬車の中でヒューイが言った。
「…嫌」
「では、俺がリンジーに婚約を申し込んでいる、と言う事ではどうだ?」
「それって、女避けのためよね?」
何しろヒューイはモテる。
公爵家の嫡男で眉目秀麗な「黒の貴公子」を狙う令嬢は多く、学園でも事ある毎に女生徒に取り囲まれているのだ。
「有り体に言えばそうだ」
しれっと言うヒューイ。
今までだって、幼なじみの私を敵視し、嫌味を言ったりする人が何人も居たのに、婚約したとか公表したらどんな事になるか…
でもヒューイが私に婚約を申し込んでいて、私がそれを拒んでいる、となると、もっと酷い事になりそうな気がするわ。
「…婚約しているって公表しても良いわ。その代わり、私もヒューイもこの婚約を嫌がっている設定にして」
これが一番…何というか、マシな気がする。
「まあ、いいだろう」
眉を上げて頷く。
「卒業までに条件が達成されて、婚約がなくなったら、我が家への支援金は返金するわ」
リンジーがそう言うと、ヒューイは目を見開いた。
「無理だろ」
そんな少額ではない、と言う事ね。
「返すわ。一生掛けてでも」
真っ直ぐにヒューイを見るリンジー。
ヒューイは、一瞬黙った後で頭を掻きながら言う。
「リンジーは俺を『好きじゃない』と言ったが…本当は『嫌い』なんじゃないのか?」
「ヒューイ」
ヒューイの隣に座ったザインがヒューイの腕を肘で突いた。
リンジーは笑って言う。
「そんな事ないわ。幼なじみとしては好きよ」
そう。幼なじみとしては好き。
でも男としては、好きじゃない。ううん、ヒューイの言う通り、嫌いだわ。
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