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 リンジーの手を取って応接室を出たヒューイは、廊下に出るとリンジーの手をぱっと離すと、ザインと並んで歩き出した。
 …こういう処よね。
「ヒューイ、私はこの婚約承諾していないわよ」
 二人の後をついて歩きながらリンジーは無表情で言う。
「何故?グラフトン家と縁続きになる事を国中の貴族が狙っているじゃないか」
 そりゃそうだけど、自分で言うなんてね。それに振り向きもしない。
「それに俺は、家柄だけではなく『黒の貴公子』として令嬢たちに大人気だし」
 だから自分で言うなっての。
「自分で『黒の貴公子』だなんて、恥ずかし気もなくよく言うわ」
「そう呼ばれてるのは本当だからな。な、『白の貴公子』」
 ポンッとザインの肩を叩くヒューイ。
 リンジーから見えるヒューイの口元が笑っている。
「いや俺はそう呼ばれるのは恥ずかしいよ」
 ザインもヒューイに笑顔を向けている。リンジーには後ろからの角度で少ししか見えないけれど。

 ヒューイは黒髪の短髪に緑の瞳、端正な顔立ちの長身の男前。ザインは真っ直ぐな銀の長髪、青灰色の瞳に美麗な顔立ちの美男子。
 まだ学園三年生の二人は社交界には出ていないが、学園でも人気ナンバーワンツーを占め、社交界でも話題で、デビューを待ち兼ねている令嬢が沢山いるのだ。

 ヒューイの部屋に入ると、リンジーを長ソファに座らせ、一人掛けのソファにヒューイとザインがそれぞれ座った。
「で?リンジーは俺と婚約するのを承諾してないって?」
 笑いながら言うヒューイ。
「そうよ」
「オルディス伯爵は二つ返事で承諾してくださったが?」
 お~と~う~さ~ま~
 確かに「婚約が決まったから」って言ってたから、承諾したのは知ってたけど、二つ返事って何よ。二つ返事って。
「…お父様は承諾したかも知れないけど、私はしてないわ」
 ヒューイを睨むように見る。
 ヒューイは笑顔で眉を上げた。
「オルディス家、一昨年の豪雨、昨年の台風と長雨で領地の作物が壊滅的な被害を受けて収入激減らしいじゃないか。資金援助を申し出たら大変喜ばれたぞ」
「まさかお父様、資金援助と引き換えに私をヒューイに押し付けたの?」
 いやでも、それはまったく等価じゃないし…
「いや、俺が資金援助をする代わりにリンジーを嫁にくれと言った」
「…は?」
 お父様が「財政支援を持ち掛けて来たのも、リンジーを嫁に欲しいと言い出したのも、ヒューイ君だ」って言ってたの、全然信じてなかったのに…まさか本当だったの?

「何で私?」
 眉を顰めて言うリンジーに、ヒューイは笑顔で言う。
「リンジーなら幼なじみで気心知れてるし、父上や母上とも上手くやれるし、ザインも気を使わなくて済むだろ?」
 …ああ。なるほど。ザインか。

 ヒューイとザインは昔から仲が良いものね。私は女子だから年齢が高くなるにつれ二人とはそんなに会わなくなったけど、ヒューイとザインはこうして学園の二日しかない週末にもいつも一緒に居るもの。
 人当たりは良いけど人見知り気味のザイン。彼と仲良くできるのがヒューイの配偶者の条件って訳か。
 リンジーがチラッとザインを見ると、ザインもニコリと笑顔を返す。
 綺麗なザイン。そして格好良いヒューイ。
 幼なじみの華やかな二人に比べて、私は、容姿は十人並み、中肉中背、髪はゴワゴワしたウェーブで結わえてないと収拾がつかないし、色も金髪と言えば聞こえは良いけど、ただの燻んだ黄色だ。瞳もありふれた薄茶色。要するに、何と言うか、あまり特徴がない平凡女子なのだ。

「それにグラフトン家の嫡男が十七歳になるのにまだ婚約もしていないなど、遅いくらいだろ?父上からも母上からもせっつかれてさ、山のような縁談の中から相手を探すくらいならリンジーの方が良いじゃないか」
 そう言ってヒューイはにっこりと笑う。

 リンジーの方が良い。か。
 リンジーが良い、じゃなくて。
 まったく、悪気も邪気もなしに相手を斬り付けるのがヒューイよね。
「……」
 リンジーはじっとヒューイを見た。
「何だ?」
 ヒューイが眉を上げてリンジーを見る。
「…私には選ぶ権利はないのね」
 ヒューイから視線を逸らして言うリンジーに、ヒューイは眉を顰めた。
「俺だぞ?何が不満だ?」
 この自信過剰男め。
 リンジーは俯いて言う。
「だって、私、ヒューイの事好きじゃないもの」



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