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「だからニーナちゃん。偽装でもいいから俺の恋人になろうよ。リオンのためにも」
テオバルトがニーナの方に少し身を乗り出しながら言う。
「リオン殿下のため…?」
「そうだよ。リオンは、『乱心王子』の汚名を雪ぎ、国民から真っ当な将来の王と認められるために今度の舞踏会で結婚相手を見つけないといけないんだ。叔父上のためにも、リオン自身のためにも万一の憂いは消しておきたい」
真剣な表情で言うテオバルト。ニーナは俯いて顔を隠すように傘を動かした。
そうよね。本当ならリオン殿下がもっと幼い内に上位貴族の令嬢とか、他国の王女とかと婚約が整ってて当たり前なんだもん。
リオン殿下の周りはわかってても、普段接する事のない国民たちはリオン殿下が今も「乱心」してるから忌避されて婚約できてないんだって思うよね。
私だってリオン殿下がいつまでも「乱心王子」なんて言われてるのは嫌だし。
偽装でいいなら、ここはテオバルト様の話に乗っておくべきなのかな?
「テオバルト様」
傘を背中側へと動かすと、ニーナはテオバルトを見る。
「うん?」
首を傾げるテオバルトに、ニーナは息を吸い込んで言った。
「私は、もし、万が一、億が一にでもリオン殿下が私を好きだったとしても、それが原因で王位を投げ出すような事はリオン殿下はしないと思うんです。でもテオバルト様が叔父様やリオン殿下のために保険を掛けたいのもわかります。だから、やります。偽装恋人」
-----
ニーナとテオバルトが乗っているボートが遠くに見える。
別荘のリビングルームから続くバルコニーでそれを眺めているのはエラとレジスだ。
レジスはバルコニーの手摺りに両肘をつき湖を眺め、エラはバルコニーの日影にある白い椅子に座り、白いティーテーブルに置いた本を読むでもなく、パラパラと捲っていた。
「そろそろエラさんの父上が帰国されますから、俺たちも王都に戻る時期ですね」
レジスが湖の方を見ながら言った。
「そうですね。あの…レジスさん」
エラは少し離れた所にいるレジスを窺うように見る。
「はい?」
レジスがエラの方へ振り向くと掛けている眼鏡のレンズがキラリと光った。
「やっぱり、私レジスさんがあの方なのではないかと…」
「あの方?」
「あ。あの、三年前、王都の街で…あの、懐中時計を、お義母様が…」
レジスに「あの方」の事を聞こう聞こうと思っていたエラは、思わず話す順番を間違えて焦る。
「えーと、エラさん、落ち着いて」
苦笑いしながらレジスはエラの方へ歩いて行き、ティーテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座った。
「ごめんなさい…」
エラは恥ずかしそうにレジスを見る。
「…クソかわいいな……」
口の中でもごもごとレジスは呟いた。
「え?」
エラが小首を傾げ、レジスは「んんっ」と咳払いをして口元に手を当てる。
「いえ。三年前ってこの間言い掛けていた事ですか?」
「あ、はい。三年くらい前、お義母様が家に来られたばかりの頃の事なんですけど…」
-----
エラは街で懐中時計を盗まれて泣いている時に声を掛けてくれた男性の事をレジスに話した。
「その方が『負けるな』って言ってくださって。後ろ姿しか見えなかったんですけど黒髪で…眼鏡が光ったんです」
エラは腿の上に置いた自分の手を組み合わせたり解いたりしながら言う。
「……」
「だから、その方がレジスさんではないかと思って」
「それは…」
レジスは申し訳なさそうに眉を寄せて言った。
「俺ではないですね」
「……」
エラはレジスの方を見て、視線を落とす。
「レジスさんでは、ない…ですか…」
「確かに『負けるな』は俺たちはよく言いますけど、泣いてる侍女に声を掛けた事はないですし、そもそも俺が眼鏡を掛け始めたのはギブソン家の養子になってから…二年くらい前からなので、三年前の俺は眼鏡を掛けていません」
「そうなんですか?」
「ええ。以前から視力は良くはなかったですが、何分高価なので…」
苦笑いを浮かべるレジス。
眼鏡は庶民が簡単に買える値段ではない。レジスも自分が目が悪い事には気付いていて眼鏡を買うための貯金はしていたがまだまだ手が届かなかった。
ギブソン家の養子になった後、義父がレジスの視力に気付いて眼鏡を買い与えてくれたのだ。
「お話中失礼します」
ジェラルドがリビングルームからバルコニーへと出て来た。
「オウエン様」
エラとレジスがジェラルドを見る。
「ギブソンくんに手紙が届いていましたので」
立ち上がったレジスへ封筒を差し出した。
「ありがとうございます」
封筒を受け取るレジス。
「お二人の会話が聞こえたのですが」
ジェラルドはレジスからエラへ視線を移す。
「はい…?」
少し首を傾げるエラに、ジェラルドは言った。
「エラ嬢の言われる『あの方』は、リオン殿下だと思います」
「だからニーナちゃん。偽装でもいいから俺の恋人になろうよ。リオンのためにも」
テオバルトがニーナの方に少し身を乗り出しながら言う。
「リオン殿下のため…?」
「そうだよ。リオンは、『乱心王子』の汚名を雪ぎ、国民から真っ当な将来の王と認められるために今度の舞踏会で結婚相手を見つけないといけないんだ。叔父上のためにも、リオン自身のためにも万一の憂いは消しておきたい」
真剣な表情で言うテオバルト。ニーナは俯いて顔を隠すように傘を動かした。
そうよね。本当ならリオン殿下がもっと幼い内に上位貴族の令嬢とか、他国の王女とかと婚約が整ってて当たり前なんだもん。
リオン殿下の周りはわかってても、普段接する事のない国民たちはリオン殿下が今も「乱心」してるから忌避されて婚約できてないんだって思うよね。
私だってリオン殿下がいつまでも「乱心王子」なんて言われてるのは嫌だし。
偽装でいいなら、ここはテオバルト様の話に乗っておくべきなのかな?
「テオバルト様」
傘を背中側へと動かすと、ニーナはテオバルトを見る。
「うん?」
首を傾げるテオバルトに、ニーナは息を吸い込んで言った。
「私は、もし、万が一、億が一にでもリオン殿下が私を好きだったとしても、それが原因で王位を投げ出すような事はリオン殿下はしないと思うんです。でもテオバルト様が叔父様やリオン殿下のために保険を掛けたいのもわかります。だから、やります。偽装恋人」
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ニーナとテオバルトが乗っているボートが遠くに見える。
別荘のリビングルームから続くバルコニーでそれを眺めているのはエラとレジスだ。
レジスはバルコニーの手摺りに両肘をつき湖を眺め、エラはバルコニーの日影にある白い椅子に座り、白いティーテーブルに置いた本を読むでもなく、パラパラと捲っていた。
「そろそろエラさんの父上が帰国されますから、俺たちも王都に戻る時期ですね」
レジスが湖の方を見ながら言った。
「そうですね。あの…レジスさん」
エラは少し離れた所にいるレジスを窺うように見る。
「はい?」
レジスがエラの方へ振り向くと掛けている眼鏡のレンズがキラリと光った。
「やっぱり、私レジスさんがあの方なのではないかと…」
「あの方?」
「あ。あの、三年前、王都の街で…あの、懐中時計を、お義母様が…」
レジスに「あの方」の事を聞こう聞こうと思っていたエラは、思わず話す順番を間違えて焦る。
「えーと、エラさん、落ち着いて」
苦笑いしながらレジスはエラの方へ歩いて行き、ティーテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座った。
「ごめんなさい…」
エラは恥ずかしそうにレジスを見る。
「…クソかわいいな……」
口の中でもごもごとレジスは呟いた。
「え?」
エラが小首を傾げ、レジスは「んんっ」と咳払いをして口元に手を当てる。
「いえ。三年前ってこの間言い掛けていた事ですか?」
「あ、はい。三年くらい前、お義母様が家に来られたばかりの頃の事なんですけど…」
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エラは街で懐中時計を盗まれて泣いている時に声を掛けてくれた男性の事をレジスに話した。
「その方が『負けるな』って言ってくださって。後ろ姿しか見えなかったんですけど黒髪で…眼鏡が光ったんです」
エラは腿の上に置いた自分の手を組み合わせたり解いたりしながら言う。
「……」
「だから、その方がレジスさんではないかと思って」
「それは…」
レジスは申し訳なさそうに眉を寄せて言った。
「俺ではないですね」
「……」
エラはレジスの方を見て、視線を落とす。
「レジスさんでは、ない…ですか…」
「確かに『負けるな』は俺たちはよく言いますけど、泣いてる侍女に声を掛けた事はないですし、そもそも俺が眼鏡を掛け始めたのはギブソン家の養子になってから…二年くらい前からなので、三年前の俺は眼鏡を掛けていません」
「そうなんですか?」
「ええ。以前から視力は良くはなかったですが、何分高価なので…」
苦笑いを浮かべるレジス。
眼鏡は庶民が簡単に買える値段ではない。レジスも自分が目が悪い事には気付いていて眼鏡を買うための貯金はしていたがまだまだ手が届かなかった。
ギブソン家の養子になった後、義父がレジスの視力に気付いて眼鏡を買い与えてくれたのだ。
「お話中失礼します」
ジェラルドがリビングルームからバルコニーへと出て来た。
「オウエン様」
エラとレジスがジェラルドを見る。
「ギブソンくんに手紙が届いていましたので」
立ち上がったレジスへ封筒を差し出した。
「ありがとうございます」
封筒を受け取るレジス。
「お二人の会話が聞こえたのですが」
ジェラルドはレジスからエラへ視線を移す。
「はい…?」
少し首を傾げるエラに、ジェラルドは言った。
「エラ嬢の言われる『あの方』は、リオン殿下だと思います」
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