上 下
38 / 41

37

しおりを挟む
37

「だからニーナちゃん。偽装でもいいから俺の恋人になろうよ。リオンのためにも」
 テオバルトがニーナの方に少し身を乗り出しながら言う。
「リオン殿下のため…?」
「そうだよ。リオンは、『乱心王子』の汚名を雪ぎ、国民から真っ当な将来の王と認められるために今度の舞踏会で結婚相手を見つけないといけないんだ。叔父上のためにも、リオン自身のためにも万一の憂いは消しておきたい」
 真剣な表情で言うテオバルト。ニーナは俯いて顔を隠すように傘を動かした。
 そうよね。本当ならリオン殿下がもっと幼い内に上位貴族の令嬢とか、他国の王女とかと婚約が整ってて当たり前なんだもん。
 リオン殿下の周りはわかってても、普段接する事のない国民たちはリオン殿下が今も「乱心」してるから忌避されて婚約できてないんだって思うよね。
 私だってリオン殿下がいつまでも「乱心王子」なんて言われてるのは嫌だし。
 偽装でいいなら、ここはテオバルト様の話に乗っておくべきなのかな?

「テオバルト様」
 傘を背中側へと動かすと、ニーナはテオバルトを見る。
「うん?」
 首を傾げるテオバルトに、ニーナは息を吸い込んで言った。
「私は、もし、万が一、億が一にでもリオン殿下が私を好きだったとしても、それが原因で王位を投げ出すような事はリオン殿下はしないと思うんです。でもテオバルト様が叔父様やリオン殿下のために保険を掛けたいのもわかります。だから、やります。偽装恋人」

-----

 ニーナとテオバルトが乗っているボートが遠くに見える。
 別荘のリビングルームから続くバルコニーでそれを眺めているのはエラとレジスだ。
 レジスはバルコニーの手摺りに両肘をつき湖を眺め、エラはバルコニーの日影にある白い椅子に座り、白いティーテーブルに置いた本を読むでもなく、パラパラと捲っていた。
「そろそろエラさんの父上が帰国されますから、俺たちも王都に戻る時期ですね」
 レジスが湖の方を見ながら言った。
「そうですね。あの…レジスさん」
 エラは少し離れた所にいるレジスを窺うように見る。
「はい?」
 レジスがエラの方へ振り向くと掛けている眼鏡のレンズがキラリと光った。
「やっぱり、私レジスさんがあの方なのではないかと…」
「あの方?」
「あ。あの、三年前、王都の街で…あの、懐中時計を、お義母様が…」
 レジスに「あの方」の事を聞こう聞こうと思っていたエラは、思わず話す順番を間違えて焦る。
「えーと、エラさん、落ち着いて」
 苦笑いしながらレジスはエラの方へ歩いて行き、ティーテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座った。
「ごめんなさい…」
 エラは恥ずかしそうにレジスを見る。
「…クソかわいいな……」
 口の中でもごもごとレジスは呟いた。
「え?」
 エラが小首を傾げ、レジスは「んんっ」と咳払いをして口元に手を当てる。
「いえ。三年前ってこの間言い掛けていた事ですか?」
「あ、はい。三年くらい前、お義母様が家に来られたばかりの頃の事なんですけど…」

-----

 エラは街で懐中時計を盗まれて泣いている時に声を掛けてくれた男性の事をレジスに話した。

「その方が『負けるな』って言ってくださって。後ろ姿しか見えなかったんですけど黒髪で…眼鏡が光ったんです」
 エラは腿の上に置いた自分の手を組み合わせたり解いたりしながら言う。
「……」
「だから、その方がレジスさんではないかと思って」
「それは…」
 レジスは申し訳なさそうに眉を寄せて言った。
「俺ではないですね」
「……」
 エラはレジスの方を見て、視線を落とす。
「レジスさんでは、ない…ですか…」
「確かに『負けるな』は俺たちはよく言いますけど、泣いてる侍女に声を掛けた事はないですし、そもそも俺が眼鏡を掛け始めたのはギブソン家の養子になってから…二年くらい前からなので、三年前の俺は眼鏡を掛けていません」
「そうなんですか?」
「ええ。以前から視力は良くはなかったですが、何分高価なので…」
 苦笑いを浮かべるレジス。
 眼鏡は庶民が簡単に買える値段ではない。レジスも自分が目が悪い事には気付いていて眼鏡を買うための貯金はしていたがまだまだ手が届かなかった。
 ギブソン家の養子になった後、義父がレジスの視力に気付いて眼鏡を買い与えてくれたのだ。

「お話中失礼します」
 ジェラルドがリビングルームからバルコニーへと出て来た。
「オウエン様」
 エラとレジスがジェラルドを見る。
「ギブソンくんに手紙が届いていましたので」
 立ち上がったレジスへ封筒を差し出した。
「ありがとうございます」
 封筒を受け取るレジス。
「お二人の会話が聞こえたのですが」
 ジェラルドはレジスからエラへ視線を移す。
「はい…?」
 少し首を傾げるエラに、ジェラルドは言った。
「エラ嬢の言われる『あの方』は、リオン殿下だと思います」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

処理中です...