推しがシンデレラの王子様になっていた件。

ねーさん

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 ダンッ!
 ガシャンッ!
 マーゴットの靴がエラの右手を踏み付ける。
「!」
 踵の低い靴がエラの手の甲を押し、手に持っていたカップの欠片と、手の下にあった重ねた欠片に手の平を押し付けられた。
「何よその眼は!!」
 激昂したマーゴットはますますエラの手を踏む足にギリギリと力を入れる。
「いっ…」
 欠片が刺さり、血が流れ、エラは眉を顰めてマーゴットを見上げた。
「お姉様!」
 カトリーヌが慌ててマーゴットに駆け寄り、腕を引く。
 ようやくマーゴットの足がエラの手から離れた。
「何故止めるの!?」
「さすがにやりすぎでは…」
 エラはもう片方の手で怪我をした手を押さえて俯く。
「まあカトリーヌ、貴女この反抗的な眼を見て何とも思わないの!?」
「いいえ。もちろん腹立たしいです。でもお母様のお気に入りのカーペットが血で汚れてしまうのは困るかと…」
 サロンに敷かれたカーペットは白くて毛足が短い高級品で、マーゴットとカトリーヌの母でエラの義母が特に気に入っている物。
 そのカーペットが溢れた紅茶とエラの血で汚れていた。
「そうね。シンデレラ、貴女が悪いのだから責任持って綺麗にしておきなさい」
 少し冷静になったマーゴットが言う。
「…はい」
 手を押さえて俯いたままエラは頷いた。
「行くわよ、カトリーヌ」
「はい。お姉様」
 マーゴットは顎でサロンの扉を示し、歩き出す。カトリーヌもマーゴットの後に続いた。

 二人が出て行く。
 少しすると、侍女が二人サロンに入って来た。
「エラ様!」
 侍女二人の内の一人、マノンが床にうずくまっているエラに駆け寄る。
 エラは怪我をした手を押さえ、そこに額をつけて声もなく泣いていた。
「お怪我をされているのですか!?」
 マノンはエラの傍に跪くと、エラの背中に手を当てる。
「救急箱を持って来ます」
 もう一人の侍女がそう言ってサロンを出て行った。

「ぅ…」
 小さく嗚咽が漏れる。
「エラ様、大丈夫ですか?」
 マノンの問いにエラは首を横に振った。
「……悔しい…」
 絞り出すように呟く。
 怪我なんか、どうだっていい。けど、ニーナとレジスさんを蔑んだのは許せない。…でも、そんなお義姉様にちゃんと反論できなかった自分が一番悔しい。悔しい。
「エラ様…」
 マノンは気遣わし気にエラの背中を撫でた。

----- 

「もうこのまま見過ごす事はできないです」
 厨房にゴールドバーグ家の主要な使用人たちが集まった中で、マノンが言う。
「そうね。今までエラ様が耐えてらっしゃるから黙っていたけれど…」
 年嵩の侍女が頷いた。
「ああ。エラ様が泣くなんて余程の事だ」
「今まで涙など見せなかったエラ様が…」
 料理人たちも神妙な表情だ。
「それで今エラ様は?」
 若い従者がマノンに問う。
「お部屋で休んでらっしゃるわ。でも…」
 マノンは俯いて膝の上の手を握った。
「奥様に呼び出されるのも時間の問題…か」
 従者がため息混じりに言うと、マノンは頷く。
 カーペットの汚れは使用人たちの手で綺麗になったが、マーゴットとカトリーヌが母親に今しがたの事を言い付けない筈がない。間もなくエラは義母に呼び出され叱責を受ける事になるのをここにいる皆が知っていた。

 ゴールドバーグ家の家令が皆が周りを取り囲んでいる配膳台に両手をつく。
「エラ様に止められていましたが…マノンの言う通り、もう看過できない状況と判断し、旦那様に連絡を取る事とします」
 そう言うと、使用人たちが一斉に大きく頷いた。

-----

 使用人用の部屋の中でもとりわけ質素な部屋のベッドで、右の手に包帯を巻いたエラは眠っている。
 この家の令嬢としてのエラの部屋は、使用人たちがいつも綺麗に整えてはいるが、父親が帰国している時にしか戻れない。
 義母は、初対面の時からエラを敵視していた。
 それまで公爵家の一人娘として何不自由なく生活し、着替えすら自分でした経験のなかったエラは、当然、突然の敵視に狼狽え、使用人扱いに困惑する。
 掃除も洗濯もしている処を見た事もない。もちろん雑巾を絞った事などない。濡れた洗濯物があんなに重い事も知らなかった。

 エラを庇った乳母が、メイドが、下男が、次々辞めさせられたのを見て、エラは使用人たちに「自分を庇わないで欲しい」と話した。
 見知った使用人がいなくなり、義母が雇った使用人が幅を利かせるようになるのが怖かったのだ。



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