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「ニーナ、見過ぎ」
 ステップを踏みながらもリオンの顔をじいっと眺めているニーナに、リオンは少し鼻白みながら言う。
「だってこんな近くで推しの顔を見れるなんて…画面にアップになるのとは違うんですよ?生ですよ生!」
「ニーナは本当に俺の顔が好きなんだな」
 少し呆れたように苦笑いを浮かべるリオン。
 顔だけが好きなんじゃないけど…でも所詮私が知ってるのは画面の中か、ステージの上の莉音。SNSでオフショットをいくら見たってそれが素の莉音かどうかはわからないし、生身の莉音じゃないし。
 ニーナは改めてリオンの顔を見た。
 切れ長の目、筋の通った鼻、形のいい唇、バイオレットの髪。
 画面の莉音と同じ。でもこれは、私だけに向けられた苦笑いの顔だわ。
 リオン殿下の手が私の手を握ってる。大きな手。手袋越しでもほんのり体温が伝わるし、背中に添えられた手の感触も感じる。
 …今更ながら目の前のリオン殿下が生身の人間なんだと思うと、は…恥ずかしくなって来た。
「……」
 ニーナはほんのり頬を染めて俯いた。
「ニーナ?」
 リオンがニーナの顔を覗き込む。
「ちょっ。見ないでください」
 ますます頬を赤くしてニーナは顔を背けた。
「自分は散々見といて。何で急に照れてるんだ?」
 クスクスと笑うリオン。

「何なの、あの
「リオン殿下が笑うなんて滅多にないわ」
「何者?」
「さっき、テオバルト様と抱き合ってなかった?」
「やっぱりそう見えたわよね?」
「男爵家の方、と言っても元庶民でしょ」
「どういう関係なのかしら?」

 ヒソヒソと話す女子生徒たち。
 壁際に立っているエラは心配そうにニーナとリオンを見る。
 エラとは違う所で他の男子生徒たちと話をしていたレジスも周りの声を聞いて眉を寄せた。

「…あの、リオン殿下」
「ん?」
 頬の赤みが引いてから、ニーナが顔を上げる。
 リオンが少し首を傾げてニーナを見た。
「この間の『莉音が私の知ってる莉音じゃなくなった』って…どういう…?」
「ああ…」
 リオンは少し考えるように視線を上にあげ、また下げる。
「ニーナ、前世の知り合いに美由みゆという女性がいたか?」
「みゆ?」
「ああ。美しいの美に理由の由だ」
「美由……うーん…」
 知り合い?いたかな?
「知らない、か?」
 首を捻るニーナの表情を探るようにリオンが見ていた。
「…記憶には引っかからないです」
「そうか…」
 リオンはホッとしたように息を吐く。
 美由って誰なんだろ?
 リオン殿下の…莉音の口から出た女性の名前か……

「莉音はその美由という女性と結婚していたんだ」

「ぇ」
 限界まで目を見開いたニーナの口から小さく声が漏れた。
 
 結婚!?
 莉音が!けっ、結婚!?
 ステップを踏んでいたニーナの足が止まる。
「ニーナ?」
 リオンがニーナの手をギュッと握った。
「あ。ごめんなさい。ちょっと驚いて……」
「ニーナ」
 気遣わし気なリオンにニーナは口角を上げて見せる。
「驚いただけなんで大丈夫です」
 またステップを踏み始めるニーナ。リオンもニーナに合わせてダンスを再開した。
「結婚…したからって莉音じゃなくなる訳じゃないですよね?」
「そうだな。でもは莉音に大きな影響があったんだ。結婚は一年経たずに破綻したんだが、その後…簡単に言えば莉音は病んだ」
「え…」
 リオンは遠い日を思い出すように視線を上に上げる。
「酒に酔わないと仕事に行けない。しかし酔ってまともに仕事ができる訳がない。遅刻やドタキャン、ヘラヘラしたり投げやりだったり…当然離れていったイルミも多かった。仕事の関係者やメンバーにも迷惑を掛けたし…この頃の莉音をもしニーナが知ってたら、きっと幻滅したと思う」
「……」
 それは確かに私の知ってる莉音じゃないし、そんな莉音を想像もできない。
「挙句、酔ってテレビ局の非常階段に出て、足を踏み外して転落して死んだ。俺は本当に最期まで迷惑しか掛けてないんだ」
「……」
「こんな莉音、ニーナが推してた莉音とは違うだろ?」
 確かにリオン殿下の口から出て来たのは私の知ってる莉音じゃない。
 例えばその頃まで新菜わたしが生きてたとして、莉音を推さなくなったりしたのかな?
 イルミでなくなった新菜…うーん、それも想像できないな。
 でも…莉音がそんなに病んでしまったのは、その美由って人と別れたせいなんだ…
「そんなに好きだったって事…ですか…?」
 上目遣いにリオンを見るニーナ。
「……」
 リオンは少し口角を上げて苦笑いのような表情を見せた。







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