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「待ちなさいよ!!」
 廊下へ飛び出したニーナは一人の女子生徒の腕を掴んだ。
「離して!」
「…カトリーヌお義姉様」
 身を捩る女子生徒を見ながらエラが呟く。
「やっぱり!をやったのはエラのお義姉様ね!?」
「エラの癖に舞踏会に出ようとコソコソしてるのが悪いのよ!」
 女子生徒カトリーヌはニーナの腕を振りほどくと、エラの前に仁王立ちをした。
「エラの癖にって何!?」
「エラは悲劇の主人公みたいな顔をして、お母様や私たちを見下してるの。自分こそが正当な公爵令嬢で私たちは偽物だって」
 カトリーヌはエラの顔を指差して言う。
「見下してなんて…」
「ほら、今も。これは『何て可哀想な私』って顔よ!」
「見下してるかどうかは別にして、エラが正当な公爵令嬢なのは事実じゃない」
 腕組みをしてニーナが言うと、カトリーヌはキッとニーナを睨んだ。
「うるさい!灰にまみれて寝るような女が公爵令嬢でございなんて顔をして、古くなったドレスを直してまで舞踏会へ出るなんてゴールドバーグ公爵家の恥なのよ!」
 灰にまみれてなんて大袈裟な!それに暖炉の前で寝ざるを得なかったのはあんた達のせいでしょーが!
 ニーナがそう言おうとすると、カトリーヌは踵を返して廊下を走り出す。
「あ、ちょっと!」
 ニーナが手を伸ばそうとするが、カトリーヌはそのまま走り去って、廊下の角を階段の方へと曲がって行った。

「もう!」
 ニーナが憤慨しながら振り向くと、エラがポロポロと涙を溢している。
「エラ!?」
「ごめんなさい…ニーナ。あんなに頑張ってドレス…直してくれたのに…私のせいでニーナのドレスまで…」
 あ~泣き顔も綺麗でかわいい。
 ってそんな場合じゃない!
「エラのせいじゃないわ!」
 ポケットからハンカチを出すとエラの頬に押し当てた。
「だって…ニーナまで舞踏会に出られなくなって…」
「何言ってるの。私もエラも舞踏会には出るわよ」
「…え?でもドレスが…」
「ドレスは直す」
「でも舞踏会まであと三日しか…」
「間に合うわ。ううん。間に合わせるわ」
 ニーナはぎゅっと拳を握る。
 このまま「意地悪な義姉」に負けるなんて嫌。カトリーヌの思い通りになんてならないわ。
「負けないわよ!エラ!」
 ニーナがそう言うと、エラは目を見開いてニーナを見た。
「…うん!」
 エラは大きく頷く。
「とりあえずあと二本、縫い針探すから、待ってて」
「私も探すわ」
 ニーナの後に続いて部屋に入ると、エラもカーペットに膝をつき、目を凝らした。
「…負けない」
 エラは小さく呟く。
「あった!あと一本!」
 ニーナの声に、エラは改めてカーペットに目を向けた。

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「それで、俺に『家からレースを持って来い』と言った訳か」
 レジスが呆れたように言う。
「だって取りに帰る時間も惜しいんだもん」
 放課後の空き教室で、何個もくっ付けて広くした机の上に青いドレスを広げてチクチクと縫っているニーナは、教室に入って来たレジスに声だけで答えた。
「レジスさん、お手数お掛けしました」
 エラももう一着の水色のドレスに一心不乱にビーズを縫い付けながら軽く頭を下げる。
「いやまあ…エラさ、まに、お礼を言っていただく事では…」
 レジスは話し辛そうに頭を掻いた。
 ニーナの友人に畏まる事はない。しかしエラは公爵令嬢だ。レジスはエラにどういうスタンスで接すれば良いのかわからないでいる。
「呼び捨てで良いですよ?敬語もいらないですし」
 ビーズの穴に針に通しながらエラが言う。
「いえ、呼び捨てはさすがに…」
 レジスは頭に手を置いて首を傾げた。
「では『エラさん』でいかがでしょう?」
「…じゃあ、それで……本当にいいのか?」

「レジス暇なら手伝ってよ」
 ニーナが顔を上げて言う。
「おい。自分の代わりに生徒会へ手伝いに行けって言ったのはニーナだろ?」
「あ、そうだったわ」
 舞踏会は明後日。生徒会の面々も会場準備に大忙しで、サポートメンバーであるニーナが自分たちのドレスのために休む訳にはいかないため、レジスに代わりに行ってもらうよう頼んであったのだ。
「レースはここに置くからな。ところでどうして教室で作業してるんだ?」
「寮の部屋には侵入されるから」
「ああ…」
 レジスはため息を吐くと、ニーナとエラの必死な顔を交互に見た。
「じゃあ俺は生徒会の方へ行くから」
「うん。よろしくね」
 ニーナは立ち上がってレジスの持って来た包みの結び目を解きながら言い、エラはレジスに視線を向けると小さく会釈をする。
「まあ、負けるなよ」
 レジスはそう言いながら軽く手を上げた。
 エラは手を止めてレジスを見る。
「もちろん」
 ニーナが握り拳をレジスに見せると、レジスは口角を上げて教室を出て行った。



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