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 あ、ヤバ。いつの間にか二人きりになってるわ。
 ニーナは生徒会室を見回す。
 さっきまでいた書記の女子生徒が教員室へ用事をしに出て行って、応接ソファで予算の計算をしていたニーナは、生徒会長の机について書類を見ているリオンと二人だけになっている事に気が付いた。
「ニーナ」
 リオンが顔を上げる。
「はい」
「まあこれは本当に偶々だから、ジェラルドに文句を言われる筋合いもないだろ?」
 リオンはふうっと息を吐きながら書類を机の上に置いた。
「いや~チクリと嫌味は言われる気がしますけど」
「まあな」
 ニーナが言うと、リオンも苦笑いを浮かべる。

「そういえば、三位だったな。中間考査」
「はい。レジスみたいに編入即一位取りたかったんですけどね」
 編入した初日の始業式で前世を思い出したせいで、前世でしか通用しない言葉を言ったりしないか気にしたり、にわか貴族だから相応しくない言動をしたりしないかとか気にしてたらちょっと学業が疎かになっちゃったんだよね。
 ギブソン家の期待に応えられなきゃ何のために学園に来てるんだか…
「レジスと言えば、この間図書館で少し話したが、レジスもニーナも苦労してるんだな」
「え?レジスとそんな話しをしたんですか?」
「ああ。少しだが。流行病でレジスやニーナが親を亡くした頃、俺は王宮でぬくぬくと育っていたんだな…」
 目を伏せてリオンが言った。
「でも、リオン殿下もちょうどその頃前世の事を思い出して大変だったじゃないですか。ぬくぬく育ってた訳じゃないでしょ?」
「それでも二親を亡くす事を思えば、衣食住に不自由ない王宮暮らしは充分『ぬくぬく』だろう」
「それは……でも私たちはギブソン男爵領に生まれただけでもラッキーでしたよ?男爵様は孤児院の子供に教育の機会を与えてくださって、優秀な者は取り立ててくださいます。私とレジスなんか養子にまでしていただいたし、これは超ラッキーです」
 ニーナが握り拳を握って言う。
「そうか…」
 ふっとリオンが微笑んだ。
 ドキンッ。
 ニーナの心臓が跳ねる。
 わわわ。リオン殿下の微笑み。レアだわ。
 ここにはテレビもネットもDVDもないけど、莉音の笑顔が生で見れる。
 近くで生きて動く莉音…会話もできるし、一緒にお茶飲んだりご飯食べたりもしようと思えばできるし、触ろうと思えば触れる──…

 パァンッ!
 派手な音を立てて、ニーナは自分で自分の両頬を叩いた。
「ニーナ?」
 リオンが驚いた様子でニーナを見て、椅子から立ちあがろうとする。
「何でもないです。ちょっと自分を戒めただけで」
 ニーナはリオンに向けて手を振って、リオンに椅子から立たないよう制止した。
「何を戒める事があるんだ?」
 リオンは構わず立ち上がると、ニーナの側に歩いて来る。
 わ。わ。り…莉音、リオン殿下が近くに。
 それこそ触ろうと思えば触れる距離。
「こここ来ないでください!」
 ニーナが慌ててソファの上で後退りしようとすると、リオンはすっと手を伸ばしてニーナの頬に触れる。
「赤くなってる」
 さ、さわっ!リオン殿下に触られてる!
 指、長っ!細っ!綺麗な手!
「リオン殿下が触るからですよ!」
 ニーナが必死に言うと、リオンは吹き出した。
「あははは。ニーナ、かわいいなあ」
 リオンはニーナの側にしゃがみ込む。
「なっ!かわっ!?」
 私がかわいいって、リオン殿下は何言ってるの!?
「ニーナがそんな風に赤くなるのは俺が『莉音』だからだろう?」
 すっと真顔になるリオン。
「え…?」
 リオン殿下が莉音だから?
 それはそう。その通り。
 でも、莉音には触れないけど、リオン殿下には……
 ニーナは無意識に手を上げて、リオンの頬に少し指先が触れた。
「…触れる」
 すべすべ。あったかい。
 ここで生きている、生身のリオン殿下。
「ニーナ?」
 リオンが自分の頬に触れているニーナの手に視線をやる。
 !!
「ごめんなさい!!」
 バッと手を引く。
 何してるの私!!でももうこの手、一生洗わん!!
「……」
 リオンは少しの間ニーナを見つめると、
「はあ~」
 と息を吐き、俯いて自分の膝に額をつけた。
「リ…リオン殿下?」
 ニーナは戸惑いながらリオンを見る。
「ニーナは…B-rightのファン…イルミだったんだよな?」
 俯いたままで言うリオン。
「はい。莉音が推しのバイオレットイルミネーターです」
「過去形じゃないのか…」
「現在進行形です」
 きっぱりと言い切るニーナに、リオンは俯いたままで言った。
「それは…『莉音』が、ニーナの知ってる『莉音』じゃなくなってたとしても?」







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