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「ぶ…舞踏会!」
 思わず声を上げるニーナ。
 招待状には学園の夏期休暇の終わり頃の日時が書かれている。今から四カ月後だ。
 後は、一家につき一名の保護者の付き添いが許可されている事や、ドレスコードなどが書かれていた。
 この舞踏会で王子はシンデレラと出会う。
「伯爵家、侯爵家、公爵家の十五歳から二十歳までの結婚していない令嬢に招待状が送られているみたい。ニーナの家には…」
 エラは少し申し訳なさそうな表現を浮かべるが、ニーナはブンブンと首を横に振った。
「王子と結婚なんて、吊り合うのは公爵、侯爵家まででしょ?今回はそれでも裾野を広げるための伯爵家よ。ウチみたいな男爵家が招待される訳ないわ。で、エラはどんなドレスで出るの?」
 興奮して言うニーナに、エラは苦笑いを返す。
「私は、出ないわ」
「え?」
「この招待状も、家に届いていたのをお義母様が隠していたのよ。私と仲が良い侍女がこっそり偽の封筒と入れ替えて私に渡してくれたの」
「あ…」
 エラ宛の招待状を隠すという事は、エラの義母はエラを舞踏会に出席させるつもりはないという事。
 そうだ。
 シンデレラの童話でも舞踏会に出るのは意地悪な継母と意地悪な姉たち。舞踏会に出られなくて泣いているシンデレラにガボチャの馬車とネズミの馬と、ドレスと宝石とガラスの靴を与えてくれたのは、魔法使いだったわ。
 ………ん?
「魔法使い!?」
「ニーナ?」
 素っ頓狂な声を上げたニーナを、エラは驚いて見た。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて…」
「考え事に魔法使いが出て来るの?」
 クスクス笑うエラ。
 魔法使いなんてこの世界には存在しない。
 でもエラは舞踏会に出なくちゃ。
 だって、エラはこんなにもかわいくて、綺麗で、ピカピカ輝いてるもん。私みたいな平民上がりのにわか令嬢とも仲良くしてくれるくらい器も大きいし、使用人みたいな扱いされて、虐げられる者や使われる者の気持ちを理解できるし、何よりそれでメゲてない処が良い。明るくて優しくて芯が強くて、王子の…ううん、国王の妃にピッタリだと思う。

 うん。やっぱり、光り輝くリオン殿下の隣に並び立つのはエラしかいないわ。

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「『乱心王子』なんてかわいいモンで、実際大人たちはコソコソと、しかしちゃんと俺に聞こえるように『気が触れた』『狂ってる』と話していたからな」
 生徒会室の応接ソファに座ったリオンはうんざりしながらソファにもたれた。
「聞こえるようになんて、五歳の子に酷すぎる」
 ニーナは憤慨しながらリオンの前に紅茶のカップを置く。
「しかしまあ…王太子に遅くからようやくできた一人息子が理解し難い事を喚き出したらそう言いたくなるのもわからんでもない」
「でも…やっぱり酷い」
 カップを手に取るリオン。
 ニーナはテーブルの横に立ってカップを乗せていたトレイを胸に抱えた。
「五歳の俺に口に出して良い事と出さない方が良い事の区別は難しかった。ニーナは気を付けろよ」
「はい…あ」
 この間エラの前で「魔法使い」って言っちゃったっけ。
「何かあったのか?」
 リオンが眉間に皺を寄せてニーナを見上げる。
「いえ、あの、エラにちょっと…でもエラは笑って流してくれましたから」
 慌てて言うと、リオンは小さく息を吐いた。
「なら良いが…気を付けろよ。本当に」
 うわ。リオン殿下、ほんとに私の事を心配してくれてるんだ。
 嬉しい…

 コンコン。
 扉がノックされ、リオンの側近であり、生徒会副会長のジェラルド・オウエンが入って来る。
 ジェラルドは紺色の髪に青の瞳、神経質そうな面持ちの侯爵家の次男だ。
 ソファに座っているリオンと、その傍に立っているニーナを見てジェラルドは眉を顰めた。
「また貴女ですか。ギブソンさん」
 ジェラルド様は私とリオン殿下が二人きりでいるといつも眉を顰めて睨んで来るのよね。
 まあそれなりの年齢の男性がそれなりの年齢の女性と二人きりになるなんて貴族社会では御法度なんだけど。ここが学園の中で、更に生徒会室だから何となくお目溢しされてるだけなのは私にもわかってる。
 でもなあ…
「偶々だ。ジェラルド」
 リオンが言う。
「偶々が多すぎます」
 不服そうに言うと、ジェラルドはニーナを睨みながらリオンの向かい側に座った。
「ジェラルド様にもお茶を…」
「結構です。それにギブソンさんに名前で呼ばれる筋合いはありません」
「…失礼いたしました。オウエン様」
 ニーナは頭を下げて生徒会室から繋がっている給湯室へ行こうと歩き出す。
「リオン殿下、今は大事な時期なのですから誤解を招くような行動はおやめください」
「わかっている」
 ジェラルドの冷淡な声と、更に硬質なリオンの声。
 あ、
 背中に聞こえる声を聞いて、ニーナはそう思った。



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