続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

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番外編1-2

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「ミシェルとの婚約を解消すると言われますか?」
 モーリス公爵は苦笑いしながら言った。
「その方がミシェルのためかと。このままではミシェルは心も身体も弱ってしまう」
「…ミシェルのため、ですか」
「ミシェルはレイラと共に屋上から落ちようとしたと言っているが、これを公表する必要はない。レイラもミシェルの転倒に巻き込まれたと言う原因に異議は唱えていない。ただ、私はミシェルに謝罪の機会を与え、罪の意識と共に王子妃になる重圧から解放してやりたいんだ」
 ミシェルは俺を好きではない。人間として、王子として、とは違う。男としてだ。
 それは知っていたし、俺もミシェルは婚約者として他の令嬢とは違う「特別な存在」だとは思っているが、それはどこまで行っても恋愛的な意味ではない。
 
 第一王子と公爵令嬢の結婚など、政略結婚に他ならない。
 とすると、俺の結婚相手はミシェルである必要はないのではないか。

 ミシェルが王子妃になりたくないと思っているなら、それを尊重したい。

 一晩考えさせて欲しいと言うモーリス公爵を残し、応接室を出ると、エマが廊下に控えていた。
「エマ、明日また来ると、ミシェルに伝えてくれ」
「はい」
「明日はモーリス公爵と会ってからミシェルと会う」
「はい」
 廊下を歩く俺の後ろをエマがついて来る。公爵家の玄関ホールを出れば俺の侍従が待っている。エマと話せるのはそれまでの短い間しかない。
「エマ」
 俺は足を止めて、エマの方へ振り向いた。
「はい」
 眼を見開いて俺を見るエマ。
 ミシェルとの婚約を解消したら、もう会う事もなくなるな。
「聞いた事なかったが、エマは結婚しているのか?」
「え?いいえ」
「恋人は?」
「…いません」
 急に何を言ってるんだ?この人。みたいな表情にクスッと笑いが漏れる。
「…殿下?」
「いや、不躾だったな」
 また前を向いて廊下を歩き出した。

-----

 翌日、モーリス公爵邸を訪ねると、公爵が応接室で待っていて、俺に向けて礼を取った。
「婚約解消を承諾致します」
「そうか」
「昨夜、ミシェルと話して…娘に泣かれるのは精神に刺さりますな。それでもミシェルのためと思ってこれまで来たのですが…」
「…公爵は良い父親だと思う」
「ありがとうございます」
 モーリス公爵は苦く笑った。

「殿下、昨夜父から聞いて…私たちの婚約を解消したいと殿下から言われたと。…本当なんですか?」
「え?」
 モーリス公爵と入れ替わりに応接室に入って来たミシェルが言うと、後ろについて応接室に入って来たエマが声を上げた。
「…も、申し訳ありません」
 婚約解消の事、エマは初耳だったのか。慌てて頭を下げるのがまたかわいい。
「驚くのも無理はないが、本当だ。公爵はこれからの事は俺が帰ってから改めてミシェルと話すと言っていた」
 ソファの向かいに座るミシェルの眼に涙が浮かぶ。
「ミシェル。泣く事はない。これは発展的関係解消だろう?」

 玄関ホールに向かって歩く俺の後ろにエマがついて歩く。
 エマは静かに涙を流していた。
「…どうしてエマが泣くんだ?」
 振り向かず、前を見て言う。
「も…うしわけあり…ません…」
 何故エマが泣いて、何故謝っているんだろう?
 もしや、俺はミシェルに婚約解消を突き付けた非情な男だと思われているんだろうか?
「エマ」
「…はい」
「明日の午後、レイラの病室へイアンが来る」
「え?」
「イアンは今、俺に仕えているんだ」
「…え?殿下に?」
「ああ。黙っていて済まなかったな。ミシェルに伝えるかどうかはエマに任せる」
「はい」

 もうすぐ玄関ホールに着くところで、俺はエマを呼んだ。
「エマ」
「はい」
「俺がこうしてモーリス公爵邸を訪れる事はもうないし、ミシェルが個人的に王宮に来る事ももうないだろう。だからこうして会う事はなくなるな」
「……」
 俺の後ろでエマが立ち止まった気配がする。
「エマ?」
 振り向くと、エマが立ちすくんだまま、涙をポロポロ流していた。
「どうした?」
 エマの前に立つ。
 何故エマはこんなに泣いているんだろう?声も出さずに。
「……」
「ん?」
「最後…」
「うん」
「サイラス殿下…お慕い…しています…」
「え?」
 
 オシタイシテイマス。
 すぐには言葉の意味が頭に入らなかった。
「……」
「もっ申し訳ございません!もうお会いできないと思ったら…口から、溢れて!あのっ!わっ忘れてください」
 エマが真っ青になって言う。
 ああ、黙ってしまったから俺が怒っていると思ったのか。
「エマ」
「ご…ごめんなさい!不敬な事を…」
「違う」
 真っ青な顔で狼狽えるエマの手を取った。
「え?」
「エマ」
「殿下…?」
 うるうるした瞳で俺を見つめるエマ。
 多分、エマが俺を慕ってくれているのは、俺が王子だからだ。絶対に手が届かない、いやむしろ手が届くのを想像すらできないきらきらしく完璧な存在だと思われているんじゃないのか?
 ここで俺がエマの思う王子像から外れた事をすれば「そんなつもりはなかった」と言われるんじゃないだろうか。

 自分の白い手袋に包まれた手の上に乗るエマの手をじっと見る。
 ここに口付けて、にっこりと笑って「ありがとう。気持ちは嬉しいよ」と言え。
 そうすれば、苦くも甘い綺麗な思い出としてエマの心に残るだろう。

 ああ、でも、綺麗な思い出になって、それが何になる?

 俺はエマの手を握ると、思い切り引き寄せて、エマを自分の腕の中に閉じ込めた。


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