続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

文字の大きさ
上 下
33 / 57

32

しおりを挟む
32

 痛い。苦しい。
 身体が重い。動かない…
 私、このまま死ぬのかな…

 神様。もし時間を戻せるなら、カイルと婚約する前に戻りたいです。
 そうしたら今度は絶対に婚約なんてしないんだ。
 好きな人が自分を好きになってくれる幸せを知った後、それを奪われちゃうなら、始めからそんな幸せ知らない方が良いもん。

 それとももっと戻れるなら、生まれる前まで遡る。そして、今度は男の子として生まれたい。
 そうしたらカイルとも幼なじみの親友に…ライアン兄様とサイラス殿下みたいになれるもの。

 ああ、でも本当は、死ぬ前に、もう一度カイルに宝物みたいに抱きしめられて「レイラ」って名前を呼ばれたいな。
 カイルが全身から発する「レイラが好き」ってオーラにすっぽり包まれて…そのまま息絶えてしまいたい…

「……ラ」

「レイラ」
 レイラが薄っすらと目を開けると、カイルの紫色の瞳が視界に飛び込んで来た。
 …カイル?
「レイラ…俺が判るか?」
 カイルでしょ?と言いたかったが、声が出ない。
 腕も足も動かせない。
「……」
「…良かった…このままもう目覚めないのかと…」
 泣いてるの?どうして?
 紫色の瞳がゆらゆら揺れて、頬を雫が伝う。
 涙に触れてみたい。
 レイラはカイルの顔に手を伸ばそうとするが、手は重くて上がらない。
 レイラが右手を動かそうとした事に気付いて、カイルはレイラの手を両手で握った。
 暖かい。
「…カ……」
 カイルを呼ぼうとして、自分の声じゃないみたいに掠れた声が出た。
「レイラ」
 眉を寄せて、心配そうな表情のカイル。
 私の事を心配してくれてるの?…カイルがこんなに真っ直ぐ私を見るの、すごく久しぶり。
 カイルの左手がレイラの手から離れる。
 あ、離れちゃうの?
 残念に思っていたら、その手がレイラの右頬に触れた。包み込むようにゆっくりと撫でられる。
 …愛しいって、言われてるみたい。
 夢かなあ。これ。
 夢でも、幸せな気持ちになれたから、息絶えるなら今がいいな…

 レイラはそう思いながらまた眠りに落ちて行った。

-----

「カイル殿下~」
 王宮の廊下の向こうから、アリスが小走りに駆けて来る。
「アリス」
 アリスの顔を見た途端、カイルは胸が沸き立つような高揚感を覚えた。
「アリス、王宮の廊下を走ってはいけません」
 アリスの後をライアンが着いて来る。
「だって、早くカイル殿下にお会いしたかったんだもの」
 カイルは自分の胸のポケットの上をそっと押さえる。
「ねぇカイル殿下どうして学園をお休みされているんですか?もう十日ですよ?」
「だからそれは俺が説明しましたよね?」
 ライアンが言うと、アリスは首を横に振る。
「ハミルトン先生からは『殿下はレイラに付き添っている』って聞きましたけど、何でカイル殿下がレイラ様に付き添わなくちゃいけないんですか?」
「レイラは殿下の婚約者だから…」
「でも!レイラ様まだ目が覚めないんでしょ?学園を休んでまで付き添う必要ないじゃないですか」
 必要ない、か。まあ確かにそうだ。だが。
「…俺がそうしたいから、している」
 カイルは胸を押さえたまま言う。

 アリスは驚いた顔で
「どうして?…カイル殿下は私の事を好きなんじゃなかったんですか?」
 と言う。
「アリス」
 咎めるように言うライアンに、アリスは
「だって殿下、私にそう言いましたよ。それにキスだって…」
 と言い募る。
 カイルは、学園の救護室でアリスと口付けを交わした事を思い出す。
 途端にあの時の圧倒的な幸福感が胸に蘇った。
 …ああ、アリスが好きだ。
 その気持ちが胸の奥から湧き水の様に溢れて来る。

 は、本当に「俺の感情」なのか?

 カイルは胸ポケットを掴む。カサッとポケットの中の紙が音を立てた。

 薄っすらと目を開けたレイラ。
 右手を動かそうとしていた。あれは俺に手を伸ばそうとしたのか、それとも追い払おうとしたのか…
 どちらでも良い。
 レイラが生きていて、俺を見た。それだけで。

「アリスには申し訳ないが、俺は…レイラが大切なんだ」
 カイルは真っ直ぐにアリスを見ながらそう言った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...