続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

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「イアン…?」
 ミシェルが薄く目を開けると、ベッドの足元にイアンが立っていた。
「…ミシェル様、お加減はいかがですか?」
 イアンは片手を胸に当てて言う。
「…何だか頭に靄がかかった様な…」
 いつもの朝、イアンがミシェルの側にいる事はあり得ない。ミシェルが起床してからの世話は侍女とメイドの仕事で、執事の仕事ではないだからだ。
 だとすると、私が目覚めたこの状況は普通の朝ではなくて…
「天体観測会の日から五日経ちます。…判りますか?」
 天体観測会?
 …確か天体観測会で……

「っ!レイラは!?」
 ミシェルはガバッと起き上がる。途端に吐き気が襲って来た。
「ミシェル様!」
「うっ…」
 口を押さえるミシェル。イアンが側にきてミシェルを抱きしめるようにして背中を摩った。
「吐いても良いですよ」
 ミシェルは手で口を覆ったまま首を横に振る。
「…レイラは…?」
「…頭部の裂傷、大腿骨と、上腕骨、尺骨の骨折、打撲と擦過傷などで…意識がありません」
 イアンが悲痛な表情で言う。

 私のせいだわ。
「……」
 ミシェルの身体がぶるぶると震える。
「ミシェル様」
「私のせいで…レイラが…」
「違います!」
 イアンはそう言うと、ミシェルをぎゅっと抱きしめる。震えを止めようとするかの様に。
「何が違うの?私のせいで!レイラが!」
「俺のせいです!!」
「なっ!?」
「…俺のせいなんです。申し訳ありません。ミシェル様」
 取り乱しかけたミシェルは、自分を抱きしめるイアンの声が震えているのに気付いた。
「何を…言っているの?イアン」

「ミシェル様から離れなさい。イアン・マクラウド」
 部屋の隅に控えていた侍女のエマがいつの間にか側に立っていて、そう言った。
「…何、を?」
「申し訳ありません」
 イアンはそう言うと、抱きしめていたミシェルを離し、ベッドの傍らに立った。
「え…?」
 困惑するミシェルに、エマは静かに告げた。
「イアン・マクラウドは五日前、モーリス公爵家を解雇されております」

-----

 その日は何が違っていた。

 星が綺麗。

 ミシェルは隣に座るレイラと一緒に星空を見上げる。
 サイラス殿下が星が好きだなんて知らなかったけど、結婚したらこうして二人で毛布に包まりながら星空を見上げるのも良いわね。
 サイラスとの結婚後を明るい気持ちで想像する事は、あまりなかった。でも今日は暖かな気持ちで想像できた。

「ミシェル、レイラ」
 サイラスの声がして、ミシェルの胸は高鳴った。
 アリスが何故か大声でレイラを呼んでいる。

「アリス様はどうされたんですか?」
 やめて。レイラ。サイラス殿下に話し掛けないで。
「よく分からないが…」
 サイラス殿下も。レイラと話さないで。
 ああ、でもサイラス殿下はレイラを好きなのよ。いつからかしら?でも昔からよね。サイラス殿下とレイラは幼なじみだもの。
 幼なじみで親戚のような、弟の婚約者。

 サイラス殿下はアリス様から守るためにここへ来たんだわ。
 私はレイラと一緒にいただけのおまけ。

 もしかして、サイラス殿下の前世の「ずっと好きだった幼なじみ」の生まれ変わりがレイラなの?
 ううん。そんな筈はないわ。そんな事レイラは一言も言っていないもの。

 サイラス殿下は私の婚約者よ。
 私を見て。私を好きになって。

 …報われない想いはもうたくさんなの。

 レイラさえ居なければ。
 いいえ、レイラは親友で大好きなのに、大好きな筈なのに、胸の中に黒い靄が渦巻いているの。飲み込まれそうな程に。

 サイラス殿下と話すレイラも、レイラと話すサイラス殿下も、見たくない。

 どうして私は愛されないの?誰にも…婚約者にさえ。

 憎い。

 レイラが?おかしい。そんな訳ないのに。

 憎い。

 …こんな理不尽な気持ちならいらない。

 いっそ、レイラも、私も、居なければ良いのよ!

 私は、レイラの腕を掴むと、身体でレイラを押すように小壁体の隙間へと倒れ込んだ。



 
 
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