続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

文字の大きさ
上 下
26 / 57

25

しおりを挟む
25

「う…レイ…ラ…」
 イアンはベッドの傍に立ってうなされるミシェルを見つめる。
 見ているのは悪夢だろうか?
 あれから三日が経った。目が覚めると興奮し、何をするか分からないミシェルは、鎮静剤で眠らされ、うなされ続けている。
「ミシェル様…」
 イアンは濡らした布でそっと汗が滲んだミシェルの額を拭く。
 頬を撫でると、ミシェルの部屋を出て行った。

 ミシェルの部屋からミシェルの兄の執務室へ向かう廊下を曲がると、涙で目を潤ませたウィルマが立っている。
「イアン様…」
「……」
 イアンは無言でウィルマの前を通り過ぎた。
「ううっ…」
 後ろでウィルマが泣き崩れる様子が見ていなくても分かる。
 この三日、何度も同じ事を繰り返しているからだ。

 三日前、気を失ったミシェルをモーリス公爵家の屋敷へと連れ帰ったイアンが夜明けに自分の部屋へ戻ると、部屋の前でウィルマが待っていた。
「どうした?」
 ウィルマは俯いてぶるぶる震える自分の両手を抑えるようにぎゅっと握った。
「…ごめんなさい…」
 ウィルマが声を震わせて言う。
「何を謝っているんだ?」
「…イアン様が…別れるって言うから…」
 ウィルマは独り言のように呟く。
「は?」
「だから…でも…こんな事になるなんて本当に思ってなかったんです…」
「何の話だ?」
 確かに、舞踏会の日、ウィルマを送ってモーリス邸に戻る馬車の中で、イアンはウィルマに別れを告げた。あれは夏期休暇の前だったが今はもう冬だ。あれからウィルマは何も言わなかったのに、何を突然言い出したんだろうとイアンは思った。
「…惚れ薬を…」
「惚れ薬?」
「…ミシェル様が、サイラス殿下を好きになれば…イアン様はきっと戻って来てくれると…思って…」
 !
 まさか!?
「ミシェル様に惚れ薬を飲ませたのか!?」
 イアンは涙を流すウィルマの二の腕を両手で掴んだ。
「痛っ」
「そうなのか?ウィルマ」
「……はい」
 ウィルマは震えながら頷いた。
「…出せ。残っているんだろう?」
 ウィルマを威圧的に見下ろすイアン。
「ひっ…」
「出せ!」
 ウィルマはしゃくり上げながら震える手でポケットから小瓶を取り出す。
 イアンはウィルマの手から奪うように小瓶を取るとじっと見つめた。
 小瓶に少量の液体。そして一本の髪の毛。
 光にかざすと、髪が紫色に光った。
「この髪はどうやって手に入れた?」
「ミシェル様に…お会いしに、ひっ…お越しになっ…た後、掃除の時ソファで…見つけて…」
「これを飲ませたのはいつだ?」
「…昨日…天体観測に行かれる前…のお茶…時間に…」
「効き目はどのくらい続く?」
「…レベッカは、五日くら…い…と…」
 レベッカ・ハイアットは生徒会会計のサミュエル・セイモアの恋人で商家の娘だ。なるほど。商家の娘なら怪し気な薬も容易に手に入るだろう。
 ウィルマとレベッカは同い歳で、教会での礼拝で隣に座った事で知り合い、友人になったのだった。
「五日…」
 イアンは小瓶をギュッと握ると、腕を振り上げ、小瓶を床に叩きつけた。
 ガシャンッと音を立てて小瓶が割れ、液体が流れ出る。
 ビクリとしたウィルマは床にへたり込むと泣き崩れた。
「ごめんなさい…イアン様…ごめんなさい…」

 だから今日ミシェル様の様子がいつもと違ったのか。
 イアンは屋上でミシェルとレイラにスープを注いだカップを渡した時の事を思い出す。
 スープを渡した時、ミシェルはイアンを見なかった。ああ言う時、ミシェルは必ずイアンの目を見て「ありがとう」と言うのに。

「…サイラス殿下が……私の…婚約者なのに…」
 気を失う前、ミシェル様はそう言った。
 つまり、あの時のミシェル様はサイラス殿下を好きになっていたから、
 今までのミシェル様に強制力が働かなかったのは、転生者であるサイラス殿下に強制力が働いていないのと同時に、ミシェル様がサイラス殿下へ恋心を抱いていなかったから。
 サイラス殿下に強制力が働いていればヒロインであるアリスへと向くはずの「憎しみ」が、サイラス殿下がレイラ様を助けに来た事でレイラ様へと向いたと言う事か。

 イアンは小瓶の欠片と流れた液体を靴底で踏みにじる。

 あの時、ミシェルはレイラと一緒に落ちようとしたようにも見えた。しかし結局落ちたのはレイラだけで、結果的にミシェルは「友人を殺そうとした」と言う、大きな十字架を背負う事になったのだ。
「こんな物のせいで…」
 いや、違う。
 ウィルマがこんな事をしたのも、俺が一方的に別れを告げたせいだ。理由も言わず一方的に別れを告げて、ウィルマも納得したと勝手に思って放置したせい。
 ウィルマは知っていたんだ。
 俺がミシェル様を好きな事。ずっと…ウィルマと付き合う前から、好きだった事。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...