続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

文字の大きさ
上 下
25 / 57

24

しおりを挟む
24

 カイルが階段を駆け降り中庭に出ると、人集りができていて、その中にサイラスが膝をついている姿が見えた。
「レイラ…」
 カイルが近寄ろうとすると
「来るな!」
 と俯いたままのサイラスが叫んだ。
「…っ」

 担架を持つ人が走って来る。
「頭を動かすな」
「足を持って」
 色々な声がして、人集りがゆっくりと移動を始める。

 少し離れた所に立ち尽くすカイル。人集りの隙間から担架から溢れた金の髪の毛が見えた。
「レイラ…」
 人集りに着いて歩き出そうとしたカイルの手首をサイラスが掴んだ。
「…あに…うえ」
「お前にレイラを心配する資格などない」
 サイラスはカイルを睨むと、カイルの手首を離し、人集りに着いて校舎へと入って行った。

 レイラは生きているのか?
 もし、レイラが死んでしまったら…

 カイルはふらふらとさっきまで人集りのあった場所へと行く。
 芝生にべっとりと血が付着していて小さな血溜まりがあった。
「レイラ…」
 カイルは膝をつくと、そのまま上を見上げる。
 三階建の校舎が、とてつもなく高く見えた。

 あんな所から…
 ああ、レイラ。どうか。どうか…

 カイルは血溜まりにキスするように顔を埋めた。

-----

 レイラは応急処置の後、王城の医療棟へと運ばれ、本格的な処置を受ける事となった。
 処置室に近いベンチにサイラスと、たまたま王都にある妻の実家を訪れていたレイラの兄ライナスが座っている。
 処置室のドアが見える一番遠いベンチにカイルが膝に顔を埋めるようにして座っていた。
「サイラス、兄上、レイラは…」
 医療棟の入口からライアンが入って来てサイラスの前に立つ。
 サイラスはライアンを睨んだ。
「…妹よりあんな女が大事なのか?」
「何を…」
「今ライナス兄さんに聞いた。あの女生徒と知り合ってからライアンはレイラと会っていなかったんだろう?領地には長期休暇にしか帰れないレイラを寮に一人放っておいた。今も、レイラの元へ駆け付けるより、あの女を宥める方が大事だったんだろう?」
「うっ…」
「そこで項垂れてる俺の弟もだ。そんなにあの女が大事ならこんな所へ居ないであの女の元へ行けば良い。お前たちにレイラを心配する資格などない。そうだろう?」
「サイラス殿下」
 ライナスが静かにサイラスを嗜める。
「…っ」
 サイラスは悔し気に唇を噛むと、俯いて言う。
「ライアン、カイルと一緒に座っていろ。そしてカイルの顔を拭け!」
「…顔?」
 ライアンはカイルの所へ行くと隣に座る。
「カイル殿下、顔を上げてください」
「……」
 膝に顔を埋めたまま、カイルは動かない。ライアンは小さくため息を吐くと
「…カイル、顔を上げろ」
 と幼なじみの兄貴分として言った。
 ピクリとカイルの肩が揺れる。
 ライアンはカイルの肩を掴み、強引に顔を上げさせた。
「うわ!」
 カイルの顔を見て驚きの声を上げる。カイルの顔と髪には血糊がべったりと付着していた。
「その顔のまま王城ここまで歩いて来たらしい」
 サイラスが呆れたように言う。
「濡らした布を持って来る」
 ライアンが立ち上がろうとすると、カイルがライアンの腕を掴む。
「…このままで」
「いや、そのままじゃカイルの方が怪我人だと思われるだろ?」
「だって…もレイラだ」
 小さな声で呟く。
 この血もレイラの一部だから、自分の身から離したくないとカイルは言うのだ。
「そんなにレイラの事を好きな癖に、何故…」
 サイラスがため息混じりに言う。

「それはカイル殿下のせいではありません」
 女性の声がして、ライアンが勢い良く振り向く。
「キャロライン!」
 キャロラインが医療棟の入口から入って来る。
「あら、ライアン。いたの?」
「…いるだろ。普通」
 キャロラインはつかつかと廊下を進むと、サイラスの前で立ち止まり礼を取る。
「お久しぶりです。サイラス殿下、ライナス様」
「キャロライン嬢。久しいな」
「こんな夜中にどうしてここに?」
「私は、ライアンとは先日お別れしましたが、今日はただカイル殿下と、ついでにライアンに真実をお伝えしたくて…レイラちゃんも心配ですし、このような場に押し掛けて申し訳ありません」
「真実?」
 サイラスが言うと、キャロラインは頷いた。
「…あの手紙か?」
 訝し気なライアンを一瞥するとキャロラインはカイルの前に移動し、しゃがみ込むと、持っていた手巾をカイルの頬に当てる。
「…拭かなくて良い」
「いいえ。レイラちゃんはきっと助かります。カイル殿下、そんな顔ではレイラちゃんに会えませんよ」
「助かる…」
「そうです。カイル殿下はレイラちゃんの王子様なんですから、いつでも格好良い王子でいてください」
 キャロラインはそう言ってニコリと笑う。
「…レイラ」
 カイルは唇を震わせて涙を零した。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

処理中です...