続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

文字の大きさ
上 下
21 / 57

20

しおりを挟む
20

 キャロラインは俺より一つ歳下の史学研究者だ。
 幼い頃から本が好きで、家中の書物を読み漁り、読む物がなくなると収支報告書や領民からの陳情書など、文字さえあれば何でも読んでいたらしい。

 好きになったのは俺の方だ。学園の図書館に朝行っても昼休憩に行っても放課後に行っても、とにかくいつでも居る。奥の席でただ黙々と本を読む眼鏡の下級生が段々と気になり始めた。
 彼女が本を取りに行くため席を立った時、声を掛けた。
「邪魔はしないから近くに座っていても良いかな?」
 今思えばかなり気味の悪い男だっただろう。でも彼女は「本を読む邪魔をしないなら良いですよ」と言ってくれた。
 彼女が本から目を上げた時や、本を取りに行く時に少しづつ話をするようになる。この頃にはすでに自分の恋心を自覚していた。

 ある時、目が疲れたのか、彼女が眼鏡を外した。
 …こんな美少女だったのか!
 これを知られたら彼女に求愛する男が続出するに違いない。
 そう焦った俺は、思わず
「邪魔はしないから俺と恋人としてお付き合いしてくれないかな?」
 と言ってしまっていた。彼女はきょとんとした後こう言った。
「本を読む邪魔をしないなら良いですよ」

 会いに行くのもデートに誘うのも俺の方。
 それでも公園の木陰で本を読む彼女の膝に頭を乗せると、片手で髪を撫でてくれる。
 たまには本を置いて話をしてくれる。
 抱きしめると抱き返してくれる。

「ハミルトン先生、恋人がいるんですか?」
 青い大きな目を見開いてアリスが言う。
 ああ、かわいい。
「まあ…でも俺は彼女にあまり好かれてはいないみたいですが」
「どうして?」
「連絡するのも、会いに行くのも俺の方からばかりなので。会っても彼女は本が優先ですし」
「ええ?恋人より本が優先だなんて…本当に、先生の事をそんなに好きじゃないのかもですね」
 ズキン。
 客観的に見てもそうなのか?それでも良いと言ったのは自分なのだが…やはりそう言われてしまうと胸が痛む。
「私だったら恋人をそんな不安にさせたりしないのに…」
 目を伏せるアリスはとてもかわいい。

 アリスが恥ずかしそうに頬を染めて「水を掛けられた後、救護室でカイル殿下と…口付けを…」と言った時、心の底から応援したいと思った。
 カイルに婚約者がいようとも。それが自分の妹でも。
 レイラはカイル殿下を幼い頃から慕っていた。それは知っているが、妹であろうと、アリスの邪魔をするなら許さない。

 アリスは男爵家に引き取られるまでは平民として生活していた。男爵家と言う家柄も、言葉使いや礼儀作法なども、王子の相手としては相応しくないだろう。
 カイルがアリスを護り、教育などで導くだろうが、ライアンもできる限りの協力と助力をしたいと思っている。

「傷が付いたな…」
 ライアンはキャロラインとレイラの去った図書館の本棚の脇で、床に転がった指輪を拾うと、光にかざす。
 そして少し眺めた後、ポケットに入れた。

-----

【自身の感情を疑え】
 これはキャロラインが持って来た日記に書いてあった言葉だ。
「結局言えなかった…」
 レイラは寮の部屋に戻りソファに座ってため息混じりに言った。
 結局、キャロライン様に私が転生者な事、ゲームの事、強制力の事…言えなかったな。
 だってキャロライン様、ちゃんとライアン兄様を好きだもの。なのに強制力でライアン兄様の気持ちがアリスに向いてしまったと知ったらどう思う?
 強制力を排除することができるとしても、自分がでヒロインを好きになったり、悪役令嬢を憎んだりしているなんて思わないもの。自分の感情を疑うなんて、現実ではありえないわ…

「私がハミルトン家の娘じゃなければ、シナリオ通りにヒロインを苛めまくってやったのになあ」
 レイラはそう呟く。
 強制力の排除ができないなら、せめて「アリスを苛めた」と言う嫌われて当然の理由でカイルに嫌われたかった。何もしていないのに嫌われるなんて理不尽で腹立たしい。
「…でも、ハミルトン家の娘じゃなければカイルと幼なじみにならなかったし、カイルを好きになる事もなかったのか…」
 複雑だなあ。
 と、レイラはソファのクッションに顔を埋めながら呟いた。




 



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...