18 / 57
17
しおりを挟む
17
「どうされました?ミシェル様」
王宮からモーリス邸に戻ったミシェルを出迎えたイアンは訝しげに言った。
「…うん」
「お加減が優れないんですか?」
「ううん」
ミシェルは首を横に振ると、階段を上り始める。イアンが少し後ろを着いて歩く。
…サイラス殿下が、レイラを好き?
「ミシェル様」
イアンがミシェルの二の腕を掴む。
「え?何?」
「階段でぼんやりしては危ないです」
「…あ、うん。そうね」
イアンが真剣な表情でミシェルを見ている。
二の腕を離したイアンはミシェルと同じ段へ上がると手を差し出した。
「ありがとう」
ミシェルはイアンの手に自分の手を乗せる。
「王宮で…何かあったんですか?」
「何かあった訳じゃないんだけど…あ、そうだ。次の議会で婚儀の日が決まりそうだってサイラス殿下がおっしゃっていたわ」
「婚儀の日が…」
「何しろ準備に時間が掛かるものね」
「……」
階段の上の方を見るミシェルの横顔を、イアンは無言で見つめた。
-----
「キャロライン様!」
レイラは放課後の学園の廊下で普段は見ない人を見つけた。
「あら、レイラちゃん。ご機嫌よう」
赤い髪を無造作に後ろで一纏めにし、分厚い眼鏡を押し上げながら、史学研究所の制服のキャロラインが振り返る。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっと学園の図書館にある文献を見に来たの。あ、そうだ。レイラちゃん今時間ある?」
「はい。ちょうど図書館へ行こうと思ってました」
「良かった。少しお話聞かせて欲しくて」
レイラとキャロラインは並んで廊下を歩く。
キャロライン・アクランドは子爵家の四女、史学研究者で研究所に勤務している。レイラの兄ライアンの恋人だ。
地域の歴史や史実などの書物を読むのが何より好きなので身なりにはあまり構わなく、髪は無造作に束ね、分厚い眼鏡を掛けているが、眼鏡を取るとかなりの美人だ。ただ眼鏡がないと鏡に映る自分がよく見えないので、本人に一番美人である自覚がない。
「お話って?」
レイラとキャロラインは図書館に入ると、それぞれ目的の本を持って来て、机に向かい合わせで座った。
「本題に入る前に…ライアンって、元気なのかしら?」
キャロラインは世間話の続きのような口調で言う。
「え?」
「…今日学園に来ようと思って気が付いたの。最近ライアンから連絡ないなって」
…多分、ライアン兄様がアリスと会ってからだから春から連絡なかったと思うんだけど、それに気付くのは秋なのがキャロライン様ね。
しかも今日キャロラインが学園に来ようと思わなければ、まだ気付いていなかったかも知れないのだ。
「この間は元気でしたよ?」
この間、食堂で会ったのが私も春からぶりのライアン兄様だったけど…
「そう。元気なら良いのよ」
キャロラインはそう言うと、持って来た本に手を伸ばそうとする。
「え?良いんですか?」
「ん?」
「キャロライン様…ライアン兄様が連絡しなくなっても気にならないんですか?」
「ならないわ」
きょとんとして言うキャロライン。
「…あの、これただの例え話なんですけど、浮気とか…疑わないんですか…?」
レイラがおずおずと言うと、キャロラインは目を見開いた。
「あら、レイラちゃんがそういう言い方するって事は、ライアン浮気してるのね?」
「ええ!?」
「なるほどね」
顎に手を当てるキャロライン。特にショックな様子でもない。
「ライアンが他の子を好きになったなら仕方ないわ」
「…悲しんだり怒ったりとかは?」
「しても仕方ないし。ただライアンは他の子を好きになったら前の恋人とはきちんと別れる人だと思っていたから、そこは意外だけど」
「あの…キャロライン様、ライアン兄様の事好き…なんですよね?」
「そうね。私こういう性質だからそう見えないみたいだけど、ライアンの事はちゃんと好きよ」
ニコッと笑うキャロライン。
「ただ私は、人の心は怒っても泣いても変えられないし覆せないから、仕方ないって諦めるしかないなと」
「そう、ですよね…」
レイラは膝の上に置いた自分の手を見ながらきゅっと手を握る。
「レイラちゃん?」
「…仕方ないって諦めるしかないんですよね」
人の心は怒っても泣いても変えられない。
「と、私もずっと思っていたんだけどね」
「え?」
レイラが顔を上げると、キャロラインが一冊の厚い本をレイラの前に差し出した。
古い…日記?
「私の母の母の母の母の日記よ」
「はい」
日記がどうしたんだろう?
「ここで今日の本題なんだけど」
「はい」
「この世界には、所謂『生まれ変わり』と言われる人たちがいつの世代にも一定数いるみたいなの」
…え?
レイラは瞠目して目の前のキャロラインを見つめた。
「どうされました?ミシェル様」
王宮からモーリス邸に戻ったミシェルを出迎えたイアンは訝しげに言った。
「…うん」
「お加減が優れないんですか?」
「ううん」
ミシェルは首を横に振ると、階段を上り始める。イアンが少し後ろを着いて歩く。
…サイラス殿下が、レイラを好き?
「ミシェル様」
イアンがミシェルの二の腕を掴む。
「え?何?」
「階段でぼんやりしては危ないです」
「…あ、うん。そうね」
イアンが真剣な表情でミシェルを見ている。
二の腕を離したイアンはミシェルと同じ段へ上がると手を差し出した。
「ありがとう」
ミシェルはイアンの手に自分の手を乗せる。
「王宮で…何かあったんですか?」
「何かあった訳じゃないんだけど…あ、そうだ。次の議会で婚儀の日が決まりそうだってサイラス殿下がおっしゃっていたわ」
「婚儀の日が…」
「何しろ準備に時間が掛かるものね」
「……」
階段の上の方を見るミシェルの横顔を、イアンは無言で見つめた。
-----
「キャロライン様!」
レイラは放課後の学園の廊下で普段は見ない人を見つけた。
「あら、レイラちゃん。ご機嫌よう」
赤い髪を無造作に後ろで一纏めにし、分厚い眼鏡を押し上げながら、史学研究所の制服のキャロラインが振り返る。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっと学園の図書館にある文献を見に来たの。あ、そうだ。レイラちゃん今時間ある?」
「はい。ちょうど図書館へ行こうと思ってました」
「良かった。少しお話聞かせて欲しくて」
レイラとキャロラインは並んで廊下を歩く。
キャロライン・アクランドは子爵家の四女、史学研究者で研究所に勤務している。レイラの兄ライアンの恋人だ。
地域の歴史や史実などの書物を読むのが何より好きなので身なりにはあまり構わなく、髪は無造作に束ね、分厚い眼鏡を掛けているが、眼鏡を取るとかなりの美人だ。ただ眼鏡がないと鏡に映る自分がよく見えないので、本人に一番美人である自覚がない。
「お話って?」
レイラとキャロラインは図書館に入ると、それぞれ目的の本を持って来て、机に向かい合わせで座った。
「本題に入る前に…ライアンって、元気なのかしら?」
キャロラインは世間話の続きのような口調で言う。
「え?」
「…今日学園に来ようと思って気が付いたの。最近ライアンから連絡ないなって」
…多分、ライアン兄様がアリスと会ってからだから春から連絡なかったと思うんだけど、それに気付くのは秋なのがキャロライン様ね。
しかも今日キャロラインが学園に来ようと思わなければ、まだ気付いていなかったかも知れないのだ。
「この間は元気でしたよ?」
この間、食堂で会ったのが私も春からぶりのライアン兄様だったけど…
「そう。元気なら良いのよ」
キャロラインはそう言うと、持って来た本に手を伸ばそうとする。
「え?良いんですか?」
「ん?」
「キャロライン様…ライアン兄様が連絡しなくなっても気にならないんですか?」
「ならないわ」
きょとんとして言うキャロライン。
「…あの、これただの例え話なんですけど、浮気とか…疑わないんですか…?」
レイラがおずおずと言うと、キャロラインは目を見開いた。
「あら、レイラちゃんがそういう言い方するって事は、ライアン浮気してるのね?」
「ええ!?」
「なるほどね」
顎に手を当てるキャロライン。特にショックな様子でもない。
「ライアンが他の子を好きになったなら仕方ないわ」
「…悲しんだり怒ったりとかは?」
「しても仕方ないし。ただライアンは他の子を好きになったら前の恋人とはきちんと別れる人だと思っていたから、そこは意外だけど」
「あの…キャロライン様、ライアン兄様の事好き…なんですよね?」
「そうね。私こういう性質だからそう見えないみたいだけど、ライアンの事はちゃんと好きよ」
ニコッと笑うキャロライン。
「ただ私は、人の心は怒っても泣いても変えられないし覆せないから、仕方ないって諦めるしかないなと」
「そう、ですよね…」
レイラは膝の上に置いた自分の手を見ながらきゅっと手を握る。
「レイラちゃん?」
「…仕方ないって諦めるしかないんですよね」
人の心は怒っても泣いても変えられない。
「と、私もずっと思っていたんだけどね」
「え?」
レイラが顔を上げると、キャロラインが一冊の厚い本をレイラの前に差し出した。
古い…日記?
「私の母の母の母の母の日記よ」
「はい」
日記がどうしたんだろう?
「ここで今日の本題なんだけど」
「はい」
「この世界には、所謂『生まれ変わり』と言われる人たちがいつの世代にも一定数いるみたいなの」
…え?
レイラは瞠目して目の前のキャロラインを見つめた。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
転生令嬢と王子の恋人
ねーさん
恋愛
ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件
って、どこのラノベのタイトルなの!?
第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。
麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?
もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる