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「え?カイル殿下とアリス様、ダンス一曲しか踊ってないの?」
ハミルトン伯爵領を訪れたミシェルは、驚くレイラに向けて首を縦に振った。
「そうなの。我が家のメイドがアリス様のドレスに葡萄ジュースを溢しちゃったから、一曲だけ踊ってドレスを着替えたのよ。それでその後はカイル殿下とアリス様は踊ってないわ」
「そうなんだ…」
「カイル殿下は舞踏会の片付けの時ものすごく不機嫌でした」
ソファに座ったミシェルの後ろに立つイアンが言う。
きっとアリスと二曲目のダンスを踊れなかったからね。
…私が「さっさと婚約破棄すれば」って言ったのは、カイルの機嫌には関係ない、わ、よね?
夜、レイラとミシェルは「一緒に寝よう」とレイラのベッドに二人で横になる。
「今回はイアンと二人で来たのね。去年はエマも一緒だったのに」
ミシェルはレイラと同じクラスで仲良くなった一年生の時から夏期休暇にはハミルトン伯爵領を訪れている。一昨年の一年生の時は侍女のエマとメイド、二年生の去年はイアンとエマを伴っていたのだ。
「うん。何かイアンがそうするって言うから…」
「そうなの?」
「…私がイアンを好きだなんて言ったから、何か気にしてるのかも知れないけど、ここへ来る道中も何か言う訳でもないし…」
「ミシェルはいつからイアンを好きなの?」
うつ伏せのミシェルはぽすんと枕に顔を埋めた。
「きっかけは分からないけど、気付いたのはイアンがウィルマとお付き合いしてるのを知った時よ」
「そうなの?」
「…ウィルマと上手く行ってないのかしら?ウィルマは私付きのメイドじゃないから屋敷でもあまり会う事がないのよね」
「どうしてイアンとウィルマがお付き合いしてるの、ミシェルは知ったの?」
「これは簡単よ。見たの」
夜、眠れなくて屋敷の中をこっそり歩いていると、使用人たちの部屋の一つの前に人影が見えた。
「……」
微かに女性の声が聞こえて、人影が一人ではなく二人の影が重なったものだと気付く。
イアンが、扉にウィルマを押し付けて、キスをしていた。
抱き合った二人は唇を重ねたまま、部屋へと入って行った。
「翌日エマに聞いたら『ああ、あの二人少し前からお付き合いしているみたいです』って軽く言われたわ」
枕から少し顔を上げたミシェルは苦笑いしている。
「私、すごくショックで…それでああ私イアンを好きなんだなって自覚したのよ」
「ミシェル」
「まあその時もう私はサイラス殿下と婚約してたし、相手は使用人だし、どうにもならないのはよく分かってるの」
「どうにもならなくっても、好きなものは好きだものね」
「そうね。レイラも?」
「ん?」
「レイラも、カイル殿下の事、好きなんでしょ?」
「…うん」
「切ないわね。お互い」
「うん」
レイラとミシェルは顔を見合わせて苦く笑った。
-----
カイルは領地の自室で窓際の椅子に腰掛けて窓の外を見た。
湖が見えて、湖面がキラキラ光っている。
「カイル殿下~」
外から声が聞こえて、カイルは椅子から立ち上がるとバルコニーへ出た。
「カイル殿下!降りて来ないんですか?」
バルコニーから見える庭でアリスがこちらへ手を振っている。
アリスと飼い犬とアンソニー、フレディ、サミュエルと言う生徒会メンバーが見えた。
「今日は執務がある」
「ええー殿下、昨日も一昨日もそう言ってましたよ」
「それなりに忙しいんだ」
「つまんないなあ。じゃあ明日は遊んでくださいね!」
アリスに小さく手を振って、カイルは部屋に戻ると、また椅子に腰掛けた。
執務があるなんて嘘だ。
いや執務はあるが、毎日部屋に閉じ籠もる程の量ではない。
「私、男爵家に引き取られる前は家の手伝いとかしてて、別荘とか、旅行とか、遊びに行った事もないんです」
夏期休暇の前に、アリスがそう言うので、カイルはアリスを王家の領地に招待する事にした。
婚約者のいる王子が男爵令嬢一人を領地に連れて行く訳にいかないので、生徒会の役員に声を掛けると、イアン以外の三人は一緒に来てくれた。
イアンはミシェルと共にレイラの家へ行くと言っていた。
「…ミシェル嬢がレイラの家に行くのは毎年恒例だろ」
カイルはそう呟くと、自分の前髪を掴む。
何故か、アリスと何をしようという気にもならない。湖もある、街もある、ピクニック、遠駆け、ボート、買い物、観劇…やる気になれば娯楽はあるのに。
湖を見ながら、小さい頃、ボートから湖に落ちた事の事をカイルは思い返した。
兄上とふざけてボートに立って揺らしていたら転覆して…すぐボートに掴まって助けられたが、桟橋にいたレイラが驚いてわんわん泣いていたっけ。
「わあ~ん!カイル~」
泣きながら駆け寄って来たレイラが、濡れるのも構わずに俺に抱き着いて来て…兄上もいたのに、真っ直ぐに俺に駆け寄って来るのがあまりにかわいくて、思わずキスをした。
…こんな事、思い出して何になる?
今俺が湖に落ちたとしたら、駆け寄って来るのはアリスだ。
かわいいアリス。
明日はアリスと街へ出るか。
そう思いながらカイルは椅子の背にもたれた。
「え?カイル殿下とアリス様、ダンス一曲しか踊ってないの?」
ハミルトン伯爵領を訪れたミシェルは、驚くレイラに向けて首を縦に振った。
「そうなの。我が家のメイドがアリス様のドレスに葡萄ジュースを溢しちゃったから、一曲だけ踊ってドレスを着替えたのよ。それでその後はカイル殿下とアリス様は踊ってないわ」
「そうなんだ…」
「カイル殿下は舞踏会の片付けの時ものすごく不機嫌でした」
ソファに座ったミシェルの後ろに立つイアンが言う。
きっとアリスと二曲目のダンスを踊れなかったからね。
…私が「さっさと婚約破棄すれば」って言ったのは、カイルの機嫌には関係ない、わ、よね?
夜、レイラとミシェルは「一緒に寝よう」とレイラのベッドに二人で横になる。
「今回はイアンと二人で来たのね。去年はエマも一緒だったのに」
ミシェルはレイラと同じクラスで仲良くなった一年生の時から夏期休暇にはハミルトン伯爵領を訪れている。一昨年の一年生の時は侍女のエマとメイド、二年生の去年はイアンとエマを伴っていたのだ。
「うん。何かイアンがそうするって言うから…」
「そうなの?」
「…私がイアンを好きだなんて言ったから、何か気にしてるのかも知れないけど、ここへ来る道中も何か言う訳でもないし…」
「ミシェルはいつからイアンを好きなの?」
うつ伏せのミシェルはぽすんと枕に顔を埋めた。
「きっかけは分からないけど、気付いたのはイアンがウィルマとお付き合いしてるのを知った時よ」
「そうなの?」
「…ウィルマと上手く行ってないのかしら?ウィルマは私付きのメイドじゃないから屋敷でもあまり会う事がないのよね」
「どうしてイアンとウィルマがお付き合いしてるの、ミシェルは知ったの?」
「これは簡単よ。見たの」
夜、眠れなくて屋敷の中をこっそり歩いていると、使用人たちの部屋の一つの前に人影が見えた。
「……」
微かに女性の声が聞こえて、人影が一人ではなく二人の影が重なったものだと気付く。
イアンが、扉にウィルマを押し付けて、キスをしていた。
抱き合った二人は唇を重ねたまま、部屋へと入って行った。
「翌日エマに聞いたら『ああ、あの二人少し前からお付き合いしているみたいです』って軽く言われたわ」
枕から少し顔を上げたミシェルは苦笑いしている。
「私、すごくショックで…それでああ私イアンを好きなんだなって自覚したのよ」
「ミシェル」
「まあその時もう私はサイラス殿下と婚約してたし、相手は使用人だし、どうにもならないのはよく分かってるの」
「どうにもならなくっても、好きなものは好きだものね」
「そうね。レイラも?」
「ん?」
「レイラも、カイル殿下の事、好きなんでしょ?」
「…うん」
「切ないわね。お互い」
「うん」
レイラとミシェルは顔を見合わせて苦く笑った。
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カイルは領地の自室で窓際の椅子に腰掛けて窓の外を見た。
湖が見えて、湖面がキラキラ光っている。
「カイル殿下~」
外から声が聞こえて、カイルは椅子から立ち上がるとバルコニーへ出た。
「カイル殿下!降りて来ないんですか?」
バルコニーから見える庭でアリスがこちらへ手を振っている。
アリスと飼い犬とアンソニー、フレディ、サミュエルと言う生徒会メンバーが見えた。
「今日は執務がある」
「ええー殿下、昨日も一昨日もそう言ってましたよ」
「それなりに忙しいんだ」
「つまんないなあ。じゃあ明日は遊んでくださいね!」
アリスに小さく手を振って、カイルは部屋に戻ると、また椅子に腰掛けた。
執務があるなんて嘘だ。
いや執務はあるが、毎日部屋に閉じ籠もる程の量ではない。
「私、男爵家に引き取られる前は家の手伝いとかしてて、別荘とか、旅行とか、遊びに行った事もないんです」
夏期休暇の前に、アリスがそう言うので、カイルはアリスを王家の領地に招待する事にした。
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イアンはミシェルと共にレイラの家へ行くと言っていた。
「…ミシェル嬢がレイラの家に行くのは毎年恒例だろ」
カイルはそう呟くと、自分の前髪を掴む。
何故か、アリスと何をしようという気にもならない。湖もある、街もある、ピクニック、遠駆け、ボート、買い物、観劇…やる気になれば娯楽はあるのに。
湖を見ながら、小さい頃、ボートから湖に落ちた事の事をカイルは思い返した。
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…こんな事、思い出して何になる?
今俺が湖に落ちたとしたら、駆け寄って来るのはアリスだ。
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明日はアリスと街へ出るか。
そう思いながらカイルは椅子の背にもたれた。
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