続編の悪役令嬢にはヒロインをいじめられない事情(わけ)がある。

ねーさん

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「またアリス・ヴィーナス嬢を王宮に招いていたのか?」
 カイルの私室の入口で、扉にもたれてサイラスが言った。
「兄上」
 カイルはソファに座ったまま兄であるサイラスを見た。
「カイルがアリス嬢を好きだと言うなら勝手にすれば良いが、レイラとの婚約はどうするつもりなんだ?」
「レイラは…」
 カイルは眉間に皺を寄せて俯く。

 今日、久しぶりにレイラを見た。寮の食堂で背中を向けて耳を塞いで…アリスがレイラに相談したと言い、視線で背中を示さなければレイラに気が付かなかっただろう。
 かわいいアリス。レイラがアリスの相談を聞き流したと聞き、無性に腹立たしかった。

「レイラとの婚約を解消してはどうだ?」
 サイラスの言葉にカイルは顔を上げる。
「そう言えば、兄上は、昔からレイラを好きでしたね」
「…そうだな」
 サイラスはカイルと一緒にいるレイラを見ていた。ただずっと。
「しかし兄上にも婚約者がおられる。俺がレイラとの婚約を解消したとしてももうどうにもなりませんよ」
「俺がレイラをどうにかしたい訳じゃなく、ただカイルがアリス嬢を好きならレイラが可哀想だから…」
「もしや、レイラは兄上に色目を使ってるんですか?」
 カイルの言葉にサイラスは目を見開く。
「…カイル、お前何を言ってるのか判ってるのか?」
 批難の意思の篭った眼差しに、カイルは思わず目を逸らした。
「……」
 しかし、そうでなければ何故兄上が俺の婚約に口を出す?レイラと俺が婚約解消したら、兄上も婚約を解消する算段なんじゃないか?

 何故こんなにレイラを憎々しく思う?アリスがいたらそれで良いではないか。俺と婚約解消したレイラが兄上と結ばれようが、他の誰かと結ばれようが、俺にはアリスがいれば良い。そうだろう?
 カイルは自分に言い聞かせるようにそう考えると、自分の髪をグシャグシャと掻きむしった。

-----

 もうすぐ舞踏会か…
 休日、寮の部屋でレイラがそう思った時、トントンと部屋の扉がノックされ、寮母がライナス・ハミルトンがレイラに会いに来ていると告げた。
「ライナス兄様が?」
 ライナスは、ライアンより三歳上のレイラの上の兄だ。

 寮の外に出ると、ライナスが木にもたれて立っていた。
「兄様、どうしたの?」
「久しぶりだな。レイラ」
 ライナスはハミルトン伯爵家の跡継ぎで、近年結婚し、父ブライアンと共に領地運営をしていて、あまり王都に来る事はないのだ。
「…最近ライアンと…会ってないんだろう?」
 少し苦笑いしながら言うライナスに、レイラは悟った。
 あ、ライアンと…の後の間に「カイル殿下と」って言葉も入るんだわ。

 ライナスと共にカフェを訪れたレイラ。飲み物とケーキを注文すると、ライナスはレイラの前に封筒を差し出した。
「兄様、これ…」
「カイル殿下からだ」
 レイラはゆっくりと封筒を手に取る。宛名はブライアン。裏には王家の紋章の封緘とカイル・ルーセントの文字。
「…中、見ても良いの?」
 レイラは小さく震える声で聞く、ライナスは「ああ」と頷いた。

 今度の舞踏会ではレイラをエスコートしない、いずれレイラとの婚約を解消するつもりでいる。
 と確かにカイルの筆跡で書かれていた。

 …ああ、やっぱり。
 レイラは震える手を押し留めながら便箋を封筒に戻すとライナスへと返す。
「…カイル殿下は一年生の男爵令嬢と……ライアンもそうだと聞いたが本当なんだな?レイラ」
 レイラはこくんと頷く。
 ライナスは封筒をグシャリと握り潰した。
「父上は大層お怒りだ」
 それはそうだろう。ハミルトン家の娘を王子に嫁がせるなんて父と母は本当は嫌だった。でもカイルがレイラ以外考えられないと訴えたので渋々婚約を認めたのだ。
「…でも人の気持ちは止められないし」
 レイラは小さく呟いた。
 ましてカイルやライアンや他の攻略対象者が、ヒロインアリスに惹かれるのは、ゲームでの前提でありルールなのだ。
「レイラは…良いのか?ハミルトン伯爵家としてヴィーナス男爵家に正式に抗議する事もできるんだぞ?」
「良い訳じゃないけど…『ハミルトン家はどうしても王子妃を出したいんだ』と思われちゃうから抗議なんてしないで」
「レイラ…」
「私も絶対にアリス様に抗議したり何かしたりしないわ」
 レイラはテーブルの上の自分の手をギュッと握りしめた。


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