上 下
76 / 79

75

しおりを挟む
75

「イライザには王宮からグレイ殿下との婚約の打診が来ている。もちろん実際に議会に掛けられるのはエドモンド殿下が帰国した後にはなるが。イライザ、これは受けて良いな?」
 家族会議でアドルフの話が終わると、父がイライザにそう言った。
「はい!是非!」
 背筋を伸ばしてそう返事をするイライザに、父は困ったように微笑む。
「…イライザがグレイ殿下を慕っていたのは知っていたが、まさか本当に第一王子に輿入れする事になるとはな。隣国に行くよりは国内なだけ良いが…アドルフは公爵家へ行き、ブリジットも嫁に行く…少し淋しくはあるが、子供たちが皆幸せになる道筋が決まり、親としては嬉しく思わなくてはならないな」
 父がしみじみと言うと、母が父の膝の上の手を握った。
「そうね。でもアンリと言う娘が増えて、隣国の第三王子なんて立派な方がお婿さんに来てくださるの。その内孫もできたりして…きっと賑やかで楽しくなるわ」
「そうだな。楽しみだ」

 父と母は見つめ合ってニッコリと笑い合う。
「そこでアンリ」
「はっ、はい!」
 父がアンリの方を見て、今度はアンリが背筋を伸ばした。
「今日から私たちの事は父、母と、アドルフは兄、イライザとブリジットの事は名前で呼びなさい」
「…え?」
「アンリのお家へもご挨拶したし、書類関係も整って、養子縁組はもういつでもできるのよ。春からはイライザのお妃教育も内々に始まるの。ブリジットも公爵家へ嫁ぐのだし、イライザと一緒に教育を受けるのよ。だからアンリも一緒に、と考えているの」
 母がの前で両手を合わせて言う。
「イライザお嬢様とブリジットお嬢様と一緒に…ですか?」
 アンリがおずおずと言うと、母は嬉しそうに笑った。
「うちの娘たちは皆んな生家より格上の家に嫁ぐ事になったのだから必要な事よ。それにまだ内々の話だからと、通常、王子の婚約者は教育を受けるために王城へ通わなければならないのに、我が家に講師の方を派遣してくださるの。王城での教育を姉妹が共に受ける事はできないけれど、この家に来てくださるなら一緒に教育を受けられる。もちろん許可はいただいているわ。そのためにも春までにアンリの養子縁組の手続きを済ませて正式に『フォスター家の娘』にしておきたいのよ」
「娘に…」
「だからアンリも我が家の娘、アドルフの妹、イライザとブリジットの姉である事に早く慣れて欲しい」
 父もニコリと笑って言う。

「アンリお姉様、一緒に教育を受けられて嬉しいわ」
 イライザは隣に座るアンリの手を両手でぎゅっと握った。
「イライザお嬢様…」
「お嬢様はいらないわ。姉なら妹は呼び捨てだけど、さすがに呼び辛いでしょうから『イライザ様』で」
「イライザおじょ…イライザ様…?」
 アンリが首を傾げながら言うと、イライザは握った手を上下にブンブンと振る。
「そうそう」
「じゃあ私は『ブリジット様』ね。アンリお姉様」
 ブリジットが自分を指差すと、アンリは
「ブリジット様…」
 と呟くように言った。

-----

 お茶の準備が整った東屋で、イライザが手紙を読んでいると、グレイが屋敷の方から歩いて来た。
「グレイ様」
 手紙を畳んでテーブルに置くと、イライザは立ち上がってグレイを迎える。
 軽くハグをするとグレイはイライザの額にキスをする。二人きりの時の最近の挨拶だ。
 椅子に座りながらグレイが置いてある手紙に視線をやった。
「あ、ミアからです。修道院から初めて手紙をくれたんです」
 視線に気付いたイライザが言うと、グレイは頷く。
「そうか。ミアは元気そうか?」
「はい。元気は元気ですけど…新入り虐めのような事があったみたいで」
「虐め?」
 グレイが驚いた様子でイライザを見る。
 イライザは首を捻った。
「それが、虐めてきた相手を返り討ちにしたらしく『私、この修道院のボスになるわ!』って書いてありまして…」
 ミアらしい。でもヒロインのやる事じゃないような…いや「ヒロインに転生したのに何故か断罪されたので修道院を仕切ります」ってラノベ風でやっぱりミアらしいのかな?
「それは…まあ元気そうで良かった」
「そうですね」
 グレイが苦笑いしながら言い、イライザも笑った。

 イライザはテーブルの端に置いてあるポットからカップに紅茶を注ぐ。
 学園の休みの日、エドモンドとグレイがフォスター家を訪れた短い時間にしか二人でいられないため、イライザは本来侍女が担うお茶を注ぐ役目を自ら買って出ているのだ。

「…イライザにお茶を注いでもらうたびに昔の事を思い出すな」
 グレイが笑みを浮かべて言う。
「もう溢しませんよ?」
 イライザも笑いながらグレイの前にソーサーに乗ったカップを置いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

処理中です...