上 下
70 / 79

69

しおりを挟む
69

 イライザの寝支度を整えて部屋を出て行こうとするアンリをイライザは呼び止めた。
「アンリ、あのね」
「はい」
「エドモンド殿下の事、アンリが本当に嫌なら私からお断りする事もできるから、あまり負担に思わないで。でもね、逆に少しでもエドモンド殿下に好意があるなら…色々なしがらみや障害は私が何とかするから、迷わず飛び込むのよ!」
 イライザはベッドに座り、グッと握り拳を作る。
「イライザお嬢様…」
 困ったように笑うアンリ。

「それと…ごめんね」
 俯くイライザ。
「お嬢様?」
 アンリは首を傾げた。
「…元のイライザ…もう話…できないって」
「え…?」

「元のイライザが表に出てきたの…相当無理したみたいで、夢の中で『もう死に掛けてもどうする事もできない。これが最後の会話よ』って…」
「最後…ですか?」
「うん。今こうしている限り、何かが変わった感じはしないんだけど…もう元のイライザが表に出て来る事はないと思う」
「そうなんですか…でも、消えてしまった訳ではないんですよね?」
「うん。でももう元のイライザと話せないから…お別れもさせてあげられなくてごめんなさい」
 俯くイライザの前に膝をつくと、アンリはイライザを見上げた。
「元のイライザお嬢様も、生まれ変わったイライザお嬢様も、同じイライザお嬢様ではないですか。私はお嬢様が階段から転落した時と湖に落ちた時、助かってくださっただけで充分で、今目の前におられるお二方が一人になったお嬢様が大好きですよ」
 アンリは両手でイライザの手を上下から挟むように握る。
「…アンリ、ありがとう。私もアンリが大好き」
 イライザが涙ぐんで言うと、アンリは慰めるようにイライザの手の甲を摩った。
「光栄です」

「それとね、私…赤い糸、見えなくなったの」
「え?」
「イライザが消える前に『赤い糸が見える力は私が持って行くから』って…今日本当にブリジットの赤い糸が見えなかった。お父様とお母様のも」
「そうなんですか…でもそれで良かったような気がします」
 イライザの手を摩りながらアンリは笑って言う。
「実は私も…そう思う」
 グレイ殿下は「もし俺と他の女性が赤い糸で繋がったらイライザが切って」と言われたけど、本当に殿下の赤い糸が他の女性ひとと繋がったら…多分私、切れない。
 だって、赤い糸が繋がるって事は、その人と結ばれる方が幸せになれるんじゃないかと思うし。その可能性がある以上、悩むし嫌だし苦しいけど、やっぱり切る事はできないんじゃないかな。
 それに。
「…他の人に繋がってるの…見たくないし」
 イライザがそう呟くと、アンリは手を止めた。

「そう言えば、お嬢様、グレイ殿下と両想いになられた事、話してくれませんでしたね?」
 上目遣いでジトッとイライザを睨む。
「だって…私がこの家を継がなきゃって、だから誰にも知られない内に殿下にお断りしなきゃって思ってたんだもん」
「それはわかりますけど…ブリジット様もお怒りでしたし、私も少し怒ってますよ」

 ブリジットにはグレイ殿下とエドモンド殿下がお帰りになった後、エドモンド殿下が我が家か公爵家を継ぐと申し出られた件と併せてグレイ殿下の事を話したら、ブリジットはプンプンって擬音が聞こえそうなくらい怒ったのよね。
「あんなに好きだったグレイ殿下に『好き』って言っていただいたのに、どうして断るなんて選択肢を選ぶの!?ううん。むしろその選択肢だけはない。ないわよ!それに、姉様一人が犠牲になれば…なんて考え方、絶対に間違ってるわ!」

 その時のブリジットの剣幕を思い出して、イライザはふふっと笑った。
「お嬢様?」
「ブリジットが怒りながら私の手を掴んで、二人でお兄様の部屋へ駆け込んで…と言うか、私はブリジットに引き摺られて行ったんだけど。ブリジットが怒りながら説明して…あの時のお兄様、驚いて困って、でも愛おしそうにブリジットを見てて…その後、私、お兄様にも叱られたわ」
 お兄様はブリジットが一通り話して落ち着いた処で私に
「イライザの気持ちを押し殺して、その上に成り立つ私とブリジットの幸せなどないんだよ。父上と母上も言われたように、私たちは等しく幸福にならないといけないんだ」
 と言われたの。穏やかな口調だったけど、少し怒ってた。

 悪役令嬢のイライザもいつもお兄様やブリジットを怒らせていた。でもそれは今みたいに私の事を大切に思って、それで怒ってくれるのとは大違いだったもん。
「こんな風に皆んなに怒ってもらえるのって…怒られてるのに何だか嬉しいのね」
 イライザがしみじみと言うと、アンリも笑って頷いた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...