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一命を取り留めたミアは、事件から三日が経った今も王城の医療棟の入院施設で昏々と眠り続けている。
失血が多く、鎮痛も必要なため、薬で眠らされているのだ。
ミアの病室で、眠るミアのベッドの側にある椅子に腰掛けたイライザは、穏やかな顔で眠るミアの顔を眺めていた。
「早く起きなさいよね」
ミアの頬を突くと、イライザは立ち上がり、病室を出る。
「イライザ様」
医療棟の廊下を歩いていると、ディアナが向こうからやって来た。
「ディアナ様」
「イライザ様がミア様のお部屋に行かれてると聞いたから」
「え?私に会いに?」
ディアナは困ったように笑う。
「…エレノーラ様に、面会を拒否されちゃって」
「ああ…」
捕えられたエレノーラは王城の地下にある牢に拘留され、二十四時間の監視が付いている。自ら命を断つ可能性があるのでミアのように貴族の拘禁部屋へ置く訳にはいかなかったのだ。
「あの…エレノーラ様の婚約者…ディアナ様はご存知でしたか?」
女性が家督や爵位を継ぐ事が許されていないこの国では、エレノーラのような兄弟のいない一人娘は入婿を迎え、その者が家を継ぐ事になる。
そして、エレノーラは最近自身の結婚相手、ワトソン伯爵家を継ぐ者を父から告げられた。
その相手は、成金地主の男爵家の三男で、エレノーラより二十歳以上歳上の二回の離婚歴がある男だと言う。
エレノーラの父親であるワトソン伯爵が土地売買で損をし、男爵から多額の借金をしてしまったそうで、男爵から、家で持て余していた三男に伯爵位を継がせるのを条件にその借金を帳消しにする、と持ち掛けられたらしい。
「私もこの事件が起こってから知ったわ」
廊下を歩きながらディアナがため息混じりに言った。
「…元妻たちが引き取っている子供も三人いるん…でしたよね?」
「ええ。二回の離婚はいずれも女性関係が原因らしいし…」
エレノーラ様がディアナ様の家に婿入りする予定のアレックス様を好きなら、ミアの「約束」に縋ってしまった気持ちもわからなくもないけど。
「エレノーラ様は、私の事…恨んでいるのかしら?」
ディアナが言う。
「ディアナ様とアレックス様との婚約は双方の家が決めた事でしょう?妬ましい気持ちになるのはわかりますけど、ディアナ様を恨むのは筋違いです」
イライザがキッパリとそう言うと、ディアナは少し笑った。
「でも人の気持ちって筋が違っているからと言って止められるものではないし」
「…まあ、それはそうですね。エレノーラ様、私の事も恨んでいたみたいですし」
「イライザ様を?」
「ええ。私の兄が血の繋がりがない事…知ってる人は知ってますから。本当は長女である私がフォスター家を継いでくれる相手を迎えなくてはならない筈だったのにって」
「それこそイライザ様を恨むのは筋違いだわ」
憤りを見せるディアナ。
「やっぱり人の気持ちってままならないですね」
イライザがしみじみと言うと、ディアナが大きく頷いた。
ーーーーー
「今日は保養地で私を助けてくださったアレックス様と騎士の方々にお礼に行こうと思ってクッキーをたくさん焼いて来たんです」
「え…全部クッキーなの?」
イライザが持っていた袋を示して言うと、ディアナはその大きさに目を見開いた。
「グレイ殿下はあの時保養地に同行していた騎士は二分団で二十人程だって仰ったんですけど、一応殿下の護衛騎士団全員に行き渡るように…」
「じゃあ五十人分くらい?」
「騎士団員は総勢五十六名らしいです」
混ぜて焼くだけだから簡単とは言え、一人一枚って訳にはいかないから、昨日はブリジットやお兄様にも手伝ってもらって一日中クッキーを焼いたわ。
ブリジットやお兄様と一緒にクッキーを焼くなんて…ちょっと前には考えられなかった。
私は転生できて嬉しかったけど、もし元のイライザのままだったら、イライザはミアを虐め続けてシナリオ通りに断罪された。…そうしたら、ミアがイライザの赤い糸をエドモンド殿下と結ぼうなんて思わなくて、エレノーラ様と「約束」もしなくて、ミアもエレノーラ様も罪を犯す事はなかった筈で…
「イライザ様、騎士団へ私も一緒に行っても良いかしら?」
ディアナの声にイライザはハッとする。
「はい。でもディアナ様、アレックス様にお会いしないんですか?」
「ええ…まあ…お仕事の邪魔になるでしょうから…」
視線を下に向けて苦笑いしながらディアナは言う。
王都に戻ってからアレックス様から連絡がないってこの間言われていたけど、これは…未だに連絡がないのね。
「では騎士団の後はグレイ殿下の所へ行くので、ご一緒してください」
「グレイ殿下の所へ?」
ディアナが首を傾げた。
「アレックス様が休憩の時間にグレイ殿下の所へいらっしゃるので、そこでクッキーをお渡しする予定なんです」
一命を取り留めたミアは、事件から三日が経った今も王城の医療棟の入院施設で昏々と眠り続けている。
失血が多く、鎮痛も必要なため、薬で眠らされているのだ。
ミアの病室で、眠るミアのベッドの側にある椅子に腰掛けたイライザは、穏やかな顔で眠るミアの顔を眺めていた。
「早く起きなさいよね」
ミアの頬を突くと、イライザは立ち上がり、病室を出る。
「イライザ様」
医療棟の廊下を歩いていると、ディアナが向こうからやって来た。
「ディアナ様」
「イライザ様がミア様のお部屋に行かれてると聞いたから」
「え?私に会いに?」
ディアナは困ったように笑う。
「…エレノーラ様に、面会を拒否されちゃって」
「ああ…」
捕えられたエレノーラは王城の地下にある牢に拘留され、二十四時間の監視が付いている。自ら命を断つ可能性があるのでミアのように貴族の拘禁部屋へ置く訳にはいかなかったのだ。
「あの…エレノーラ様の婚約者…ディアナ様はご存知でしたか?」
女性が家督や爵位を継ぐ事が許されていないこの国では、エレノーラのような兄弟のいない一人娘は入婿を迎え、その者が家を継ぐ事になる。
そして、エレノーラは最近自身の結婚相手、ワトソン伯爵家を継ぐ者を父から告げられた。
その相手は、成金地主の男爵家の三男で、エレノーラより二十歳以上歳上の二回の離婚歴がある男だと言う。
エレノーラの父親であるワトソン伯爵が土地売買で損をし、男爵から多額の借金をしてしまったそうで、男爵から、家で持て余していた三男に伯爵位を継がせるのを条件にその借金を帳消しにする、と持ち掛けられたらしい。
「私もこの事件が起こってから知ったわ」
廊下を歩きながらディアナがため息混じりに言った。
「…元妻たちが引き取っている子供も三人いるん…でしたよね?」
「ええ。二回の離婚はいずれも女性関係が原因らしいし…」
エレノーラ様がディアナ様の家に婿入りする予定のアレックス様を好きなら、ミアの「約束」に縋ってしまった気持ちもわからなくもないけど。
「エレノーラ様は、私の事…恨んでいるのかしら?」
ディアナが言う。
「ディアナ様とアレックス様との婚約は双方の家が決めた事でしょう?妬ましい気持ちになるのはわかりますけど、ディアナ様を恨むのは筋違いです」
イライザがキッパリとそう言うと、ディアナは少し笑った。
「でも人の気持ちって筋が違っているからと言って止められるものではないし」
「…まあ、それはそうですね。エレノーラ様、私の事も恨んでいたみたいですし」
「イライザ様を?」
「ええ。私の兄が血の繋がりがない事…知ってる人は知ってますから。本当は長女である私がフォスター家を継いでくれる相手を迎えなくてはならない筈だったのにって」
「それこそイライザ様を恨むのは筋違いだわ」
憤りを見せるディアナ。
「やっぱり人の気持ちってままならないですね」
イライザがしみじみと言うと、ディアナが大きく頷いた。
ーーーーー
「今日は保養地で私を助けてくださったアレックス様と騎士の方々にお礼に行こうと思ってクッキーをたくさん焼いて来たんです」
「え…全部クッキーなの?」
イライザが持っていた袋を示して言うと、ディアナはその大きさに目を見開いた。
「グレイ殿下はあの時保養地に同行していた騎士は二分団で二十人程だって仰ったんですけど、一応殿下の護衛騎士団全員に行き渡るように…」
「じゃあ五十人分くらい?」
「騎士団員は総勢五十六名らしいです」
混ぜて焼くだけだから簡単とは言え、一人一枚って訳にはいかないから、昨日はブリジットやお兄様にも手伝ってもらって一日中クッキーを焼いたわ。
ブリジットやお兄様と一緒にクッキーを焼くなんて…ちょっと前には考えられなかった。
私は転生できて嬉しかったけど、もし元のイライザのままだったら、イライザはミアを虐め続けてシナリオ通りに断罪された。…そうしたら、ミアがイライザの赤い糸をエドモンド殿下と結ぼうなんて思わなくて、エレノーラ様と「約束」もしなくて、ミアもエレノーラ様も罪を犯す事はなかった筈で…
「イライザ様、騎士団へ私も一緒に行っても良いかしら?」
ディアナの声にイライザはハッとする。
「はい。でもディアナ様、アレックス様にお会いしないんですか?」
「ええ…まあ…お仕事の邪魔になるでしょうから…」
視線を下に向けて苦笑いしながらディアナは言う。
王都に戻ってからアレックス様から連絡がないってこの間言われていたけど、これは…未だに連絡がないのね。
「では騎士団の後はグレイ殿下の所へ行くので、ご一緒してください」
「グレイ殿下の所へ?」
ディアナが首を傾げた。
「アレックス様が休憩の時間にグレイ殿下の所へいらっしゃるので、そこでクッキーをお渡しする予定なんです」
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