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 王城の拘置部屋へ入ると、退屈そうにソファに身を預けていたミアが起き上がり、眉を上げた。
「遅くない?」
「ミアのせいで死に掛けたからなのに、何て言い草よ」
 イライザは憮然として鉄格子の扉の前で腕組みをする。
「あはは。そうだったわね」
 ミアはソファに座ったままケタケタと笑う。

「あの、この中って入っても?」
 イライザが扉を指差しながら近くに立っている騎士に尋ねると、騎士は
「いけません」
 と短く言った。
「私、危険人物だから接近禁止らしいわ」
 ミアがケロリとして言う。

 大逆罪だもん、まあそうなっても仕方ないのか。
 このミアとの面会にグレイ殿下も立ち合うって言われたけど、二人で会いたいって振り切ったんだし、私が無理言って殿下に迷惑掛けちゃだめだもんね。ここは諦めるか…
「じゃあ、せめて近くに来てよ」
 イライザが鉄の柵の間に手を入れて手招きするとミアは大義そうに立ち上がった。
「仕方ないなあ~」
 ミアが鉄格子の近くに寄って来て、絨毯の張られた床にペタンと座る。
「二十日近くずっとここにいたら身体が鈍っちゃって、立ち話もしんどいのよ」
 ミアが眉を顰めると、イライザもその場にしゃがみ込んだ。
「私だって十日以上寝たままだったからまだ体力完全回復してないわよ」

 イライザの近くに立っていた騎士が部屋を出て、開けたままの扉の側へと立つ。
 イライザとミアの会話を聞かないようにとの配慮だ。

「…随分喋り方が違うけど、それが素なの?」
 イライザは訝し気にミアを見る。
「そうよ。前世では地味なコミュ障JKだったんだもん。貴族とか敬語とかわかんないし、堅苦しいのも苦手だし」
 うんざりしたようにミアが言う。
「あ、私も高校生だった。あんまり学校行けてなかったみたいだけど」
「へぇ。何?病気で?」
「うん」
「私、交通事故。高校一年の時」
「私はあんまり覚えてないけど十六か十七」
「私もそんなにハッキリとした記憶がある訳じゃないけど…前世の名前は覚えてる」
「名前?」
「そう美しい愛って書いて美愛みあ
「!」
「ヒロインが『ミア』だからあのゲームにハマったのよ」

-----

「私、製品版しかやった事ないんだけど、パイロット版って赤い糸切った後は見えなくなって、攻略対象の好感度上げてけば段々赤い糸が見えるようになるの?それに顔に素肌が接触って…まどろっこし過ぎるわ」
「だから製品版では顔に限らず素肌が触れればって、赤い糸も、ヒロインが結べるって設定に変わったんじゃないの?」
「なるほどね」
「製品版は赤い糸切った後も見えなくならないの?」
「そうよ。手首から三十センチくらいの所で切れてるように見えるの。結ぶときはその三十センチの所を持つと、こうみょーんと伸びるから後は普通に結ぶ」
 ミアは両手を胸の高さに上げると、それぞれの手に何かを握ったように拳を握る。そしてその拳を身体の中心の方へ寄せると、紐を結ぶ仕草をして見せた。
「だから蝶々結びなんだ」
「そ。この結び目が、好感度を上げていくと固結びになって、最終的に結び目が見えなくなって、ハッピーエンド」
「固結びになって、結び目が見えなく…」
 あれ?私が見た赤い糸、結び目…私とエドモンド殿下のも、ロイ殿下とマリアンヌ様のも、グレイ殿下とミアのでさえ、綺麗な蝶々結びしか見た事ないけど。固結びにもなってなかったような…?
「そうよ。失敗したの」
 イライザの顔を見て疑問に思った事を察したのか、ミアが鼻に皺を寄せ、唇を尖らせる。
「失敗?」
「早すぎたの!切るのも、結ぶのも」

 ゲーム「赤い糸の伝説」はミアが学園へ入学した日から始まる。
 グレイやジェフリーなどの攻略対象者と仲良くなり好感度を上げて、攻略対象者とその婚約者や恋人との赤い糸を切り、自分と結ぶ。
 そして更に好感度を上げていけば結び目が強固になり、本来の赤い糸と同じように結び目がなくなり一本の「糸」になる。
 悪役令嬢の断罪、婚約破棄、追放、家の取り潰しなどや、攻略対象者との婚約、恋人、親友、友人、知人など、最終的な関係の深さは結び目の状態によって変わって来るのだ。

「昔、イライザがグレイ殿下に紅茶溢したお茶会があったでしょ?あの時近くに居た女の子が数人グレイ殿下にハンカチを差し出したの、覚えてる?」
「何となく」
「あの時、手袋を取った殿下に、ハンカチを差し出して触ったのよ」
 ミアがそう言うと、イライザはあんぐりと口を開けた。
「…あの時!?」



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