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「ミア、先程は何故あんなに『毒味』と騒ぎ立てたんだ?」
 馬を歩かせながらグレイが言うと、グレイの前に横乗りしているミアは上目遣いでグレイを見た。
「…怒ってますか?」
「怒ってはいないが、あれでは折角作ってくれた皆に失礼だろ」
 ため息混じりに言う。
「…はぁい。グレイ殿下に私のクッキーと比べられるのは嫌だなあって思ってしまって…ごめんなさい…」
 殊更にしゅんとした様子を見せるミア。
「そうか」
 ふっと息を吐くグレイを上目遣いで見たまま、ミアはグレイの胸へともたれた。

「グレイ殿下…そろそろ具体的なお話は出ないんですか?」
「具体的な話?」
 ミアは顔を赤くして俯く。
「あの…将来的なお話です」
「将来的?」
「お祝いと言うか、縁と言うか…」
「?」
 首を傾げるグレイに、ミアは焦れて言った。
「婚約です!婚約!」

「婚約」
 グレイは眉を上げてミアの言葉を繰り返す。
「だって、グレイ殿下、後半年で卒業じゃないですか。第一王子なんですから早く婚約だけでもしないと」
「確かに俺は後半年で卒業する第一王子だが、まだ婚約などは考えていない」
「え?」
 ミアはきょとんとしてグレイを見上げた。
「国王である祖父も、王太子である父上もまだお若い。俺が立太子するのもまだまだ先の話だし、俺に何かあってもロイもいるし、急いで婚姻する理由はないだろう?」
 淡々と言うグレイに、ミアは驚愕の表情を浮かべる。

 は?じゃあグレイ殿下が私と婚約するのはまだまだ先、と言う事?
 ゲームではこの夏、この避暑地でミアにプロポーズして、半年後の卒業パーティーでイライザを断罪して婚約破棄、そして私と結婚すると宣言したじゃない。
 確かにグレイとイライザは婚約していないし、本当なら去年の終わりに起きる筈だった「ミアがイライザに階段から突き落とされる」イベントが起きないから自分で起こしたら、イライザの性格が変わって虐められなくなったり、ゲームとは違う展開になってはいるけど…
「まさか」
 ミアはハッと気付く。
「ミア?」
 ミアを見ているグレイはまったく悪びれない表情だ。
 まさか、このままだとグレイとミアが結ばれない結末になるんじゃないでしょうね。
 赤い糸は結んだけど、ここまでゲームと違う展開になるとあり得なくもない気がする。

 あ、わかった。イライザも赤い糸が見えるみたいだし、きっとイライザのせいで展開が変わってるんだ。
 階段から落ちた時、イライザの目が覚めないと聞いて、いっそそのままくれないかなとチラッと考えた。でも悪役令嬢が居なくなったらどんな展開になるのか想像もできなかったから、目が覚めたと聞いた時には安心したんだけど…
 …でも、やっぱり、イライザにはもらった方が良いんじゃないの?

 ミアが顔を上げると、エドモンドと馬に乗るイライザが視界に入った。

 健気なフリで手作りクッキーなんて焼いてるんじゃないわよ。
 断罪されて国外追放になる処を、隣国の第三王子の妃になるなんて穏便な出国プランにしてあげたんだから、大人しくエドモンドと結ばれる気がないんなら…

 馬を止めたエドモンドがヒラリと馬から降りてイライザに手を差し出す。

 …消えてよ!

 ミアは足を振り上げて、踵で馬の腹を思い切り蹴った。

「ヒヒン!」
 馬が鳴いて凄い勢いで走り出す。ミアはグレイに抱き付いた。
「ミア!何をするんだ!」
 グレイが慌てて手綱を引こうとするが、ミアに抱き付かれて思うように引けない。

 馬は真正面にいるイライザが乗ったままの馬へと突進し、激突した。
 
 バアンッ!と衝撃を受けて、グレイとミアは馬の背から投げ出され、芝生へと転落する。
 ミアがグレイに抱き付いていたので、図らずもグレイがミアを庇ったかのようにミアが地面に衝突する事はなかった。

 激突された馬は、イライザを乗せたまま狂ったように走り出す。
「イライザ!」
 馬から降りていたエドモンドも衝突の弾みで転倒し、直ぐに起き上がりイライザの乗ったままの馬を追い掛けようとしたが、いかんせん馬と人であり、到底追い付けるものではない。
 何が起きたのかわからないまま、イライザが必死で馬の背にしがみついていると、馬の行く先にディアナとアレックスが居るのに気が付いた。

 このままじゃディアナ様とアレックス様を巻き込んでしまう。
 ど、どうしよう。
 咄嗟にイライザは手綱を掴むと、全体重を掛けて思い切り引く。
 「ヒヒイィン!」
 馬の前足が浮き、ディアナとアレックスの上を飛び越えた。

 そして、イライザの目前に湖面。
 ぎゅうっと目を閉じる。

 バシャーン!

 水音と共にイライザは意識を失った。



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