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結局、殿下にクッキーを食べていただく事はできなかったわ。
ミアが「毒味」「毒味」と騒いで、毒味はしてあるし、何ならこの場でもう一度毒味をしたら良いとディアナ様やナタリア様が言ってくださったけど、ミアは聞く耳持たず。
結局、殿下はお菓子を一つも召し上がらないまま。
「あんな女が良いなんて、グレイ殿下の趣味を疑うわ」
昼食とデザートのお菓子を片付け終わった後、ぼそりとナタリア様が言ってディアナ様が苦笑いを浮かべてた。
「イライザ、手を」
栗毛の馬に乗ったエドモンドが馬の傍らに立つイライザに手を差し出した。
「はい」
イライザはエドモンドの手を取って馬に乗せてもらう。
「横乗りって怖いですよね…スカートだから仕方ないですけど」
「ゆっくり歩くだけだから大丈夫。今度は横乗り用の鞍を着けよう。それとも乗馬服をプレゼントしようか?」
すぐ近くにエドモンドの顔。ひえぇ。近い。横乗りだから余計に顔が近い!
しかも地面が遠い!馬の上って下から見てたより遥かに高く感じるわ。
「ど…どうせなら馬で駆けまわれるようになりたいので、乗馬服が良いです」
赤くなったり青くなったりしながらイライザが言うと、エドモンドは自分の服の胸元をぎゅっと掴んでいるイライザを見ながら嬉しそうに微笑んだ。
「さすがイライザ」
少し離れた所で二人乗りで馬を歩かせているイライザとエドモンドを見て、ミアと湖畔を散歩していたグレイが足を止める。
「……」
じっとイライザとエドモンドを見ているグレイの腕をミアが引いた。
「グレイ殿下、私も馬に乗りたいです」
「あ…ああ」
グレイが馬を繋いである木の方へ歩き出すと、ミアは後に付いて歩きながら振り向いてイライザたちを見る。
無言でイライザを見るミアは恐ろしいくらいの真顔だった。
-----
切り立った壁のようになった湖の淵の上には柵が施され、柵の向こう側には湖面が、こちら側には芝生の広場が広がる。
柵の前に間隔を開けて湖の方を向いたベンチがいくつか置かれており、その中の一つにディアナとアレックスが腰掛けて湖を見ていた。
「しかし…自分は毒味を無視しようとしたのに、ディアナたちが作った物は毒味しろと言う…俺にはミア嬢の考えている事がサッパリわからない」
ベンチに座るアレックスがため息混じりに言う。
「グレイ殿下が他の女性が作ったお菓子を口にされるのが嫌だったのでは?」
「うーん」
アレックスの隣に座るディアナがそう言うと、アレックスは腕を組んで唸った。
アレックス様に、ミアがグレイ殿下に差し上げたお菓子はミアの手作りではなかった事、伝えた方が良いのかしら?
でももしアレックス様が「王子を謀った」とミアの事を問題にして、もしもグレイ殿下がミア様を庇おうとしたら、グレイ殿下はアレックス様を遠ざけてしまわれるかも知れない。
そうしたらアレックス様の将来は…ううん。何よりアレックス様とグレイ殿下の友情はどうなるの?
そう考えて、ふと気付き、ディアナは「ふふ」と笑いを漏らす。
「ディアナ?」
アレックスが不思議そうにディアナを見た。
その瞳は以前のように優しい光を湛えてはいない。
それでも。
「いえ。習慣とは面白い物だと思っただけですわ」
「習慣?」
そう。恋慕う感情はなくなっても、私は婚約者であるアレックス様の立場をつい慮ってしまうんだわ。
それはもう癖みたいなもので。
「アレックス様、私…」
「うん?」
ディアナがアレックスを見ながら話し出した、その時。
「イライザ!!」
エドモンドの声。
「え?」
ディアナとアレックスが声の方へ振り向くと、栗毛の馬がディアナたちの方へ駆けて来ていた。
馬の背にしがみつくイライザ。
遠くで馬を追い掛けて走るエドモンド。
近付いて来る馬がスローモーションのように見える。が、実際は一瞬のできごとだ。
「きゃああ!」
「ディアナ!」
身を縮めるディアナに覆い被さるアレックス。
その二人の上を馬が飛び越えて……
「ヒヒイィン!」
と馬のいななきが響き、続いて
バシャーンッ!
と音を立てて、イライザを乗せた馬は湖に落ちた。
結局、殿下にクッキーを食べていただく事はできなかったわ。
ミアが「毒味」「毒味」と騒いで、毒味はしてあるし、何ならこの場でもう一度毒味をしたら良いとディアナ様やナタリア様が言ってくださったけど、ミアは聞く耳持たず。
結局、殿下はお菓子を一つも召し上がらないまま。
「あんな女が良いなんて、グレイ殿下の趣味を疑うわ」
昼食とデザートのお菓子を片付け終わった後、ぼそりとナタリア様が言ってディアナ様が苦笑いを浮かべてた。
「イライザ、手を」
栗毛の馬に乗ったエドモンドが馬の傍らに立つイライザに手を差し出した。
「はい」
イライザはエドモンドの手を取って馬に乗せてもらう。
「横乗りって怖いですよね…スカートだから仕方ないですけど」
「ゆっくり歩くだけだから大丈夫。今度は横乗り用の鞍を着けよう。それとも乗馬服をプレゼントしようか?」
すぐ近くにエドモンドの顔。ひえぇ。近い。横乗りだから余計に顔が近い!
しかも地面が遠い!馬の上って下から見てたより遥かに高く感じるわ。
「ど…どうせなら馬で駆けまわれるようになりたいので、乗馬服が良いです」
赤くなったり青くなったりしながらイライザが言うと、エドモンドは自分の服の胸元をぎゅっと掴んでいるイライザを見ながら嬉しそうに微笑んだ。
「さすがイライザ」
少し離れた所で二人乗りで馬を歩かせているイライザとエドモンドを見て、ミアと湖畔を散歩していたグレイが足を止める。
「……」
じっとイライザとエドモンドを見ているグレイの腕をミアが引いた。
「グレイ殿下、私も馬に乗りたいです」
「あ…ああ」
グレイが馬を繋いである木の方へ歩き出すと、ミアは後に付いて歩きながら振り向いてイライザたちを見る。
無言でイライザを見るミアは恐ろしいくらいの真顔だった。
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切り立った壁のようになった湖の淵の上には柵が施され、柵の向こう側には湖面が、こちら側には芝生の広場が広がる。
柵の前に間隔を開けて湖の方を向いたベンチがいくつか置かれており、その中の一つにディアナとアレックスが腰掛けて湖を見ていた。
「しかし…自分は毒味を無視しようとしたのに、ディアナたちが作った物は毒味しろと言う…俺にはミア嬢の考えている事がサッパリわからない」
ベンチに座るアレックスがため息混じりに言う。
「グレイ殿下が他の女性が作ったお菓子を口にされるのが嫌だったのでは?」
「うーん」
アレックスの隣に座るディアナがそう言うと、アレックスは腕を組んで唸った。
アレックス様に、ミアがグレイ殿下に差し上げたお菓子はミアの手作りではなかった事、伝えた方が良いのかしら?
でももしアレックス様が「王子を謀った」とミアの事を問題にして、もしもグレイ殿下がミア様を庇おうとしたら、グレイ殿下はアレックス様を遠ざけてしまわれるかも知れない。
そうしたらアレックス様の将来は…ううん。何よりアレックス様とグレイ殿下の友情はどうなるの?
そう考えて、ふと気付き、ディアナは「ふふ」と笑いを漏らす。
「ディアナ?」
アレックスが不思議そうにディアナを見た。
その瞳は以前のように優しい光を湛えてはいない。
それでも。
「いえ。習慣とは面白い物だと思っただけですわ」
「習慣?」
そう。恋慕う感情はなくなっても、私は婚約者であるアレックス様の立場をつい慮ってしまうんだわ。
それはもう癖みたいなもので。
「アレックス様、私…」
「うん?」
ディアナがアレックスを見ながら話し出した、その時。
「イライザ!!」
エドモンドの声。
「え?」
ディアナとアレックスが声の方へ振り向くと、栗毛の馬がディアナたちの方へ駆けて来ていた。
馬の背にしがみつくイライザ。
遠くで馬を追い掛けて走るエドモンド。
近付いて来る馬がスローモーションのように見える。が、実際は一瞬のできごとだ。
「きゃああ!」
「ディアナ!」
身を縮めるディアナに覆い被さるアレックス。
その二人の上を馬が飛び越えて……
「ヒヒイィン!」
と馬のいななきが響き、続いて
バシャーンッ!
と音を立てて、イライザを乗せた馬は湖に落ちた。
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