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 舞踏会の次の日から学園は夏期休暇だ。
 舞踏会の途中でイライザはミアの頬を叩き、講堂から飛び出した。イライザの後を追って来たブリジットと共に寮に戻り、そのまま一緒にフォスター家に帰る事になる。
 これまで別々の馬車で家に帰っていたイライザとブリジットが一台の馬車から降りて来たのを見て、兄アドルフは目を丸くした。
「私はまだ姉様の事完全に信用している訳ではないわ。だから第三者視点と、揉めそうになったら止めてもらうためにお兄様にも一緒に話を聞いてもらいたいの」
 廊下を歩きながらブリジットがそう言うと、イライザは頷く。

 ブリジットの部屋ではブリジット付きの侍女が帰宅するブリジットにお茶を出す準備をしていたが、ブリジットがイライザとアドルフを伴って部屋に入ると驚愕の表情を浮かべ、お茶の人数を増やすべく慌てて部屋を出て行った。
 長ソファにイライザとブリジットが並んで座り、ブリジットの向かいの一人掛けソファにアドルフが座る。

 侍女がイライザの前にカップを置こうとして、カップが小刻みに震えてカチャカチャと小さく音を立てた。
「何て不作法な侍女なの!こんな侍女が我が家に居るだなんてとんでもない恥だわ!ああでも地味で目立たないブリジットにはこの程度の侍女がお似合いかしらね」
 …と、以前のイライザなら言ってたわね。
 言葉もだけど、イライザは言い方がキツいのよね。怒鳴ると言うか、がなると言うか。
 プライドが高くて、何にでもイライラして、直ぐに怒鳴りつけたり…そうせずにはいられなかったのは、やっぱり悪役令嬢と言うキャラ設定とゲーム設定による処が大きいんだろうなぁ。
 イライザはそう思いながら目の前に置かれたカップを見た。
「も…申し訳ありません!」
 顔面蒼白の侍女が勢い良く頭を下げた。
 多分ここで私がニッコリ笑って「気にしないで」なんて言っても、私を前にして極度の緊張状態のこの侍女には逆効果よね。後からどんな沙汰があるかとますます怯えるだけだわ。
「溢れた訳でもなし、いちいち謝らないで」
 イライザはわざとぶっきらぼうに言う。侍女の方は見ない。
「姉様」
 ブリジットが眉を顰めてイライザを咎める。
「目付きが悪い自覚はあるの。睨んだと言われるよりは見ない方がマシだわ」
 そう言うとイライザは紅茶を一口飲んだ。
「あら美味しい」
 イライザが呟くと、侍女は安心したような表情を浮かべる。
「呼ぶまで私たち三人きりにしておいてね」
 ブリジットが言うと、侍女は頭を下げて部屋を出て行った。

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「私がミアを観察し始めて、一番初めにミアがした事はクッキーをグレイ殿下に差し上げた事だったわ」
 ブリジットが言った。
「クッキー?」
 アドルフが言うと、ブリジットは両手の平を並べて何かを差し出すような仕草をしながら首を少し傾げる。
「『私が焼いたクッキーです』って」
 普段のブリジットより高くて媚びた口調。これミアの真似だわ。似てる。
「ミアは前にも殿下に自分が焼いたマフィンを差し上げてたわ」
 あの時も私は毒味もしていない物を殿下に食べさせるなんて!って怒って乱入したっけ。
 私の爪が当たってミアが「痛い」って言ったら、殿下は私に「手荒な真似はやめろ」って仰って…
 私は間違った事を言ったつもりはないけど、殿下はいつでもミアの味方で…悔しかったな。
「それが、グレイ殿下に差し上げる前に、ミアは袋を入れ替えたのよ」
 ブリジットが人差し指を立てる。
「袋?」
「入れ替えた?」
 アドルフとイライザが問う。
「パン屋さんの焼印のある袋から、無地の袋へ」
 キッパリとブリジットが言った。

「は?つまりそのクッキーはそのパン屋で買った物、という事か?」
 首を傾げながらアドルフが言う。
「そうなんです。それを『私が焼いたクッキーです』と言ってグレイ殿下に差し出したんです」

「……」
 それって、殿下に嘘を…
 あんぐりと口を開けたイライザに向けてブリジットは人差し指を左右に振りながら言った。
「その店は街外れのパン屋で、パンと素朴な焼き菓子なども売ってるの。小さなパン屋だし、貴族には知られていないわ」
「だからわからないと思ったのね」
 特に殿下の周りにいるのはアレックス様やディアナ様のような上位貴族の中でも格上の方々だもん、街外れの小さなパン屋なんてご存知ないわ。
 それにお菓子屋じゃなくパン屋なのも、クッキーとは結び付きにくいし。
「その店、マフィンも売ってるわ」
 ブリジットの言葉にイライザは瞠目する。
 まさか、最初に殿下に差し上げたマフィンも手作りじゃない…?
「王子を謀るとは、大それた事をするものだな」
 アドルフが呆れたような表情で言った。









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