上 下
18 / 79

17

しおりを挟む
17

「ハンナ、これを届けておいて」
 自分の部屋にハンナを呼んだイライザはドレスのデザイン画を渡した。
「畏まりました」
 両手で紙を受け取るハンナの手首から伸びる赤い糸。

「ねえハンナ、好きな人を好きじゃなくなる方法があるって聞いたら、ハンナは試す?」
「…え?」
 ハンナが目を見開いてイライザを見る。
「好きな人を諦められないのって…辛くて苦しいから…」
 イライザは自分の事を話しているかのようにため息混じりに言う。いや、実際それはイライザ自身の事でもあったのだ。
「そう…ですね」
 母のような年齢の侍女はイライザを見ながら呟く。
「ハンナなら試すかしら?」
「…ええ。私なら試してみると思いますわ。お嬢様」
「そう」

 イライザはハンナの手首に手を伸ばし、手首から伸びるイライザにしか見えないリボンを手に平に乗せた。
「お嬢様?」
「おまじないみたいなものよ。ちょっと練習させて?」
「はあ…」
 ハンナが首を傾げる。
 イライザはリボン…赤い糸をギュッと握ると、心の中で
「切れろ」
 と念じた。

 すると、赤い糸がどんどん薄くなって、消えた。

「消えた…」
 小声で呟く。
「お嬢様?」
 首を傾げるハンナに、さっきまでと変わった様子はない。
 イライザはニッコリとハンナに笑い掛けた。
「良い練習になったわ。ありがとう」

-----

 昼休憩に久しぶりに小さな中庭を訪れたイライザは、ホッと息を吐きながら花壇の縁のレンガに座る。

 やっぱり人が居ないのって落ち着く…今日の生徒会役員とエドモンド殿下や他の留学生との昼食会も本当は参加した方が良かったんだろうけど「私は生徒会役員じゃないので!」と逃れて来て良かったわ。
 エドモンドが来て約一か月、クラスも同じ、席も隣りになったイライザは、寮と週末家に帰っている時以外、ほぼ全ての時間をエドモンドと行動を共にしていたので些か疲れているのだ。

 静かで落ち着く場所でイライザが寛いでいると、校舎の角からロイが顔を出した。
「あ、イライザ嬢!」
「ロイ殿下?」
「やっと会えた。毎日イライザ嬢が来ていないか見ていて良かったな」
 ロイはそう言いながらイライザの方へ歩いて来ると、イライザの隣に座った。
「…何ですか?私に用事が?」
「ブリジットの事」
「はあ」
 ロイ殿下、マリアンヌ様と赤い糸が繋がってるのに、まだブリジットを好きなの?
 最終的にマリアンヌと結ばれるってだけで、それまでの恋愛には赤い糸って影響しないものなのかな?
「再来週の舞踏会で…ブリジットをダンスに誘っても良いかな?」

 学園では、春期の終わり、夏季休暇に入る前に舞踏会があり、冬期の終わりには卒業パーティーがあるので、貴族の令息令嬢は社交を学び、貴族でない者も貴族社会との繋がりを作ろうと励む場となる。
 イライザがこの間家に戻った時に選んでいた宝飾品は、来週開催される舞踏会で身に付ける物なのだ。

「それは…ブリジットに直接申し込めば良いのでは…?」
「でもファーストダンスだよ?」
「え!?」
 ファーストダンスの相手は婚約者とか恋人とかだから、逆にブリジットがロイ殿下とファーストダンスを踊ったら、ブリジットはロイ殿下の恋人だって周りに認識されるって事で…
 でも第二王子にダンスに誘われたら侯爵令嬢の立場で断るのは難しいかも。いくら一生徒同士だって言っても学園内の平等なんて建前だし。
「イライザ嬢がエドモンドとファーストダンスを踊るなら、だと認識されるから、僕がブリジットを誘っても良いかなあって」
「え?私ですか!?いえいえいえ、ファーストダンスなんて踊りませんよ?」
「でもエドモンドは誘う気満々だったよ」
「…週末にそんな話してるんですか?」
 もちろんエドモンドも寮に入っているが、留学生であり国賓でもあるため、滞在先は王宮であり、週末や長期休暇にはグレイやロイと一緒に過ごす事になる。
 歳が近い王子たちは兄弟か従兄弟かのように仲良くなっているのだ。
「うん。でもこの話をした時は兄上はいなかったけどね」
「…そうですか」
 去年ミアが学園に入って来てから、舞踏会と卒業パーティーがあったけど、グレイ殿下はどちらもファーストダンスは踊られなかった。舞踏会では私も一曲踊っていただいたけど、卒業パーティーではダンスを拒否されたっけ…

「エドモンドに誘われたらイライザ嬢はどうするの?」
「ファーストダンスは断りますけど、それ以外なら誘われたら踊ります」
「うーん、じゃあ僕がブリジットを誘うのも駄目かなあ」
「私は断れますけど、普通は王子に申し込まれたら断りにくいんです。ですから言いにくいんですけど、ファーストダンスに誘うなら恋人同士にでもなってからにしてください」
「言いにくそうには見えないけど?」
 ロイは苦笑いを浮かべる。
「妹とロイ殿下のために心を鬼にして言いにくい事を言ってるんです」
 イライザはわざとツンッとしながら言った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

処理中です...