上 下
12 / 79

11

しおりを挟む
11

 昼休憩の食堂で、グレイの前に紙袋を置いたのはミアだ。
「グレイ殿下、私が焼いたクッキーです!」
 グレイの向かい側に座るミアは満面の笑みで言うと、テーブルの上にハンカチを広げ、その上に紙袋からクッキーを数枚出した。
「食べてください」
 グレイはハンカチの上のクッキーを見つめると、自分の隣に座っているアレックスに視線を向ける。
 アレックスはミアの隣、自分の正面に座るディアナを見ると、ディアナは少し眉を寄せてクッキーを見ていた。
「このクッキーはミア様が作ったの?」
 ディアナが言うと、ミアは頷く。
「はい。私が焼いたクッキーです」
「そう。でも殿下は毒味をしていない物は口にできないの。私が先に食べてみても良いかしら?」
 にっこりと笑ってディアナが言うと、ミアは少し唇を尖らせた。
「クッキーに何かを入れたと疑われてるんですか?」
「そう言う訳ではないのだけど…」
「じゃあ毒味なんて必要ないですね」
 ミアがニコッと笑う。

 そう言う問題ではない。
 アレックスはそう言い掛けたが、ディアナに視線で咎められて口をつぐんだ。
「ミア様、決まりは決まりですから…」
 ディアナが言うと、ミアはますます唇を尖らせる。
「ディアナ様がかじったクッキーをグレイ殿下が食べたら間接キスになるから嫌です」

 そんな理由で?
 ん?この理由、前にも聞いたような…
 アレックスが思わずグレイの方を見ると、グレイも小さく首を傾げていた。
「ミア、万一、あくまでも万が一だが、俺が毒味をしない物を口にして、万一何かあれば…咎められるのはアレックスやディアナ嬢なんだ」
 グレイが穏やかにそう言うが、ミアは不満気な表情だ。

「ミア・サンライズ!グレイ殿下に毒味もしていない食べ物を薦めるのはおやめなさい!」
 一年と少し前、ミアが学園に入学し、グレイと知り合ってすぐの頃、今と同じようにミアがグレイに手作りマフィンを薦めた事があり、その時、そう叫びながら駆け寄って来たイライザの姿をグレイは思い出した。
「イライザ様」
 イライザの剣幕に少し怯えた様子のミア。
「貴女も貴族令嬢ならば王族に毒味が必須な事くらい知っているでしょう!?」
「イライザ様…私がマフィンに何か入れたと言うんですか?」
 ミアが目に涙を浮かべて仁王立ちするイライザを見上げる。
「そう言う問題ではないわ!もしも!万一にでも!グレイ殿下に何かあれば、罰せられるのは貴女だけではなく、この場に一緒にいるアレックス様もなのよ!」
 まったく真っ当な事を言っていたな。
 グレイはそう思いながらイライザの台詞を思い返す。

「じゃあ私が毒味して殿下に渡せばいいんですか?」
「なっ!」
 ミアがマフィンを一つ掴み、それを口に入れようとすると、イライザはミアの手からマフィンを奪い取った。
「痛い!」
 イライザの爪が手に当たったらしく、ミアが手を押さえている。
「貴女がかじった物を殿下に差し上げるなんて!かかか間接キスじゃないの!」
「痛あい。イライザ様酷いわ」
 ミアが手を押さえながらグレイを見た。
「フォスター嬢、手荒な真似はやめろ」
 グレイが言うと、イライザは眉を寄せてグレイを見て、唇を噛んだ。
「……」
 イライザはグレイから目を逸らすと、マフィンをアレックスに押し付けた。
「アレックス様、毒味をお願いしますわ」
「あ、ああ」
 アレックスはマフィンの上の方を一口大で取ると、自分の口へと入れる。
 そんなアレックスを見ながら、イライザはミアへと向き直した。
「ほら、かじらなくても毒味はできるの。そもそもかじるだなんてはしたないし下品だわ。サンライズ男爵家では食事のマナーの基本も教えないの?男爵家と言えど貴族の端くれでしょうに」
 イライザは巻き髪を手で後ろに跳ねながらツンとして言う。
 アレックスが毒味済みのマフィンをグレイに渡すのを見て、イライザは踵を返し、スタスタと歩いて去って行ったのだった。

 パキン。
 ディアナがハンカチを添えてクッキーを割る音でグレイは我に返る。
「ほら、こうして割れば間接キスにはならないでしょう?」
 ね?と諭すように言うディアナ。
「…はぁい」
 ミアは唇を尖らせたまま渋々頷いた。

「あの時イライザ嬢に言われた事、覚えていないのか?」
 アレックスがミアに聞こえないくらいの小声で呟く。
 アレックスの独り言かも知れないし、俺には聞こえるように言ったのかも知れない。
「どうぞ、殿下」
 ディアナが手の平の上にハンカチを広げグレイに差し出す。ハンカチの上に半分に割られたクッキーが乗っていた。
「ああ」
 クッキーを手に取って口に入れると、甘い香りとバターの味がした。
「美味しいですか?」
 ニコニコとして自分を見るミアに頷いて微笑む。
 そういえば、イライザがアレックスに渡したクッキーはどんな味だったんだろうか。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん
恋愛
 運命が狂った瞬間は…あの舞踏会での王太子殿下の婚約破棄宣言。  罪を犯し、家を取り潰され、王都から追放された元侯爵令嬢オリビアは、辺境の親類の子爵家の養女となった。  嫌々参加した辺境伯主催の夜会で大商家の息子に絡まれてしまったオリビアを助けてくれたダグラスは言った。 「お会いしたかった。元侯爵令嬢殿」  ダグラスは、オリビアの犯した罪を知っていて、更に頼みたい事があると言うが…

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

シスコン婚約者の最愛の妹が婚約解消されました。

ねーさん
恋愛
リネットは自身の婚約者セドリックが実の妹リリアをかわいがり過ぎていて、若干引き気味。 シスコンって極めるとどうなるのかしら…? と考えていた時、王太子殿下が男爵令嬢との「真実の愛」に目覚め、公爵令嬢との婚約を破棄するという事件が勃発! リネット自身には関係のない事件と思っていたのに、リリアの婚約者である第二王子がリネットに…

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

処理中です...