悪役令嬢なのに「赤い糸」が見えるようになりました!

ねーさん

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「赤い糸?ですか?」
 アンリがベッドサイドのテーブルに置かれた洗面器の水で手布を濡らしながらきょとんとした表情でイライザを見ている。
「そうよ。糸と言うよりそのリボンくらいの太さだけど」
 イライザはベッドに横たわったまま、一纏めに結えてあるアンリの髪に結ばれた幅一センチくらいの紺色のリボンを指差して言った。
「リボン?」
「私の知ってる赤い糸は小指同士に結ばれてたけど、『赤い糸の伝説』では手首だったから…あら、でもこの太さじゃ糸じゃないからタイトルに偽りありだわ」
「『赤い糸の伝説』?」
 首を傾げて手布を絞るアンリ。
「私の前世に、愛し合って結ばれる運命にある男女は小指が赤い糸で繋がっているって言い伝え…俗説…うーん、何て言うのか、伝説みたいなのがあるの。それを題材にした乙女ゲームのタイトルよ」
「はあ…乙女ゲーム…?…ええと…それでその普通は見えない赤い糸と言う物がイライザお嬢様に見えるようになった…と?」
 いきなり「前世」「乙女ゲーム」「赤い糸」などど言い出したイライザの話を理解しようとアンリは左右に首を傾けた。
 急に訳の分からない事を言い出した私の言う事をちゃんと聞いてくれるアンリ。うん。大好きだわ。

「…え?それじゃあお嬢様、ご自分の、その、赤い糸も見えるんですか?」
「多分ね」
「多分?」
「誰のでもいつでも見える訳じゃないの。赤い糸が見えるようになるには条件があるのよ」
「条件ですか?」
 絞った手布をイライザの額に乗せる。その時、アンリの指がイライザの額に触れた。
「こうして、私のに素肌が触れる事」
 イライザが言うと、アンリはピタリと動きを止める。
「…え?」
 今、私の手、お嬢様の額に、触れてます、よね?
 と声に出さないアンリの声がイライザには聞こえた。
「但し、異性に限る」
 にっこり笑ってイライザが言うと、アンリは目を見開いて口をパクパクと開け閉めする。
「つ…つまり…」
「男の人の素肌が、私の顔面部分に触れたらって事よ」
 そう言うと、アンリは大きく息を吐いた。

「本当に吃驚しました…」
「あら、アンリは自分の赤い糸が誰に繋がってるか、知りたくないの?」
「少し知りたい気もしますけど、今は急すぎて心の準備ができていないのでいいです」
 少し唇を尖らせるアンリを見て、イライザはニコッと笑う。
「まあ、赤い糸、付いてない人もいるしね」
「……」
 あんぐりと口を開けるアンリ。
「そりゃいるでしょ」
「そう…ですね。それは…でも知りたくないですね…」
「そうね」

-----

 アンリが部屋を出て行くと、イライザはベッドから起き上がり、クローゼットにある姿見の前に立った。
 前世とは全く違う、華やかな美女が鏡に写る。
 赤い髪、金色の瞳、吊り目でキツい印象の顔立ち。
「やっぱり、私、悪役令嬢だわ」

 私が前世でプレーした乙女ゲーム「赤い糸の伝説~乙女は運命を覆す~」転生したこの世界はおそらくこのゲームの舞台。
「とは云え、私、グレイのルート、やった事ないのよね…」
 私がプレーしたのはパイロット版で、選択できる攻略対象者は留学して来た隣国の王子と、生徒会長の二人だけだった。

 ヒロインはミア・サンライズ男爵令嬢。
 学園に入学する前に熱を出し生死を彷徨った後、赤い糸が見えるようになった設定だ。

 そう、赤い糸が見えるのは、ヒロインであって悪役令嬢ではない。
 
 いくらパイロット版と製品版でも「赤い糸が見えるヒロイン」って根本的な所を変更するとゲーム自体が違う物になっちゃうんだから、私に赤い糸が見えるのは転生した事に伴うバグみたいなものなのかも。もしかしてミアにも赤い糸が見えるのかも知れないな。

 第一王子グレイはパイロット版のチュートリアルでしか見た事はないけど、攻略対象者の一番手。そのグレイの婚約者であるイライザはグレイルートの悪役令嬢だ。
 でもここも私の知ってる設定と、現実は違うわ。
 グレイ殿下とイライザは幼い頃からの知り合いではあるけど、婚約してはいないし、何よりグレイ殿下はイライザを嫌っている。

 グレイがイライザを嫌っている、と考えると、イライザの胸がズキンッと痛んだ。
「イライザは…本当にグレイ殿下を好きだったんだわ…」
 痛いのは自分の胸なのに、他人事のようにイライザは呟く。
 まあでも今までイライザがしてきた事を思えば、嫌われても仕方ないわ。
 何しろイライザは「ザ・悪役令嬢」な事ばかりしてきたんだから。



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