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 目が覚めると、見慣れたベッドの天蓋が見えた。
 …ん?天蓋?
 天蓋付きのベッドになんて寝た事ないけどなあ?
 何だかベッドも広くて、豪華な装飾…
 まるでドラマか映画か漫画かで見た…豪邸とか、西洋のお城とかみたいな。
 なのに、何故か、すごく見慣れてる。
「……」
 何となく嫌な汗が出て来たな…
 額の汗を拭おうと腕を上げると、豪奢なレースの袖口から白くて細い腕が伸びている。
 綺麗な腕。指も長くて細くて…爪も綺麗。
 私が動かすように動くから、私の手、なのよね?
「イライザお嬢様!」
 天蓋から降りるカーテンが勢い良く開かれ、茶色いボブカット、クリクリとした茶色い瞳の女性が顔を出した。
「アンリ」
 名前がするりと口から出る。
 そう、この女性は、私より二つ歳上で、小さい頃から一緒で、お姉さんみたいで大好きな私付きの侍女。
「良かった…お嬢様…」
 茶色い瞳がユラユラ揺れて、アンリが涙を流した。

-----

 アンリが医師と両親を呼ぶために部屋を出て行く。

 ちょっと混乱してるけど、がイライザ・フォスターなのは間違いない。
 イライザとしての記憶もちゃんとあるけど、少し他人事みたいで、イライザとは違う「私」の人格も確かにある。
「多分、これって生まれ変わりとか、転生とか言う奴よね?」
 誰もいない部屋で呟いた。
 イライザと「私」の人格は混じり合っていて、境目はないような感じ。
 でも「私」が誰なのかはよくわからない。
 日本人だったのは確か。多分十六歳か十七歳の女性だったんだろうな。断片的に高校とか家とかの記憶もあるけど、全体的に薄っすらとしている「私」の記憶の多くは病室。
 何かの病気で、入院生活が長くて、十六か十七で死んでしまったんだろう。
 イライザ・フォスターが今十七歳だから、「私」も十七歳だったのかも知れないな。

 イライザはフォスター侯爵家の令嬢だ。
 両親と、兄、妹の五人家族で、兄アドルフは二十歳、学園を卒業後は王城で文官として勤めている。妹ブリジットは十六歳、学園の二年生だ。
 兄妹仲は…正直、良くない。いや、アドルフとブリジットは普通に仲が良いと思う。イライザとアドルフ、イライザとブリジットの仲が良くない。
 でもそれはイライザのなのだ。

「イライザ!」
 父が部屋に入って来て、続いて母も入って来る。
「お父様、お母様」 
「一週間も意識が戻らなくて心配したぞ。ああ急に起きない方が良い。頭を打ったんだからな」
 起き上がろうとするイライザを父が肩を優しく押さえて制する。
「そうよ。まだ安静にしていなくては」
 母も心配そうな表情を浮かべている。
 頭を打ったの?…って言うか、目を覚ます前の状況がさっぱりわからないんだけど。
 イライザに…ううん。私に何があって一週間も意識を失ってたんだろう?
 うーん…思い出せないなあ。
「……」
「イライザ?」
 思い出そうとして難しい顔をしていたのかも知れない。父が心配そうにイライザの顔を覗き込んだ。
「ええと…?」
「覚えていないのか?」
 イライザがこくんと頷くと、母が「無理もないわ」と言い、父も頷く。

「学園で、階段から落ちたんだよ」
 父が言う。
「ミア・サンライズという男爵令嬢と一緒に階段の一番上から転落したの」
 ミア・サンライズ。
 その名前を聞いて、ズキンッと頭に痛みが走った。
 ミア…ああそうだわ。
 その時の事をぼんやりと思い出す。
 私が、ミア・サンライズに注意をしていて…だってミア・サンライズは男爵令嬢なのに、グレイ殿下に馴れ馴れしい口調で話し掛けていたんだもの。
 いくら学園内では身分は不問とは云え、それはあくまでも建前よ。第一王子であるグレイ殿下にあんなに親しげに…
 私なんて、殿下に近寄るどころか……
 頭の中と胸の奥にどす黒い感情が湧き起こった。

「それで、あのねイライザ…学園の中では…イライザがミア・サンライズ男爵令嬢を階段から突き落としたと噂になっているようなのよ…」
 母が言いにくそうに続ける。
 ズキンッ。
 また頭が痛んだ。
 ああ、そうね。きっとそう思われてても何の不思議もないわ。

 だって、「私」の記憶に間違いがなければ、ここは「私」の前世で言う「乙女ゲーム」の世界だから。

「イライザ、大丈夫か?」
 頭が痛くて眉を顰めたイライザの額に、父が手の平を乗せる。
 その時、イライザは自分の身体全体がふんわりとピンクの光に包まれた気がした。
「?」
 何、今の光。
「熱はないな」
 額に乗った父の手首に赤いリボンのようなものが巻き付いているのが見える。
 そしてそれは、父の隣りにいる母の手首に繋がっていた。

「……何で!?」

「もちろん、運命の赤い糸よ」
 頭の中にイライザ・フォスターの声が再生された。



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