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シルベストが寝室に入ると、セシリアが目を開けてシルベストを見ていた。
「…マルセル様?」
「セシリア」
シルベストは眉を寄せると、ベッドに近付く。
「…あの…ここは…?」
「マルセル家の別荘だ。馬車が事故に遭ったのは覚えてるか?」
「何となく…」
セシリアは部屋の中に視線を巡らせた。
今朝まで滞在してた客間だわ。…何の因果か、また帰って来ちゃったのね。
「馬車が転落しかけて、扉が開いて山肌を滑落したんだ。頭の傷からはかなり出血があったし、肩の傷は深い。しばらくここで安静にしていて欲しい」
「わかりました」
何だかものすごく申し訳なさそうな表情だけど、事故なんだからマルセル様が気に病む事はないと思う。
「ご迷惑をお掛けします」
セシリアがそう言うと、シルベストは目を見開く。
「違う」
シルベストはベッドの脇に跪くと、セシリアの手を握った。
「マルセル様?」
「迷惑を掛けたのは俺だ。セシリア……済まない」
シルベストは握ったセシリアの手に額をつける。
「?」
迷惑?何でマルセル様が謝るの?
首を傾げると、シルベストが少し顔を上げてセシリアを見た。
眉間に皺を寄せたシルベストの目が少し潤んでいるように見えてセシリアの心臓がドキンッと鳴る。
「…これから俺は勝手な事を言う。だからまず謝罪しておく。本当に申し訳ない」
「はい…?」
勝手?一体何を言われるんだろう?
「落胆させたくないから先に言うが、俺の記憶は今もまだ戻っていない」
「…はい」
さっきから私の事当たり前みたいに「セシリア」って名前で呼んでるから、もしかして…と思わなくもなかった…けどまあそんなに甘くはないわよね。
「婚約解消を撤回したい」
シルベストは眉間の皺を深くして、セシリアを真っ直ぐに見ながら言った。
「え?」
「本当に勝手な事を言っている自覚はある」
セシリアの手を握っているシルベストの手が小刻みに震えている。
朝、婚約を解消させて欲しいと言われた時より苦しそうな表情だとセシリアは思った。
「マルセル様?」
「呼び名も、シルベストに戻して欲しい。いや、シルと、そう呼んで欲しい」
「どうして…?」
シルベストは片方の手を離すと、その震える手の平をセシリアに向ける。
「…この通り、ずっと、震えが止まらないんだ。セシリアに婚約解消を告げてから」
「え…?」
「嫌な汗も出続けている。セシリアが倒れてるのを見つけてからはもっと酷い」
また手を握り直し、捧げるように額をセシリアの手につける。そして額を離すと、セシリアの指先に口付けた。
「……」
唇の感触に、セシリアの頬が熱くなる。
「俺の身体がセシリアを失うのを拒否している」
困ったように眉を下げるシルベスト。
「身体が拒否?」
「セシリアを失う恐怖に震えている。手も、心臓も。記憶が戻らなくてもわかる。俺はセシリアが好きだと、全身がそう主張しているんだ」
「好き…?」
セシリアの心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
「俺の方からセシリアを遠ざけようとしたクセに、都合の良い事を言うなと謗られても仕方ないと思う」
「……」
確かに。
勝手な事を言われてると思う。
でも…記憶がなくても、脳じゃなく、身体全体が私の事を覚えてて、好きだって主張してくれてるなら……嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
「…………シル?」
「!」
ドキドキしながら小声で呼ぶと、シルベストの顔がパッと明るくなる。
それがまた嬉しい。
「あの…頭を撫でてもいいですか?」
セシリアがそう言うと、シルベストは
「頭?」
と首を傾げた。
「事故の時、もしかしてここで死ぬのかなと思ったんです。その時、婚約解消するなら最後に頭を撫でさせてもらっておけば良かったと後悔したので」
「…そうか」
頷くと、セシリアの手から手を離す。シルベストの手はまだ少し震えていた。
シルベストはベッドに顎を乗せてセシリアに頭を近付ける。
セシリアはそおっとシルベストの頭に手を乗せた。
「……」
目を瞑るシルベスト。
セシリアはふんわりと乗せた手を髪の流れに沿って動かす。
ああ…このサラサラ。久しぶり…
感慨に耽りながらじっくり何往復かした後、額の方から頭頂部へ向けて髪の毛の間に指を差し込んだ。
「……っ」
シルベストが息を飲む。
「嫌でした?ごめんなさい」
手を引こうとすると、シルベストは手首を緩く掴んでセシリアを見る。
「違う。……この感覚を覚えている気がして」
シルベストは記憶を探るようにまた目を閉じた。
シルベストが寝室に入ると、セシリアが目を開けてシルベストを見ていた。
「…マルセル様?」
「セシリア」
シルベストは眉を寄せると、ベッドに近付く。
「…あの…ここは…?」
「マルセル家の別荘だ。馬車が事故に遭ったのは覚えてるか?」
「何となく…」
セシリアは部屋の中に視線を巡らせた。
今朝まで滞在してた客間だわ。…何の因果か、また帰って来ちゃったのね。
「馬車が転落しかけて、扉が開いて山肌を滑落したんだ。頭の傷からはかなり出血があったし、肩の傷は深い。しばらくここで安静にしていて欲しい」
「わかりました」
何だかものすごく申し訳なさそうな表情だけど、事故なんだからマルセル様が気に病む事はないと思う。
「ご迷惑をお掛けします」
セシリアがそう言うと、シルベストは目を見開く。
「違う」
シルベストはベッドの脇に跪くと、セシリアの手を握った。
「マルセル様?」
「迷惑を掛けたのは俺だ。セシリア……済まない」
シルベストは握ったセシリアの手に額をつける。
「?」
迷惑?何でマルセル様が謝るの?
首を傾げると、シルベストが少し顔を上げてセシリアを見た。
眉間に皺を寄せたシルベストの目が少し潤んでいるように見えてセシリアの心臓がドキンッと鳴る。
「…これから俺は勝手な事を言う。だからまず謝罪しておく。本当に申し訳ない」
「はい…?」
勝手?一体何を言われるんだろう?
「落胆させたくないから先に言うが、俺の記憶は今もまだ戻っていない」
「…はい」
さっきから私の事当たり前みたいに「セシリア」って名前で呼んでるから、もしかして…と思わなくもなかった…けどまあそんなに甘くはないわよね。
「婚約解消を撤回したい」
シルベストは眉間の皺を深くして、セシリアを真っ直ぐに見ながら言った。
「え?」
「本当に勝手な事を言っている自覚はある」
セシリアの手を握っているシルベストの手が小刻みに震えている。
朝、婚約を解消させて欲しいと言われた時より苦しそうな表情だとセシリアは思った。
「マルセル様?」
「呼び名も、シルベストに戻して欲しい。いや、シルと、そう呼んで欲しい」
「どうして…?」
シルベストは片方の手を離すと、その震える手の平をセシリアに向ける。
「…この通り、ずっと、震えが止まらないんだ。セシリアに婚約解消を告げてから」
「え…?」
「嫌な汗も出続けている。セシリアが倒れてるのを見つけてからはもっと酷い」
また手を握り直し、捧げるように額をセシリアの手につける。そして額を離すと、セシリアの指先に口付けた。
「……」
唇の感触に、セシリアの頬が熱くなる。
「俺の身体がセシリアを失うのを拒否している」
困ったように眉を下げるシルベスト。
「身体が拒否?」
「セシリアを失う恐怖に震えている。手も、心臓も。記憶が戻らなくてもわかる。俺はセシリアが好きだと、全身がそう主張しているんだ」
「好き…?」
セシリアの心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
「俺の方からセシリアを遠ざけようとしたクセに、都合の良い事を言うなと謗られても仕方ないと思う」
「……」
確かに。
勝手な事を言われてると思う。
でも…記憶がなくても、脳じゃなく、身体全体が私の事を覚えてて、好きだって主張してくれてるなら……嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
「…………シル?」
「!」
ドキドキしながら小声で呼ぶと、シルベストの顔がパッと明るくなる。
それがまた嬉しい。
「あの…頭を撫でてもいいですか?」
セシリアがそう言うと、シルベストは
「頭?」
と首を傾げた。
「事故の時、もしかしてここで死ぬのかなと思ったんです。その時、婚約解消するなら最後に頭を撫でさせてもらっておけば良かったと後悔したので」
「…そうか」
頷くと、セシリアの手から手を離す。シルベストの手はまだ少し震えていた。
シルベストはベッドに顎を乗せてセシリアに頭を近付ける。
セシリアはそおっとシルベストの頭に手を乗せた。
「……」
目を瞑るシルベスト。
セシリアはふんわりと乗せた手を髪の流れに沿って動かす。
ああ…このサラサラ。久しぶり…
感慨に耽りながらじっくり何往復かした後、額の方から頭頂部へ向けて髪の毛の間に指を差し込んだ。
「……っ」
シルベストが息を飲む。
「嫌でした?ごめんなさい」
手を引こうとすると、シルベストは手首を緩く掴んでセシリアを見る。
「違う。……この感覚を覚えている気がして」
シルベストは記憶を探るようにまた目を閉じた。
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