婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

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 祖母の衰弱した様子に、シルベストは息を飲んだ。
 シルベストにとってはほんの三か月前の祖母とは随分と面変わりしている。
 繋いでいるセシリアの手が痛いほど握りしめられた。
「シルベスト…良く来たわ…」
 弱々しい声。
「シルベスト様」
 セシリアは自分の手を握るシルベストの手の甲に反対の手を軽く重ねる。
 ハッとしたシルベストはセシリアの手を引いて祖母が横になっているベッドへと近付いた。
「お祖母様、婚約者のセシリアです」
「セシリア・アボットと申します」
 セシリアはシルベストの手を離し、スカートを摘んで礼をする。
 祖母は顔だけを動かしてセシリアを見た。
「セシリア…」
 祖母がセシリアの方へ手を伸ばす。
 セシリアは床へ両膝をつくと、両手で祖母の手を握った。
「子爵家の…娘など…シルベストに…相応しくないと…思っていたわ…」
 一語一語の間に大きく息を吸いながら話す。
「でも…来る度に…婚約者の…良い処を…熱弁されてね…」
 苦笑いを浮かべた拍子に、ゴホゴホと激しく咳き込み、シルベストも膝をつくと祖母の背中を撫でた。
「お祖母様、無理に話さなくても」
 シルベストが言うと、祖母はかぶりを振る。
「…シルベストは…誤解されやすいけれど…本当は…優しい子なの…」
「はい」
「シルベストを…頼みますね…」
「はい」
 セシリアが大きく頷くと、祖母は笑みを浮かべた。

-----

「ありがとう」
 祖母の部屋からの帰り、廊下歩きながらシルベストが言う。
「はい…?」
 不思議そうにシルベストを見るセシリア。
 祖母が伝染すうつる病だと知りながら、セシリア嬢は手を握って顔を近付けて話をしてくれた。そうそう移るものではないとわかっていても、余程親しい相手でないとできない事だ、とシルベストは思う。
 何のお礼を言われてるんだろう?と言いたげな表情を見れば、彼女にとっては至極当然の行動だったんだとわかった。

「お兄さま!セシリアお姉さま!」
 廊下の向こうからロレッタが駆けて来る。
「ロレッタ」
 セシリアも笑顔でロレッタに歩み寄った。
 クラリッサもやって来て、三人で笑い合う。
 屈託なく笑うセシリアをシルベストは見つめた。

-----

 仕事復帰したばかりなのに祖母に会いに行くためにまた休暇をもらう事をアルヴェルに告げた時、恐縮する俺にアルヴェルは
「他ならぬシルベストのお祖母様だから」
 と快く承諾してくれたが、セシリア嬢を祖母に会わせると言うと、苦い顔をする。

「アルヴェル、心配しなくても、もうは近いだろう」
 シルベストがそう告げると、アルヴェルはシルベストを見た。
「お祖母様にセシリア嬢を会わせれば、存命の間の婚約解消はなくなるとアルヴェルは思ってるんだろう?」
「シルベスト?」
「記憶を失くしてからこれまでの短い期間でも、アルヴェルを見ていれば、アルヴェルがセシリア嬢に対し恋情を持っているのはわかる。だから俺との婚約が解消になるのを望んでいるんだろう?」
「何を言うんだ」
 眉を顰めるアルヴェル。
 俺は、アルヴェルが常々「恋愛結婚をしたい」と言っていたのを知っている。実際何度か持ち上がった婚約話を拒否した事も。
 そのアルヴェルが国益に適う政略的な結婚を受け入れる意思を示して、俺とセシリア嬢との婚約を後押ししてくれたと聞いた。
 俺のような鉄面皮で冷たいと言われる男を理解し、好きになったセシリア嬢のような女性がアルヴェルの理想だったのだろう。
 その理想の女性に特別な想いを寄せたとしても何の不思議もない。

「シルベスト、誤解だ。僕は婚約解消を望んでいる訳ではない」
 アルヴェルはシルベストを睨むように言う。
「……」
「ただ…シルベストの気持ちがないなら、セシリア嬢がこの結婚で幸せになるのは難しいんじゃないかと、それを心配しているだけなんだ」
「……そうだな」
 俺もそう思う。
 それに恋慕う想いがなくとも、彼女に幸せになってもらいたい気持ちは俺も一緒だ。
「……」
「……」
 それからシルベストもアルヴェルも暫く黙ったままだった。
 そして翌日から一週間の休暇をもらう許可を受け、シルベストはアルヴェルの執務室を退室した。



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