14 / 25
13
しおりを挟む
13
祖母の衰弱した様子に、シルベストは息を飲んだ。
シルベストにとってはほんの三か月前の祖母とは随分と面変わりしている。
繋いでいるセシリアの手が痛いほど握りしめられた。
「シルベスト…良く来たわ…」
弱々しい声。
「シルベスト様」
セシリアは自分の手を握るシルベストの手の甲に反対の手を軽く重ねる。
ハッとしたシルベストはセシリアの手を引いて祖母が横になっているベッドへと近付いた。
「お祖母様、婚約者のセシリアです」
「セシリア・アボットと申します」
セシリアはシルベストの手を離し、スカートを摘んで礼をする。
祖母は顔だけを動かしてセシリアを見た。
「セシリア…」
祖母がセシリアの方へ手を伸ばす。
セシリアは床へ両膝をつくと、両手で祖母の手を握った。
「子爵家の…娘など…シルベストに…相応しくないと…思っていたわ…」
一語一語の間に大きく息を吸いながら話す。
「でも…来る度に…婚約者の…良い処を…熱弁されてね…」
苦笑いを浮かべた拍子に、ゴホゴホと激しく咳き込み、シルベストも膝をつくと祖母の背中を撫でた。
「お祖母様、無理に話さなくても」
シルベストが言うと、祖母は頭を振る。
「…シルベストは…誤解されやすいけれど…本当は…優しい子なの…」
「はい」
「シルベストを…頼みますね…」
「はい」
セシリアが大きく頷くと、祖母は笑みを浮かべた。
-----
「ありがとう」
祖母の部屋からの帰り、廊下歩きながらシルベストが言う。
「はい…?」
不思議そうにシルベストを見るセシリア。
祖母が伝染する病だと知りながら、セシリア嬢は手を握って顔を近付けて話をしてくれた。そうそう移るものではないとわかっていても、余程親しい相手でないとできない事だ、とシルベストは思う。
何のお礼を言われてるんだろう?と言いたげな表情を見れば、彼女にとっては至極当然の行動だったんだとわかった。
「お兄さま!セシリアお姉さま!」
廊下の向こうからロレッタが駆けて来る。
「ロレッタ」
セシリアも笑顔でロレッタに歩み寄った。
クラリッサもやって来て、三人で笑い合う。
屈託なく笑うセシリアをシルベストは見つめた。
-----
仕事復帰したばかりなのに祖母に会いに行くためにまた休暇をもらう事をアルヴェルに告げた時、恐縮する俺にアルヴェルは
「他ならぬシルベストのお祖母様だから」
と快く承諾してくれたが、セシリア嬢を祖母に会わせると言うと、苦い顔をする。
「アルヴェル、心配しなくても、もうその日は近いだろう」
シルベストがそう告げると、アルヴェルはシルベストを見た。
「お祖母様にセシリア嬢を会わせれば、存命の間の婚約解消はなくなるとアルヴェルは思ってるんだろう?」
「シルベスト?」
「記憶を失くしてからこれまでの短い期間でも、アルヴェルを見ていれば、アルヴェルがセシリア嬢に対し恋情を持っているのはわかる。だから俺との婚約が解消になるのを望んでいるんだろう?」
「何を言うんだ」
眉を顰めるアルヴェル。
俺は、アルヴェルが常々「恋愛結婚をしたい」と言っていたのを知っている。実際何度か持ち上がった婚約話を拒否した事も。
そのアルヴェルが国益に適う政略的な結婚を受け入れる意思を示して、俺とセシリア嬢との婚約を後押ししてくれたと聞いた。
俺のような鉄面皮で冷たいと言われる男を理解し、好きになったセシリア嬢のような女性がアルヴェルの理想だったのだろう。
その理想の女性に特別な想いを寄せたとしても何の不思議もない。
「シルベスト、誤解だ。僕は婚約解消を望んでいる訳ではない」
アルヴェルはシルベストを睨むように言う。
「……」
「ただ…シルベストの気持ちがないなら、セシリア嬢がこの結婚で幸せになるのは難しいんじゃないかと、それを心配しているだけなんだ」
「……そうだな」
俺もそう思う。
それに恋慕う想いがなくとも、彼女に幸せになってもらいたい気持ちは俺も一緒だ。
「……」
「……」
それからシルベストもアルヴェルも暫く黙ったままだった。
そして翌日から一週間の休暇をもらう許可を受け、シルベストはアルヴェルの執務室を退室した。
祖母の衰弱した様子に、シルベストは息を飲んだ。
シルベストにとってはほんの三か月前の祖母とは随分と面変わりしている。
繋いでいるセシリアの手が痛いほど握りしめられた。
「シルベスト…良く来たわ…」
弱々しい声。
「シルベスト様」
セシリアは自分の手を握るシルベストの手の甲に反対の手を軽く重ねる。
ハッとしたシルベストはセシリアの手を引いて祖母が横になっているベッドへと近付いた。
「お祖母様、婚約者のセシリアです」
「セシリア・アボットと申します」
セシリアはシルベストの手を離し、スカートを摘んで礼をする。
祖母は顔だけを動かしてセシリアを見た。
「セシリア…」
祖母がセシリアの方へ手を伸ばす。
セシリアは床へ両膝をつくと、両手で祖母の手を握った。
「子爵家の…娘など…シルベストに…相応しくないと…思っていたわ…」
一語一語の間に大きく息を吸いながら話す。
「でも…来る度に…婚約者の…良い処を…熱弁されてね…」
苦笑いを浮かべた拍子に、ゴホゴホと激しく咳き込み、シルベストも膝をつくと祖母の背中を撫でた。
「お祖母様、無理に話さなくても」
シルベストが言うと、祖母は頭を振る。
「…シルベストは…誤解されやすいけれど…本当は…優しい子なの…」
「はい」
「シルベストを…頼みますね…」
「はい」
セシリアが大きく頷くと、祖母は笑みを浮かべた。
-----
「ありがとう」
祖母の部屋からの帰り、廊下歩きながらシルベストが言う。
「はい…?」
不思議そうにシルベストを見るセシリア。
祖母が伝染する病だと知りながら、セシリア嬢は手を握って顔を近付けて話をしてくれた。そうそう移るものではないとわかっていても、余程親しい相手でないとできない事だ、とシルベストは思う。
何のお礼を言われてるんだろう?と言いたげな表情を見れば、彼女にとっては至極当然の行動だったんだとわかった。
「お兄さま!セシリアお姉さま!」
廊下の向こうからロレッタが駆けて来る。
「ロレッタ」
セシリアも笑顔でロレッタに歩み寄った。
クラリッサもやって来て、三人で笑い合う。
屈託なく笑うセシリアをシルベストは見つめた。
-----
仕事復帰したばかりなのに祖母に会いに行くためにまた休暇をもらう事をアルヴェルに告げた時、恐縮する俺にアルヴェルは
「他ならぬシルベストのお祖母様だから」
と快く承諾してくれたが、セシリア嬢を祖母に会わせると言うと、苦い顔をする。
「アルヴェル、心配しなくても、もうその日は近いだろう」
シルベストがそう告げると、アルヴェルはシルベストを見た。
「お祖母様にセシリア嬢を会わせれば、存命の間の婚約解消はなくなるとアルヴェルは思ってるんだろう?」
「シルベスト?」
「記憶を失くしてからこれまでの短い期間でも、アルヴェルを見ていれば、アルヴェルがセシリア嬢に対し恋情を持っているのはわかる。だから俺との婚約が解消になるのを望んでいるんだろう?」
「何を言うんだ」
眉を顰めるアルヴェル。
俺は、アルヴェルが常々「恋愛結婚をしたい」と言っていたのを知っている。実際何度か持ち上がった婚約話を拒否した事も。
そのアルヴェルが国益に適う政略的な結婚を受け入れる意思を示して、俺とセシリア嬢との婚約を後押ししてくれたと聞いた。
俺のような鉄面皮で冷たいと言われる男を理解し、好きになったセシリア嬢のような女性がアルヴェルの理想だったのだろう。
その理想の女性に特別な想いを寄せたとしても何の不思議もない。
「シルベスト、誤解だ。僕は婚約解消を望んでいる訳ではない」
アルヴェルはシルベストを睨むように言う。
「……」
「ただ…シルベストの気持ちがないなら、セシリア嬢がこの結婚で幸せになるのは難しいんじゃないかと、それを心配しているだけなんだ」
「……そうだな」
俺もそう思う。
それに恋慕う想いがなくとも、彼女に幸せになってもらいたい気持ちは俺も一緒だ。
「……」
「……」
それからシルベストもアルヴェルも暫く黙ったままだった。
そして翌日から一週間の休暇をもらう許可を受け、シルベストはアルヴェルの執務室を退室した。
4
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

【本編完結】記憶をなくしたあなたへ
ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。
私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。
あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。
私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。
もう一度信じることができるのか、愛せるのか。
2人の愛を紡いでいく。
本編は6話完結です。
それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

その後2人を待っていたのは、正反対の人生でした
柚木ゆず
恋愛
一目惚れをした令嬢・エルザを手に入れるため、エルザの最愛の人であり婚約者のユーゴに大けがを負わせて記憶喪失にさせ、『逆らうと更に酷い目に遭わせる』とエルザを脅迫して自らと婚約させた侯爵家の令息・ウィリアム。
しかし、その僅か9か月後。そのショックによって笑顔を作れなくなってしまったエルザに飽き、彼は一方的に婚約破棄をしてしまいます。
エルザとユーゴの心身を傷つけ、理不尽な振る舞いをしたウィリアム。
やがてそんな彼の心身に、異変が起き始めるのでした――。
※こちらは以前投稿していたお話のリメイク(いただいたご意見とご指摘をもとに文章を書き直し、キャラクターの性格やストーリーを数か所変更したもの)となっておいます。
※8月3日。体調の影響でお返事(お礼)を行う余裕がなく、現在感想欄を閉じさせていただいております。

婚約者が結婚式の三日前に姿を消した
下菊みこと
恋愛
駆け落ちか、それとも事件か、婚約者が結婚式の三日前に姿を消した御令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。

『まて』をやめました【完結】
かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。
朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。
時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの?
超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌!
恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。
貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。
だから、もう縋って来ないでね。
本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます
※小説になろうさんにも、別名で載せています
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
婚約者が記憶喪失になりました……思わず嘘をついてしまいましたが、仕方なかったと言うことで!!(←言い訳です)
桜乃
恋愛
「私は結婚しません! 婚約破棄するから!」
「ああ、こっちこそ生意気な女はごめんだ!」
売り言葉に買い言葉。
高らかに「婚約破棄する!」と宣言をした僕の婚約者マリエッタ・アデストが、頭を打って記憶喪失になったと連絡がはいった。
婚約破棄されたくない僕は、記憶のない彼女に思わず嘘をついてしまうが……
※表紙はPicrew「いろんなタイプの男の子」でつくり、お借りしています。Twitterアカウント(@cerezalicor)様、ありがとうございます。
※約8000文字程度の短編です。1/20に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる