婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

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「ロレッタ、お誕生日おめでとう!」
「セシリアお姉さま、ありがとうごさいます」
 七歳になったロレッタはピンクのかわいらしいドレスのスカートを摘んで淑女の礼を取る。
 シルベストやクラリッサと同じ銀の髪と青い瞳、大きな目がぱっちりとした美少女のロレッタを周囲は微笑ましく見つめていた。

 ロレッタやクラリッサ、マルセル公爵、公爵夫人に挨拶をして、セシリアは壁際へと移動する。
 身内と友人のパーティーと言っても結構な人数だわ。さすが公爵家。
 給仕係から飲み物を受け取った時、セシリアは後ろから声を掛けられた。
「セシリア様」
 振り向くと、黒髪に青い瞳、青いドレスを着た女性が立っている。
「マジョリカ様」
 飲み物を傍のテーブルに置いて礼をすると、マジョリカは持っていた扇を開いた。
「シルベストお兄様も後で顔を出してくださるそうよ」
「…え?」
 セシリアの反応を見て、マジョリカは扇に隠しながら口角を上げる。
「あら、シルベストお兄様が昨日退院されて、公爵家ここに戻られているの、セシリア様はご存知ないのかしら?」
「……」
 退院?
 …私、何も聞いてないけど。

「マジョリカ!それは内緒だって言ったでしょう!?」
 クラリッサがマジョリカを咎めながら近付いて来た。
「クラリッサ」
「だってクラリッサ『シルベストお兄様が退院した事はまだ家族しか知らない』って言ったでしょう?セシリア様はシルベストお兄様の婚約者ですもの、当然知っていると思ったのよ」
 マジョリカは煽るように言う。
「家族しか」
 それはそうだ。私はシルと婚約してるけど、家族じゃない。
 じゃあそれを知っているマジョリカ様は…
「違うのセシリア。マジョリカ!セシリアに話し掛けたりしないって約束してたでしょう!?」
「あら。クラリッサはそう言ったけれど、私は頷いた覚えはないわ」
「屁理屈言わないで」
 クラリッサとマジョリカが言い争う様子に周りも騒めき始めた。

「マジョリカとクラリッサはどうしたんだ?」
「シルベストの婚約者について言い合いしているようですわ」
「ああ…あの子爵家の」
「シルベストはまだ入院しているのでしょう?」
「普通なら婚約者がその場にいないのに身内の集まりにのこのこ顔を出せるかしら」
「ロレッタの友達だかららしいな」
「下位貴族が公爵夫人になれるチャンスですもの。それは妹にも媚を売りますわ」
「マジョリカはシルベストの婚約者が嫌いみたいね」
「それはそうだろう。いずれシルベストと婚約するのはマジョリカだった筈だからな」

「セシリア」
 コツン。と杖の音がして、俯いていたセシリアの隣に人の影が見える。
「…シルベスト様」
 セシリアが隣を見上げると、シャツにベストのラフな格好のシルベストが立っていた。
 シルベストがジロリと周囲に睨みを効かせると、周りの親類たちは皆が気まずそうに目を逸らす。
「お兄さま!」
 ロレッタが駆けて来て、シルベストの腰に抱き付いた。
「ロレッタ、シルベスト様は足に怪我をしてるんだから飛び付いたりしたら危ないわ」
 セシリアが言うと、ロレッタはすぐにシルベストから離れる。
「そうだった。ごめんなさいお兄さま」
「いや、大丈夫だ。誕生日おめでとう。ロレッタ」
 無表情なまま、シルベストはロレッタの頭を撫でた。
「ありがとうございます」
 嬉しそうなロレッタ。

 クラリッサがセシリアに耳打ちをする。
「マジョリカはたまたま昨日からうちに来ていたから、昨日退院したお兄様と会ってるの。マジョリカに先に知らせた訳じゃないのよ」
「そうなのね」
 微笑んで頷くセシリア。
「シルベストお兄様!私が少しでも顔を出してロレッタにおめでとうと言ってあげてとお願いしたのを聞いてくださったんですね!」
 マジョリカが胸の前で両手を組んで言うと、シルベストはチラリとマジョリカを見た。
「……」
 無言でマジョリカから視線を逸らすと、セシリアの肩を抱く。
 ドキンッとセシリアの心臓が跳ねた。
「行こう。セシリア」
「え?あ、はい」
 シルベストは左手でセシリアの肩を抱き、右手で杖をつきながらも、危なげない足取りで歩く。
「もっと体重を掛けてもいいですよ?」
 セシリアが小声で言うと、シルベストは「大丈夫だ」と短く言って、そのまま二人はパーティー会場を出て行った。



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