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「今日で卒業しちゃうんですね…」
ダンスをしながらセシリアはしみじみと言う。
「婚約したんだからいつでも会えるだろう」
シルベストは愛おしそうにセシリアを見つめた。
「私、マルセル家の方々にあんなに歓迎されるとは思ってなかったです」
「俺もだ」
クスクスと笑うセシリアと、苦笑いのシルベスト。
セシリアとシルベストが婚約して半年が経つ。
シルベストが「セシリアと結婚したい」と願い出ると、もちろん最初は反対された。
しかし、アルヴェルの口添えもあり、シルベストの両親がセシリアと対面すると、状況は一変。
セシリアと一緒にいるシルベストの和らいだ表情と柔らかい雰囲気を見て、父も母も「セシリア以外に息子のこの表情を引き出せる女性はいない」と思い至る。
以来、セシリアがマルセル家を訪れる度に、両親はもちろん、シルベストの二人いる妹たちにも大歓迎で迎えられるのだった。
遠くから二人を眺めているアルヴェルは感慨深げだ。
「シルベストは表情豊かになったねぇ」
「え?あれで、ですか?」
アルヴェルの側にいた生徒が驚きの声を上げる。
「そうだよ。セシリアと付き合う前のシルベストは本当に表情は氷のように固まって、動く事はほぼなかった。今は氷は溶けて水になったね。波が立つようになった」
シルベストはセシリアの背中を撫でた。
「俺が卒業したら『シル』って呼んでくれるんだよな?」
顔を近付けて囁く。
「…はい」
恥ずかしそうに頷くセシリア。
「明日から、楽しみだ」
シルベストは幸せそうに微笑んだ。
-----
学園は十五歳になる年に入学し、四年間学び十八歳で卒業する。貴族の令息令嬢は幼い頃より家庭教師に学び学園へ入学するが、貴族でない者は家の都合により五歳から十歳には初等教育校へ入学し、数年間字や計算などを学ぶ。初等学校で成績の良かった者は更に中等学校へ進学する事もあり、そこでの成績優秀者やお金のある商家の子供などが学園へと入学する。
全寮制で、いかに高位の貴族でも侍女や侍女、メイドなどを伴う事はできない決まりだ。もちろん王族でも。
一学年は四月から始まり、春期、秋期、冬期の三学期制で、学期の間には夏期休暇、冬期休暇、春期休暇の長期休暇がある。
その日、学園の四年生になったセシリアは、この年の生徒会長になったアルヴェルとその他の生徒会役員たちと夏期休暇前の舞踏会の打ち合わせをしていた。
学園では春期の終わりの日、夏季休暇に入る前に舞踏会があり、冬期の終わりには卒業パーティーがあるので、貴族の令息令嬢は社交を学び、貴族でない者も貴族社会との繋がりを作ろうと励む場となる。
セシリアは前生徒会役員として、舞踏会の開催についてアルヴェルに協力しているのだ。
「失礼します!殿下!アボット嬢!」
生徒会室に飛び込んで来たのは、アルヴェルの侍従の一人。
その侍従は学園の生徒ではない。それが緊急事態の発生をより強く知らせていた。
「どうした?」
侍従はソファに座るアルヴェルの側に跪く。
「視察の先見に出ていた一行が馬車の事故に遭いました」
「事故!?」
「商隊の馬車と衝突し、崖下へ転落したと」
崖下。
その場にいた全員がそれを聞いて息を飲んだ。
「先見に出ていたのは誰と誰だ?」
アルヴェルがそう問うと、侍従はチラッとセシリアを見る。
さっき、飛び込んで来た時、アルヴェル殿下と私を呼んだわ。
と、いう事は…
侍従は、三名の侍従の名を告げ、その最後の名前はシルベストのものだった。
-----
シルベストは左前腕粉砕骨折と左大腿骨の単純骨折、全身打撲の意識のない状態で王城の医療棟へ運び込まれる。
セシリアとアルヴェルも直ぐに駆け付け、セシリアは事故から三日が経つ今もシルベストの病室に付ききりだ。
「セシリア、少し休んだらどうだい?」
シルベストの病室に来たアルヴェルが、ベッドの傍らの椅子に座るセシリアに声を掛ける。
セシリアはシルベストの右手を両手で握ったまま、首を横に振った。
「シルの目が覚めた時、傍にいたいので」
「そうか」
無理はするなよ。と言ってアルヴェルが病室を出て行く。
シルベストと二人きりになったセシリアは、シルベストの右手から片方の手を離すと、巻かれた包帯を避けながらシルベストの頭を撫でた。
「シル…早く起きて。あ、でも、寝てる方が痛みがなくて良いのかしら?」
明るい声で言い、髪を漉くように指を滑らせる。
「でもやっぱり起きて欲しいな…寂しいから」
瞼がピクリと動いて、青い瞳が見えた。
「シル!」
セシリアの目に涙が浮かんだ。
シルベストはパチパチと目を瞬かせると、セシリアを見る。
「シル…良かった…」
安堵の涙を流すセシリアを見つめながら、掠れた声でシルベストは言った。
「…………キミは……誰だ…?」
「今日で卒業しちゃうんですね…」
ダンスをしながらセシリアはしみじみと言う。
「婚約したんだからいつでも会えるだろう」
シルベストは愛おしそうにセシリアを見つめた。
「私、マルセル家の方々にあんなに歓迎されるとは思ってなかったです」
「俺もだ」
クスクスと笑うセシリアと、苦笑いのシルベスト。
セシリアとシルベストが婚約して半年が経つ。
シルベストが「セシリアと結婚したい」と願い出ると、もちろん最初は反対された。
しかし、アルヴェルの口添えもあり、シルベストの両親がセシリアと対面すると、状況は一変。
セシリアと一緒にいるシルベストの和らいだ表情と柔らかい雰囲気を見て、父も母も「セシリア以外に息子のこの表情を引き出せる女性はいない」と思い至る。
以来、セシリアがマルセル家を訪れる度に、両親はもちろん、シルベストの二人いる妹たちにも大歓迎で迎えられるのだった。
遠くから二人を眺めているアルヴェルは感慨深げだ。
「シルベストは表情豊かになったねぇ」
「え?あれで、ですか?」
アルヴェルの側にいた生徒が驚きの声を上げる。
「そうだよ。セシリアと付き合う前のシルベストは本当に表情は氷のように固まって、動く事はほぼなかった。今は氷は溶けて水になったね。波が立つようになった」
シルベストはセシリアの背中を撫でた。
「俺が卒業したら『シル』って呼んでくれるんだよな?」
顔を近付けて囁く。
「…はい」
恥ずかしそうに頷くセシリア。
「明日から、楽しみだ」
シルベストは幸せそうに微笑んだ。
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学園は十五歳になる年に入学し、四年間学び十八歳で卒業する。貴族の令息令嬢は幼い頃より家庭教師に学び学園へ入学するが、貴族でない者は家の都合により五歳から十歳には初等教育校へ入学し、数年間字や計算などを学ぶ。初等学校で成績の良かった者は更に中等学校へ進学する事もあり、そこでの成績優秀者やお金のある商家の子供などが学園へと入学する。
全寮制で、いかに高位の貴族でも侍女や侍女、メイドなどを伴う事はできない決まりだ。もちろん王族でも。
一学年は四月から始まり、春期、秋期、冬期の三学期制で、学期の間には夏期休暇、冬期休暇、春期休暇の長期休暇がある。
その日、学園の四年生になったセシリアは、この年の生徒会長になったアルヴェルとその他の生徒会役員たちと夏期休暇前の舞踏会の打ち合わせをしていた。
学園では春期の終わりの日、夏季休暇に入る前に舞踏会があり、冬期の終わりには卒業パーティーがあるので、貴族の令息令嬢は社交を学び、貴族でない者も貴族社会との繋がりを作ろうと励む場となる。
セシリアは前生徒会役員として、舞踏会の開催についてアルヴェルに協力しているのだ。
「失礼します!殿下!アボット嬢!」
生徒会室に飛び込んで来たのは、アルヴェルの侍従の一人。
その侍従は学園の生徒ではない。それが緊急事態の発生をより強く知らせていた。
「どうした?」
侍従はソファに座るアルヴェルの側に跪く。
「視察の先見に出ていた一行が馬車の事故に遭いました」
「事故!?」
「商隊の馬車と衝突し、崖下へ転落したと」
崖下。
その場にいた全員がそれを聞いて息を飲んだ。
「先見に出ていたのは誰と誰だ?」
アルヴェルがそう問うと、侍従はチラッとセシリアを見る。
さっき、飛び込んで来た時、アルヴェル殿下と私を呼んだわ。
と、いう事は…
侍従は、三名の侍従の名を告げ、その最後の名前はシルベストのものだった。
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シルベストは左前腕粉砕骨折と左大腿骨の単純骨折、全身打撲の意識のない状態で王城の医療棟へ運び込まれる。
セシリアとアルヴェルも直ぐに駆け付け、セシリアは事故から三日が経つ今もシルベストの病室に付ききりだ。
「セシリア、少し休んだらどうだい?」
シルベストの病室に来たアルヴェルが、ベッドの傍らの椅子に座るセシリアに声を掛ける。
セシリアはシルベストの右手を両手で握ったまま、首を横に振った。
「シルの目が覚めた時、傍にいたいので」
「そうか」
無理はするなよ。と言ってアルヴェルが病室を出て行く。
シルベストと二人きりになったセシリアは、シルベストの右手から片方の手を離すと、巻かれた包帯を避けながらシルベストの頭を撫でた。
「シル…早く起きて。あ、でも、寝てる方が痛みがなくて良いのかしら?」
明るい声で言い、髪を漉くように指を滑らせる。
「でもやっぱり起きて欲しいな…寂しいから」
瞼がピクリと動いて、青い瞳が見えた。
「シル!」
セシリアの目に涙が浮かんだ。
シルベストはパチパチと目を瞬かせると、セシリアを見る。
「シル…良かった…」
安堵の涙を流すセシリアを見つめながら、掠れた声でシルベストは言った。
「…………キミは……誰だ…?」
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