上 下
4 / 33

3

しおりを挟む
3

 その夏、グレッグとジーンは湖の側の別荘に行き、アリシアは王宮へ勉強に通っていた為、結局あまり顔を合わせる機会のないまま秋期が始まり、二人は学園に戻ってしまった。
 次の夏も同じで、学期の間の休暇にもジーンは使用人としての態度を崩さず、アリシアが個人的にジーンと話す機会はないまま、アリシアも15歳となり、学園へ入学する。

「学園へ行くのは楽しみだけど、ダイアナと離れるのは淋しいわ。私、友達できるかしら?」
 いよいよ明日入寮という日、アリシアは腰まで伸びた長い銀の髪をダイアナに梳かしてもらっていた。
「アリシア様なら大丈夫でしょう」
「でも私『王太子殿下の婚約者』だもの、遠巻きにされたりするかも」
「グレッグ様もジーン様も学園におられるんですから心配いりませんよ」

 ジーンは、学園ではどんな態度なのかしら?一応学生は身分なく平等って建前だけど、建前は建前だし…。

「私としてはアリシア様の髪のお手入れができなくなるのが辛いですわ。ちゃんと香油を擦り込んで丁寧に梳かして下さいよ。戻られた時に傷んでいたら私、泣きますよ」
 ダイアナが言うと、アリシアは苦笑いする。
 細くて柔らかいアリシアの髪は丁寧に梳かないと絡んでしまう。
「髪、結える長ささえあれば良いんだから、切っても良かったんだけどね」
「パリヤ殿下が長いのがお好きなんでしたね」
「そうなの。それに…」
 アリシアは勉強やお茶会で王宮に行った時に会うパリヤを思い浮かべる。「僕、髪の長い女の子が好き」と言っていたのは、まだ婚約したての頃だ。もう何年も経つのでパリヤの今の好みは変わっているかも知れないが、わざわざ好みに合わないようにする事もない。
 それから「アリシアの髪は真っ直ぐで綺麗だね」と笑っていたまだ幼い頃のジーンを思い出した。

-----

「ウィルフィス様って…案外気さくな方なんですね」
 同じクラスで隣の席になったホリー・ロビンソン伯爵令嬢がクスクス笑った。
 アリシアが教師に渾名を付けて一人呟いていたのが隣の席のホリーの耳に入り、ツボに嵌ったらしい。
「数学の先生に『タンジェント』音楽の先生に『バッハ』はわかるのですが…頭髪の淋しいサイラス先生に『サイ先生』だなんて…思わず本人にそう呼びかけてしまいそうですわ」
「…案外聞こえてたのね」
 アリシアは苦笑いすると、ホリーの方へ向き直す。
「ロビンソン様…ホリーって名前で呼んで良いかしら?私の事も名前で呼んで。それに畏まった話し方もしなくて良いわ」
「もちろん名前で呼んでください。アリシア様?」
 茶色のセミロングの髪をハーフアップにしたホリーは青い瞳を瞬かせる。
「様はいらないわ。アリシアで。ね、ホリー」
 アリシアがにっこり微笑むとホリーも笑った。
「分かったわ。アリシア。王太子殿下の婚約者で見た目も儚げな感じだし、どれだけ大人しい令嬢かと思ってたけど…実は違うのね?」
「あら、わたくし、お淑やかな深窓の令嬢ですわ。ホホホ。…切り替え早いわね。ホリー」
「ありがとう。特技なの」
 胸を張って言うホリーにアリシアは思わず吹き出した。

 入学して一週間経ち、昼休憩にホリーと一緒に食堂へ行ったアリシアはそこで学園で初めてグレッグとジーンと会った。
「アリシア、友達?」
 グレッグとジーンは隣り合わせで座っていて、向かいの席をアリシアとホリーに勧めてくれる。
「ええ、お友達のホリー・ロビンソン伯爵令嬢よ。ホリー、私の兄のグレッグ。今3年生なの。こちらはうちの執事の息子のジーンよ。お兄様と同じ3年生」
「ホリー・ロビンソンです」
 ホリーが軽く礼をすると、グレッグは席についたまま頷き、ジーンは立ち上がり礼を取る。
「ジーン・フロストです」
「ホリー嬢はアリシアと同じクラスなの?」
「はい。そうです」
「ホリー、お兄様に丁寧な話し方しなくて良いわよ」
「え?でも…」
 アリシアがグレッグの正面に座るため、昼食が乗ったトレイをテーブルに置こうとすると、ジーンがそのトレイを取ってテーブルに置いてくれる。
「あ、ありがとうジーン」
「うん」
 ジーンは短く返事をすると、同じようにホリーのトレイを取って置いた。

 何だ…私にだけ優しくしてくれたのではないのね。
 でも学園だと家みたいに慇懃な態度ではないんだわ。

「そうだね。アリシアに対するのと同じで良いよ。ホリー」
 グレッグが言うと「そうですか?」とホリーは首を傾げ
「アリシアとグレッグ様は髪の色が違うのね」
 と砕けた調子で言う。
 やはりホリーは切り替えが早いのが特技のようだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...