上 下
48 / 48

番外編2-5

しおりを挟む
オスカー編5

「これから?」
「このままここで働きたいならメグの戸籍を新たに作る事もできる。クロムウェル家の戸籍を正して伯爵令嬢として貴族と結婚する事もできる。…海外へ行く事だってできる」
 オスカーがそう言うと、メグが目を見開く。
「戸籍を作る事ができるのですか?」
「貴族の戸籍でなければそんなに厳密ではないからな」
「そうなんですか…」
 メグが俯く。
「メグ、どうした?」
「…いえ。何でもありません」
 俯いたまま首を横に振る。
「いずれにせよ、領主様の正体は口外しない事は約束してもらわないといけないが…」
「それはもちろん!」
 メグがパッと顔を上げた。赤い瞳と視線が合う。
「メグ」
 オスカーが呼ぶと、メグは小首を傾げる。
「はい?」
「俺はメグが好きだ」
 メグが真っ直ぐにオスカーを見た。
「駄目です。私は…」
「…そうか。…これからについては直ぐに決める事はない。少し考えてみれば良い」
 オスカーは目を伏せ席を立った。

-----

「オスカー様、意外と小心者ですね」
「…シオ。お前遠慮をどこへやった?」
 自室に現れたシオに開口一番そう言われて、オスカーは机に突っ伏す。
「元々そう言う物はそんなに持ち合わせていません。もっと押した方が良いのでは?」
「そんな事したら…怖がらせる」
 シオは苦笑いをすると、クロムウェル伯爵家に関する報告を始めた。クロムウェル伯爵は「パリスの秘密を漏らせば国家転覆の疑いで王宮へ突き出す」「監視を着ける」「今後メグが望むなら戸籍を正す」「それ以外で二度とメグには関わらない」と約束させられ、領地へ送還されたそうだ。

「メグ」
 オスカーが廊下で膝を着いて壺の乾拭きをしているメグに声を掛けると、メグはビクンと肩を震わせた。
「済まない。驚かせたな」
「いえ…」
 メグは視線を彷徨わせる。
「最近、厨房に来ないから気になって…俺は厨房へ行かないからメグはジョンとニクスに料理を習うと良い」
「え?」
 メグがオスカーの顔を見上げる。目が合った。
「俺も執務も忙しくなって来て、なかなか厨房にも行けないんだ。それに…俺の言った事は忘れて良いから」
 オスカーは自分に出来る限りの優しい微笑みを浮かべる。
「じゃあ」
 オスカーが踵を返すと、メグがオスカーの服の裾を掴んだ。
「メグ?」
 振り向くと、メグが目に涙を溜めてオスカーを見ている。
「…どうした?」
 オスカーはメグと目線の高さを合わせるように跪く。
「オスカー様…」
「うん?」
 ポロポロと涙が溢れた。
「私も…オスカー様が…好きなんです。でも」
「…メグ、抱きしめて良いか?『でも』から後はそれから聞く」
 オスカーはメグの言葉を遮って両手を広げる。
 メグは無言でオスカーの胸に額を着けた。
 ゆっくりと片手を背中に回し、片手で頭を押さえ髪を撫でた。
「…『でも』の前にもう一度俺の事好きって言って」
「オスカー様…意外と我儘ですね…好きですけど」
 拗ねたように言うメグに思わず笑いが漏れた。
「はは。そうだな。『でも』の後に何を言われても、もうメグを離す気もないしな」
 ぎゅうっとメグを抱きしめる。
「…オスカー様、私…ご存知の通り、処女じゃありません」
「うん」
「…家から逃げた後、本当に妊娠していたらどうしようって不安で不安で…馬車に酔っても『もしかして悪阻なんじゃ』って思ったり…その時にこんな事で悩む自分がすごく汚れているように…感じて…」
 声が震える。オスカーはメグの背中を撫でた。
「ただでも『忌み子』なのに…こんな…汚れて…生きてる意味があるのか…死んだ方が…あのまま父に殺された…方が、良かったんじゃないかって…」
 涙がオスカーの膝に落ちる。
「メグが生きててくれて良かった」
「う…うう…」
 メグがオスカーの服を強く握る。肩が震えて、嗚咽が漏れた。
「メグ、声を出して泣いて良いんだ」
「…う…ああああ」
 泣きじゃくるメグを改めて抱きしめた。






「…オスカー様、私…伯爵令嬢に戻っても、戸籍を作ってもらって平民になっても、子爵家の跡取りであるオスカー様とは結婚できませんよ」
 泣いて、落ち着いたメグはそう言い出す。まだオスカーの腕の中だ。
 下位貴族である子爵家が上位貴族である伯爵令嬢を娶る事は通常あり得ない。子爵家が平民を娶る事も同じだ。
「…結婚、しないつもりならどうでも良いでしょうけど」
 拗ねた口調がかわいらしい。オスカーはメグの頭の上に自分の顎を乗せた。
「…重いです」
「そんな事、どうにでもするさ。俺の父だって侯爵家の嫡男だったのに子爵家の母と結婚したしな」
「喋ると顎が刺さって痛いです…そうなんですか?」
「メグ、上向いて?」
「…今、顔ぐちゃぐちゃなので嫌です」
「ん?聞こえない」
 オスカーは両手でメグの頬を包んで自分の方を向かせた。
「オスカー様…狡い」
 涙で赤くなった目尻、頬も耳も赤くなるメグに思わず微笑む。
「言っただろ?もう離す気ないって」
 そのままゆっくりと口付けた。

「オスカー様、愛の告白は廊下ではない方が良かったのでは?」
「シオ…見てたのか?」
「影ですので、多少は。それにダグラス様とオリビア様もこっそり覗いてましたよ」
「…何やってんだ」
 オスカーは机に突っ伏す。
「ところで、メグの戸籍を作った後、セヴァリー家の養子にするという手はいかがでしょう?」
「ん?」
「子供のいない家が男子も女子も養子を取り、養子同士を結婚させる話、割と聞きますし」
「…そうだな。俺の事を考えてくれたのか?ありがとうシオ」
 信頼関係ができて来たのか、と思うオスカーに、シオは言う。
「いえ。オスカー様、面白いのもので」
 そんなシオに「信頼関係ってこういうのじゃないだろ!」と叫ぶオスカーなのであった。



  ー完ー


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

dragon.9
2021.04.07 dragon.9

ガイア、、、ウザイねぇ。
何様だろう、、ムカつくわー!
お嬢には幸せになってほしいもの!

ねーさん
2021.04.07 ねーさん

感想ありがとうございます!
オリビアは今までの話の中で一番不憫な子なので、これからも応援してやってください。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。