没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん

文字の大きさ

大中小

47 / 48

番外編2-4

しおりを挟む

オスカー編4

「クロムウェル伯爵が領地を出ました。こちらへ向かっているようです」
　シオの報告に、オスカーは頷く。
「直に迎えに来るか」
　こちらの布陣は爵位のない領主、子爵家の嫡男、勘当されている伯爵家の次男なのだ。伯爵本人が出向けば逆らえないと踏んだのだろう。

　メグは小さな頃から母がくれた少しのお金を貯めていて、そのお金だけを持って家を飛び出し、王都へ行くより見つかりにくいかと考えこの辺境伯領へ来たそうだ。外国へ逃げる事も考えたらしい。
　こちらに来て、自分の赤い瞳を誰も気にしない様子にとても驚いたと話した。
「お金がなくなったので…どうしようと思いながら歩いていたら、こちらのお屋敷からお料理のすごくいい匂いが漂って来たのでふらふらと…雇って頂けてとても助かりました」
　少し照れた様子でそう言った。

その日、玄関の辺りで空気が動いたのを感じたオスカーとダグラスは「来たか」と執務机から同時に立ち上がった。
「きゃあ」
　メグの声が小さく聞こえて、オスカーは走り出す。
　厨房へ行くと血走った目をした男性がメグを捉えようと手を伸ばし、ニクスがメグを背に庇っていた。
　オスカーは「それは俺の役目だ」と小さく言うと、男性の腕を後ろから掴み捻り上げる。
「うわっ！」
「…クロムウェル伯爵？」
　耳元で言うと男性が振り向く。
「何だお前は！？」
「領主様の側仕え、オスカー・セヴァリーです」
「…お前が元エバンス侯爵家の跡取りか」
「そうです。この間来た間者からお聞きになりましたか？」
　捻り上げた腕を笑顔で締め上げる。伯爵は顔を歪めた。
「…私は自分の娘を迎えに来ただけだ。このような乱暴な扱いを受ける覚えはない」
「おや？クロムウェル伯爵家の娘は生まれてすぐ亡くなったと戸籍で確認しましたが？伯爵ならば戸籍を偽ると罪に問われる事はご存知ですよね？」
「くっ…いくら元侯爵家でも、今は子爵家だろう。上位の貴族に逆らうと後悔するぞ…」
　伯爵がそう言うと、ニクスとメグの目の前に黒い影が現れる。
「きゃあ！」
　黒い影がニクスを突き飛ばし、メグを捕らえた。ニクスは頭を打ち付けて気を失う。
「シオ！」
　オスカーはそう言うと、伯爵を離してメグへと駆け寄る。
　シオが現れ、逃げようとした伯爵を取り押さえ、オスカーは懐から短剣を取り出して黒い影に斬り付けた。
「ぎゃあ！」
　黒い影がメグを捕らえた手を緩めた隙にメグを取り返し腕に閉じ込める。
「オスカー様」
　メグが震えながらオスカーにしがみついた。

「クロムウェル伯爵、間者を雇うなら金は惜しまない方が良い」
　厨房の入り口からダグラスが現れて、床に組み伏せられた伯爵を見下ろしながら言う。
「貴方の連れてきた間者は、すべて取り押さえましたよ」
　ダグラスの後ろにはルイとジルが立っていた。
「何故、そんな不吉な娘を庇う…？その娘は『忌み子』だ！あいつのせいでロバートもカトレアも死んだ！」
　伯爵はメグを睨みつける。オスカーは震えるメグを伯爵の視線から隠すように動く。
「…だから、連れ戻すと？」
　低い声でオスカーが言うと
「連れ戻して…殺す。そもそも生まれた時にそうすれば良かったんだ！元々居ない者が本当に居なくなるだけの事だ！」
　そう叫ぶ伯爵を一瞥し、吐き捨てるように言った。
「馬鹿馬鹿しい因習だ。たまたまの不幸を『忌み子』のせいとこじつけているだけだ」
「お前ら…上位貴族にこんな真似をして、ただで済むと思うなよ…」
　伯爵がそう言うと、ダグラスが剣を勢いよく伯爵の顔の前の床に突き刺した。
　ダンッという音に「ひぃ」と伯爵が喉を詰まらせる。
「クロムウェル伯爵こそ、ここの領主がパリヤ・ルーセントと知って襲撃して来たなんて…これは大罪ですね」
　ダグラスが笑顔で言う。
「パリヤ……まさか」
　伯爵の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「いや、ダグラス、クロムウェル伯爵は王位簒奪を目論んで元王太子に接触しに来たらしいぞ」
　オスカーが笑顔で言うと、ダグラスも面白そうに頷く。
「国家転覆罪か、それはまた大罪中の大罪だな」
　伯爵は顔面蒼白になると「ひぃぃぃ」と細い悲鳴を漏らして意識を喪失した。

－－－－－

「オスカー様…あの、そろそろ離して…」
　ダグラス達が伯爵や間者、ニクスを連れて去り、厨房にはオスカーとメグだけが残る。
　オスカーはメグを腕の中に閉じ込めたまま離していなかった。
「…離れたい？」
「え？」
「いや…メグは大丈夫か？」
　オスカーは腕を緩めてメグを離した。
「お茶でも飲んで落ち着こうか」
　メグを椅子へ座るよう促す。
「オスカー様、話し方が変わりましたね」
「うん？」
「以前は私の事『メグさん』って。言葉も丁寧だったし…」
「ああ…そちらの方が良ければ戻すが？」
「いえ、こちらの方が良いです。…親しくなれた感じがして」
「そうか」
「…オスカー様は侯爵家の方だったんですか？」
　紅茶のカップをメグの前に置くと、自分のカップは持ったままで椅子に座った。
「元ね。我が家は取り潰されたんだ」
「え？」
「話せば長いからまた今度。メグは…ああマーガレットと呼んだ方が良い？」
「いえ、メグの方が良いです。母にそう呼ばれていたので…」
「そう。じゃあメグは、これからどうしたい？」
　メグはオスカーを見て目を瞬かせた。

しおりを挟む