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番外編2-3
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オスカー編3
厨房に入って来た男は、貴族屋敷で働く執事のような服装だったが、オスカーにはその男が日雇いのように雇われる「裏」の者だと気配で分かった。
「お嬢様、旦那様がお待ちです。さあ帰りましょう」
男がオスカーの後ろに隠れたメグに手を伸ばすと、メグはビクンと身体を震わせた。
「…クロムウェル伯爵家には『お嬢様』はいない筈だけど?」
オスカーが男の手首を掴み、ゆっくりと言うと、男は瞠目しオスカーを見た。
裏の人間が小さな領主屋敷の料理人に簡単に手首を掴まれる筈がないのだ。
「オスカー様…」
メグがオスカーのコックコートを握る。
「オスカー?」
男がオスカーを見据えた。オスカーは少し口角を上げる。
「まさかエバンス家の…」
「クロムウェル家は調査が足りていないな」
「……!」
瞬間、男性はオスカーの手を振り払い、走り去った。オスカーはわざと男を逃したのだ。
「シオ、ダグラスにオリビアを呼んでもらってくれ」
「了解」
姿なくシオの声だけが聞こえた。
メグが目を見開いてオスカーを見ている。コックコートは握ったままだ。
「メグさん、勝手に調べて済みません。少し事情を聞かせてもらっても?」
オスカーが言うと、メグは「はい」と頷いた。
-----
屋敷の応接室にパリス、ダグラス、オリビア、オスカーが揃う。オスカーは使用人としてソファに座る事を渋るメグをオリビアの隣に座らせた。
メグはおずおずと話し出す。
「私が住んでいた東部では赤い瞳を持つ子供が生まれると『忌み子』と呼ばれ、死産になった事にされたり、病死を装って幼い内に殺されたり、大きくなっても本人はもちろんの事『忌み子を出した家』と家族ごと迫害されたりするんです」
「何故『忌み子』などと…」
パリスが言うと
「『周りに不幸をもたらす』と言われています」
そうメグが答える。
「私が生まれた頃、兄が事故で亡くなって…父は私のせいだと激昂し、母が私を庇ってくれたそうなのですが…私は死んだ事にされ、兄が生きている事になったんだ…そうです…」
メグは俯いて言葉を詰まらせる。
「…父は自分の直系の子に伯爵家を継がせたい願望が強く、嫡男である兄が亡くなった事を認められなかったようで…でも次の子供には恵まれませんでした」
「メグさんは、伯爵家でどのような立場だったんですか?」
オスカーが言うと、メグは顔を上げてオスカーを見た。そしてまた目を伏せる。
「メグさん、ここにいる誰もメグさんを『忌み子』だなんて思っていませんよ」
「そうよ。そんな非科学的な因習、信じないわ」
メグは顔を上げてオスカーとオリビアを見る。パリスとダグラスも大きく頷いた。
「…ありがとうございます」
メグは涙を浮かべて礼を言うと、膝の上の両手を握り合わせた。
「私の存在はずっと隠されていました。母の計らいで遠縁の娘として、顔を隠して家庭教師から教育を受ける事はできましたが…去年、母が亡くなって…」
握り合わせた両手をさらにぎゅっと握る。
「…私…私は…家から…父から逃げて来たのです」
涙が握り合わせた手の上に落ちた。
母カトレアが亡くなってしばらく経った頃、夜、父がメグの部屋へ来た。酔っているようだ。
父からは忌み嫌われ、居ない者として扱われていた。父がメグの部屋へ来る事など今まで一度もなかったのに。
「お父様…?」
小さな部屋の小さなベッドで今正に眠りに着こうとしていたメグは身を起こし、意外な来訪者を呼ぶ。
「父などと呼ぶな。…私の娘は生まれてすぐに死んだ」
父は低い声で言った。
「…お前のせいでロバートは死んだ。何故ロバートが死にお前が生きている?」
父はメグのいるベッドに片膝を乗り上げると、メグの顎を掴んだ。
「ひっ」
「やはり生まれた時すぐに殺すか、眼を抉り出しておけば良かったのだ」
父は自分の喉元のクラバットを解くと、メグの目を隠すように頭の後で結ぶ。
「お父様…」
バシッと頬を叩かれる。
「お前の父などではない!!カトレアに次の子ができなかったのも、カトレアが死んだのも全てお前のせいだ!!」
メグの髪の毛を乱暴に掴む。
「っつ」
「だから…お前が私の子を産め」
父はそう言うとメグに覆い被さった。
「メグ…」
ぶるぶると震えながら話すメグを、オリビアが抱きしめる。
「実の娘に…」
ダグラスは驚愕の声を漏らす。パリスも青い顔をしていた。
「…翌朝、我に返った父は…『私がこんな事をしたのもお前のせいだ』と言って…私を殺そうとしました。それで…逃げて…」
「…逃げられて良かったわ。ね、メグ」
「うっ…ううぅ…」
メグはオリビアの胸に顔を埋めて泣き出した。
オスカーはメグの呻るような泣き声に「この子はきっと今までずっとこうして声を殺して泣いていたんだな」と思い、胸が締め付けられた。
オリビアも攫われて襲われた後は他人に触れられる事に怯えていた。相手を確認してからそっと触れる。あの頃のオリビアと同じ反応をメグがしていたので、ある程度の予想はしていたが…実の父親とは、オスカーも予想外だった。
あの背を撫でて、俺の腕の中で慰めて、大声で泣かせてやりたい。
そう思って、自分の気持ちに気付く。
ああ…俺はメグさんを好きなのか。
厨房に入って来た男は、貴族屋敷で働く執事のような服装だったが、オスカーにはその男が日雇いのように雇われる「裏」の者だと気配で分かった。
「お嬢様、旦那様がお待ちです。さあ帰りましょう」
男がオスカーの後ろに隠れたメグに手を伸ばすと、メグはビクンと身体を震わせた。
「…クロムウェル伯爵家には『お嬢様』はいない筈だけど?」
オスカーが男の手首を掴み、ゆっくりと言うと、男は瞠目しオスカーを見た。
裏の人間が小さな領主屋敷の料理人に簡単に手首を掴まれる筈がないのだ。
「オスカー様…」
メグがオスカーのコックコートを握る。
「オスカー?」
男がオスカーを見据えた。オスカーは少し口角を上げる。
「まさかエバンス家の…」
「クロムウェル家は調査が足りていないな」
「……!」
瞬間、男性はオスカーの手を振り払い、走り去った。オスカーはわざと男を逃したのだ。
「シオ、ダグラスにオリビアを呼んでもらってくれ」
「了解」
姿なくシオの声だけが聞こえた。
メグが目を見開いてオスカーを見ている。コックコートは握ったままだ。
「メグさん、勝手に調べて済みません。少し事情を聞かせてもらっても?」
オスカーが言うと、メグは「はい」と頷いた。
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屋敷の応接室にパリス、ダグラス、オリビア、オスカーが揃う。オスカーは使用人としてソファに座る事を渋るメグをオリビアの隣に座らせた。
メグはおずおずと話し出す。
「私が住んでいた東部では赤い瞳を持つ子供が生まれると『忌み子』と呼ばれ、死産になった事にされたり、病死を装って幼い内に殺されたり、大きくなっても本人はもちろんの事『忌み子を出した家』と家族ごと迫害されたりするんです」
「何故『忌み子』などと…」
パリスが言うと
「『周りに不幸をもたらす』と言われています」
そうメグが答える。
「私が生まれた頃、兄が事故で亡くなって…父は私のせいだと激昂し、母が私を庇ってくれたそうなのですが…私は死んだ事にされ、兄が生きている事になったんだ…そうです…」
メグは俯いて言葉を詰まらせる。
「…父は自分の直系の子に伯爵家を継がせたい願望が強く、嫡男である兄が亡くなった事を認められなかったようで…でも次の子供には恵まれませんでした」
「メグさんは、伯爵家でどのような立場だったんですか?」
オスカーが言うと、メグは顔を上げてオスカーを見た。そしてまた目を伏せる。
「メグさん、ここにいる誰もメグさんを『忌み子』だなんて思っていませんよ」
「そうよ。そんな非科学的な因習、信じないわ」
メグは顔を上げてオスカーとオリビアを見る。パリスとダグラスも大きく頷いた。
「…ありがとうございます」
メグは涙を浮かべて礼を言うと、膝の上の両手を握り合わせた。
「私の存在はずっと隠されていました。母の計らいで遠縁の娘として、顔を隠して家庭教師から教育を受ける事はできましたが…去年、母が亡くなって…」
握り合わせた両手をさらにぎゅっと握る。
「…私…私は…家から…父から逃げて来たのです」
涙が握り合わせた手の上に落ちた。
母カトレアが亡くなってしばらく経った頃、夜、父がメグの部屋へ来た。酔っているようだ。
父からは忌み嫌われ、居ない者として扱われていた。父がメグの部屋へ来る事など今まで一度もなかったのに。
「お父様…?」
小さな部屋の小さなベッドで今正に眠りに着こうとしていたメグは身を起こし、意外な来訪者を呼ぶ。
「父などと呼ぶな。…私の娘は生まれてすぐに死んだ」
父は低い声で言った。
「…お前のせいでロバートは死んだ。何故ロバートが死にお前が生きている?」
父はメグのいるベッドに片膝を乗り上げると、メグの顎を掴んだ。
「ひっ」
「やはり生まれた時すぐに殺すか、眼を抉り出しておけば良かったのだ」
父は自分の喉元のクラバットを解くと、メグの目を隠すように頭の後で結ぶ。
「お父様…」
バシッと頬を叩かれる。
「お前の父などではない!!カトレアに次の子ができなかったのも、カトレアが死んだのも全てお前のせいだ!!」
メグの髪の毛を乱暴に掴む。
「っつ」
「だから…お前が私の子を産め」
父はそう言うとメグに覆い被さった。
「メグ…」
ぶるぶると震えながら話すメグを、オリビアが抱きしめる。
「実の娘に…」
ダグラスは驚愕の声を漏らす。パリスも青い顔をしていた。
「…翌朝、我に返った父は…『私がこんな事をしたのもお前のせいだ』と言って…私を殺そうとしました。それで…逃げて…」
「…逃げられて良かったわ。ね、メグ」
「うっ…ううぅ…」
メグはオリビアの胸に顔を埋めて泣き出した。
オスカーはメグの呻るような泣き声に「この子はきっと今までずっとこうして声を殺して泣いていたんだな」と思い、胸が締め付けられた。
オリビアも攫われて襲われた後は他人に触れられる事に怯えていた。相手を確認してからそっと触れる。あの頃のオリビアと同じ反応をメグがしていたので、ある程度の予想はしていたが…実の父親とは、オスカーも予想外だった。
あの背を撫でて、俺の腕の中で慰めて、大声で泣かせてやりたい。
そう思って、自分の気持ちに気付く。
ああ…俺はメグさんを好きなのか。
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