上 下
46 / 48

番外編2-3

しおりを挟む
オスカー編3

 厨房に入って来た男は、貴族屋敷で働く執事のような服装だったが、オスカーにはその男が日雇いのように雇われる「裏」の者だと気配で分かった。
「お嬢様、旦那様がお待ちです。さあ帰りましょう」
 男がオスカーの後ろに隠れたメグに手を伸ばすと、メグはビクンと身体を震わせた。
「…クロムウェル伯爵家には『お嬢様』はいない筈だけど?」
 オスカーが男の手首を掴み、ゆっくりと言うと、男は瞠目しオスカーを見た。
 裏の人間が小さな領主屋敷の料理人に簡単に手首を掴まれる筈がないのだ。
「オスカー様…」
 メグがオスカーのコックコートを握る。
「オスカー?」
 男がオスカーを見据えた。オスカーは少し口角を上げる。
「まさかエバンス家の…」
「クロムウェル家は調査が足りていないな」
「……!」
 瞬間、男性はオスカーの手を振り払い、走り去った。オスカーはわざと男を逃したのだ。
「シオ、ダグラスにオリビアを呼んでもらってくれ」
「了解」
 姿なくシオの声だけが聞こえた。
 メグが目を見開いてオスカーを見ている。コックコートは握ったままだ。
「メグさん、勝手に調べて済みません。少し事情を聞かせてもらっても?」
 オスカーが言うと、メグは「はい」と頷いた。

-----

 屋敷の応接室にパリス、ダグラス、オリビア、オスカーが揃う。オスカーは使用人としてソファに座る事を渋るメグをオリビアの隣に座らせた。
 メグはおずおずと話し出す。
「私が住んでいた東部では赤い瞳を持つ子供が生まれると『忌み子』と呼ばれ、死産になった事にされたり、病死を装って幼い内に殺されたり、大きくなっても本人はもちろんの事『忌み子を出した家』と家族ごと迫害されたりするんです」
「何故『忌み子』などと…」
 パリスが言うと
「『周りに不幸をもたらす』と言われています」
 そうメグが答える。
「私が生まれた頃、兄が事故で亡くなって…父は私のせいだと激昂し、母が私を庇ってくれたそうなのですが…私は死んだ事にされ、兄が生きている事になったんだ…そうです…」
 メグは俯いて言葉を詰まらせる。
「…父は自分の直系の子に伯爵家を継がせたい願望が強く、嫡男である兄が亡くなった事を認められなかったようで…でも次の子供には恵まれませんでした」
「メグさんは、伯爵家でどのような立場だったんですか?」
 オスカーが言うと、メグは顔を上げてオスカーを見た。そしてまた目を伏せる。
「メグさん、ここにいる誰もメグさんを『忌み子』だなんて思っていませんよ」
「そうよ。そんな非科学的な因習、信じないわ」
 メグは顔を上げてオスカーとオリビアを見る。パリスとダグラスも大きく頷いた。
「…ありがとうございます」
 メグは涙を浮かべて礼を言うと、膝の上の両手を握り合わせた。
「私の存在はずっと隠されていました。母の計らいで遠縁の娘として、顔を隠して家庭教師から教育を受ける事はできましたが…去年、母が亡くなって…」
 握り合わせた両手をさらにぎゅっと握る。
「…私…私は…家から…父から逃げて来たのです」
 涙が握り合わせた手の上に落ちた。

 母カトレアが亡くなってしばらく経った頃、夜、父がメグの部屋へ来た。酔っているようだ。
 父からは忌み嫌われ、居ない者として扱われていた。父がメグの部屋へ来る事など今まで一度もなかったのに。
「お父様…?」
 小さな部屋の小さなベッドで今正に眠りに着こうとしていたメグは身を起こし、意外な来訪者を呼ぶ。
「父などと呼ぶな。…私の娘は生まれてすぐに死んだ」
 父は低い声で言った。
「…お前のせいでロバートは死んだ。何故ロバートが死にお前が生きている?」
 父はメグのいるベッドに片膝を乗り上げると、メグの顎を掴んだ。
「ひっ」
「やはり生まれた時すぐに殺すか、眼を抉り出しておけば良かったのだ」
 父は自分の喉元のクラバットを解くと、メグの目を隠すように頭の後で結ぶ。
「お父様…」
 バシッと頬を叩かれる。
「お前の父などではない!!カトレアに次の子ができなかったのも、カトレアが死んだのも全てお前のせいだ!!」
 メグの髪の毛を乱暴に掴む。
「っつ」
「だから…お前が私の子を産め」

 父はそう言うとメグに覆い被さった。

「メグ…」
 ぶるぶると震えながら話すメグを、オリビアが抱きしめる。
「実の娘に…」
 ダグラスは驚愕の声を漏らす。パリスも青い顔をしていた。
「…翌朝、我に返った父は…『私がこんな事をしたのもお前のせいだ』と言って…私を殺そうとしました。それで…逃げて…」
「…逃げられて良かったわ。ね、メグ」
「うっ…ううぅ…」
 メグはオリビアの胸に顔を埋めて泣き出した。
 オスカーはメグの呻るような泣き声に「この子はきっと今までずっとこうして声を殺して泣いていたんだな」と思い、胸が締め付けられた。
 オリビアも攫われて襲われた後は他人に触れられる事に怯えていた。相手を確認してからそっと触れる。あの頃のオリビアと同じ反応をメグがしていたので、ある程度の予想はしていたが…実の父親とは、オスカーも予想外だった。

 あの背を撫でて、俺の腕の中で慰めて、大声で泣かせてやりたい。

 そう思って、自分の気持ちに気付く。
 
 ああ…俺はメグさんを好きなのか。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

処理中です...