上 下
39 / 48

エピローグ

しおりを挟む
38

「オリビア、ダグラスのお父様とお母様はどんな方だったんだ?」
 オリビアの兄オスカーは厨房で椅子に座り、するするとジャガイモの皮を剥きながら言う。
「お母様はお綺麗な方だったわ。お父様は…本当に!ダグラスによく似てたわ!」
 オリビアもオスカーの向かいに座り、ジャガイモの皮を剥いている、が、するするとは行かない。
「そうなんだ。オリビア、それじゃ実がなくなるよ」
「…ジャガイモは凹凸があって難しいわ…初心者向きじゃなかった。人参にするわ」
 オリビアはようやく剥いたジャガイモを水の入ったボウルに入れる。オスカーは苦笑いしながら言った。
「そんなに似てたの?」
「そうなの。ダグラスが歳を取ったらこうなるのねって感じ」

 オリビアはダグラスと共に再度チャンドラー伯爵家の領地屋敷を訪れた時の事を思い出す。
 ダグラスの父と母が領地に来るのに合わせて、挨拶と結婚の具体的な話をするためだ。
 ちなみに使用人たちはこの間行った時より皆キチンと弁えた行動をしていた。やはり旦那様がいると違うらしい。
 ダグラスの母は挨拶もそこそこにオリビアの手を取って「仲良くしましょうね」と笑ってくれた。
 さすが王妃の侍女と言う気品でとても若々しくて美しい。
 オリビアは密かに「この女性ひとが紫の瞳の子を生んだなら、それは王との仲を疑いたくもなるわ」と思った。
 心の中でそう思っただけだったが、後からダグラスも自分が大きくなって母親を客観的に見たら、そう勘繰るのも無理もないな、と思ったと聞いた。
 ダグラスの父はむっつりと黙っていた。

 …ダグラスそっくり。

 切れ長の眼。筋の通った鼻。薄い唇。赤茶の髪。眼鏡は掛けていないが、ダグラスが歳を取るとこんな風になるのか。
 オリビアはそう思って暫く父の顔を眺めてしまった。
「…元侯爵家の娘が、こんなしがない伯爵家の次男などに嫁いでも、何の益もあるまい」
 そう言いながらオリビアを見る。目が合って「将来のダグラス」像を重ねて頬が熱くなる。
「父上!」
「あなた!」
 ダグラスと母が同時に咎める声を出す。
 父は「ふん」と息を吐くと、応接室から出て行った。
「…オリビア、何故赤くなっている?」
 ダグラスが胡乱な目をしてオリビアを見る。
「だって…未来のダグラスもあんなに格好良いのかと想像しちゃって」
「…それは嬉しいが、それはオリビアにとって父が格好良いと言う事だから、それはそれで複雑だな…」
「ダグラスの方が格好良いわよ。もちろん」
「…まあ良しとしよう」
「コホン。貴方たち、お母様が目の前にいる事を忘れてないかしら?」
 今にも手を取り合おうとしていた二人はパッと離れる。
 母はそんな二人を微笑まし気に眺めると
「ダグラスが幸せそうで嬉しいわ」
 と笑った。

「オリビア様、オスカー様もう聞いていませんよ」
 ジルが左手でするするとジャガイモを剥きながら言う。オスカーは厨房の奥へ行ってしまったようだ。
「もう。お兄様、自分が聞いたくせに。…ジル、左手なのに私より上手いわね」
「オリビア様より器用ですからね」
「ジルはもうルイと結婚したの?」
「…何ですか急に」
 ジルが眉間に皺を寄せてオリビアを見る。
「結婚してもしばらくは辺境伯領にいるし、質素倹約のために料理ができた方が良いかなと思って練習してるけど、結婚といえばジルはもうルイと結婚したのかしら?と思ったの」
「ご丁寧な解説、痛み入ります」
「どういたしまして。で?」
「…私たちの場合、世間一般の結婚とは違いますからね。私はオリビア様と共に居ますし、ルイはダグラス様の側に居ますし。だから顔を合わせるのもたまにですよ。便宜上『結婚』とは言いますが、実態は『裏』へ私の首にはルイと言う鈴が付いている、と知らしめている感じです」
「…そういうものなの?」
「そういうものです」
 ジルは剥いたジャガイモを水に漬け、また新しいジャガイモを手に取る。
「まあ、オリビア様とダグラス様が結婚されれば、私とルイが顔を合わせる機会も増えますよ」
「そうね…ジルはルイを好きなの?」
 ジルは片眉を上げる。
「…ルイは腕が良いので尊敬してます」
「ダグラスは『ルイはジルを気に入ってる』って言ってたわよ」
「…そんな感じはしないですけどね。そういえば、ダグラス様の後の領主様の側近は見つかったのですか?」
「話を逸らしたわね」
 オリビアはジトっとジルを見る。
「そんな事ないです。ダグラス様の後任が見つからないと領地へ行けませんし」
「そうね。でもまだよ。さすがになかなか居ないわよね」
 オリビアは人参と格闘しながら首を横に振る。
 何しろ、領主パリスがパリヤ第一王子だという秘密を知り、自身が秘密を守る事はもちろんだが、周りにも秘密が漏れないように気を遣え、パリスに苦言を呈する事ができ、更に「影」を使いこなせる者が必要なのだ。
「秘密を知り、それを守れ、諌言ができ、『影』を使える者…心当たりがあるのですが」
「え?誰?」
 オリビアがジルを見ると、ジルは視線を厨房の奥へと向けた。
「更に、料理もできます」
 オリビアも厨房の奥へと視線を向ける。
「オリビアとジルが視線を合わせて頷くと、オスカーが呑気に「何?」と振り向いた。



   ー了ー
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...