上 下
35 / 48

34

しおりを挟む
34

「オリビア、結婚しないとは!?」
 ダグラスが驚愕の表情でオリビアの肩を掴む。
「あ!違うの。今は!『まだ』しないって意味で…」
「…どうしてだ?」
 ダグラスが問うと、オリビアは視線を落とす。
「…リネット様が」
「リネット?」
「エバンス家が拉致監禁した伯爵令嬢です」
 ジルが口を挟む。
「ああ。その令嬢が?」
「だって、私のせいだもの…」
 オリビアな目に涙が浮かぶ。ダグラスは慌ててオリビアを抱き寄せる。
「泣くな」
 髪を撫でられると、ますます涙が溢れて来た。
「リネット様がまだご結婚されていないのは、きっと私のせいだもの…」

 国境の街に来ても、王都の貴族の噂話は入って来た。
 オリビアは、リネットは学園を卒業するとすぐに婚約者と結婚するだろうと思っていた。救出に来たリネットの婚約者がリネットをとても愛おしそうに扱っていたからだ。
 しかし、卒業して二年経つ今もリネットが結婚したとの話は聞いていない。
 オリビアがリネットを拐ったのは、王太子妃になれない立場にするためだったが、もしや、リネットの婚約者も、いざとなると拐かされた醜聞のある婚約者との結婚を渋り始めたのではないか。
「バーストン伯爵家の令嬢ですね。調べて来ます」
 そう言って、ルイが姿を消す。
「オリビア様、リネット様が結婚されるまでご自分も結婚されないつもりですか?」
 ジルが言うと、オリビアは頷く。
「…オリビア様はやっぱり馬鹿ですね」
 ジルがため息混じりに言った。
「オリビアがそう思うなら、俺はかまわん」
「え?」
 オリビアは顔を上げてダグラスを見る。
「その令嬢が幸せにならない限り、自分は幸せになってはいけないとオリビアは考えているんだな?」
 ダグラスはオリビアの頬に手を当てる。こくんとオリビアが頷くと、自分の額をオリビアの額に付ける。
「それなら、俺は待つ」
「ダグラス…」
「コホン。あー私は消えますので、甘々は二人きりの時にどうぞ」
 ジルはわざとらしく咳払いしながら言うと
「あ、報告ですが、私、ルイと結婚する事にしましたので」
 そう言い残して姿を消した。

-----

「え?…えええー!?」
 ジルが立っていた場所を凝視してオリビアは驚愕し目を見開く。涙はどこかへ行ってしまった。
「なるほどな」
 ダグラスはオリビアを背中から抱き込むと頷いた。
「なっダグラス。何が『なるほど』なの?」
 お腹に腕を回されて肩に顎を乗せられた。
「『裏』の人間と一緒になれば、裏から抜けずに実質引退できるからな」
「そうなの?」
「情報を漏らしたり『裏』に不利益な行動をしないか、一緒になった人間が監視できる」
「監視…」
「ルイなら俺と無期限専属個人契約だし、俺とオリビアが結婚すれば必然的にジルもオリビアの側にいられる」
「そのために?」
「それだけじゃなく、ルイはジルを気に入ってると思うぞ」
「そうなの?」
 それなら、良い。利害関係だけでなく、ジルにも幸せになって欲しかった。
「まあ態度に出る訳じゃないから、わかりにくいけどな」
 そう言いながら、ダグラスはオリビアの耳朶を舐めた。
「ひゃあ!」
「ここも上書き」
 耳に息を吹き掛けながら言う。
 どうやらルイからガイアの供述の報告を受けたらしい。

 ガイアは学園の一年生の頃から一学年上のオリビアを知っていたらしい。侯爵である父親がオリビアを王太子妃にしたがっていたと噂で聞き、大商家であるハモンド商会会長のガイアの父親が、爵位を欲しがる様子と重なり、興味を持ったのだ。
 それでもその頃はまだ侯爵令嬢であるオリビアに対し、特別な感情はなかった。
 それが、エバンス侯爵家が取り潰された事により変化した。
 金に飽かせて取り潰された理由を調べた。
 そしてオリビア自身が誘拐事件を起こした事を知る。
 ガイアは王都を追われたオリビアが自分の出身である辺境伯領の隣の領地に居る事を知り「運命だ」と思った。
 オリビアは市井の人間となった。自分と同じ位置に居る。
 子爵家の養女となった事を知った時も、オリビアが爵位を継ぐ訳ではないし、養女など離縁すれば良い事だと気にかけてはいなかった。
 卒業し、辺境伯領に戻ったガイアは、オリビアと知り合うきっかけを探していた。
 そして、あの夜会でオリビアと会ったのだ。

 学園にいた頃と変わらぬ気高さと美しさ。「オリビアと結婚したい」願望が「オリビアは俺と結婚する」妄信へと変わった。

 オリビアに会いにセヴァリー家を訪れる。
 俺は俺の花嫁に会いたいだけなのに、何故阻まれる?
 やっと会えたオリビアとの間に入り込む、この男は誰だ?
 オリビアがあの男の領地へ行った?旅行?挨拶?セヴァリー家の当主も、俺の父上も、皆オリビアはあの男と結婚すると言う。
 何故?オリビアは俺の花嫁なのに。

 オリビアが辺境伯領へ帰って来た。あの男とは別々に一人で。
 あの男とは別れたんだね。そうだろう。オリビアは俺の花嫁なんだから。
 早く、早くオリビアを俺の物にしなければ。もう二度と他の男に触れさせないように…。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ヤンデレ、始められました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
ごくごく平凡な女性と、彼女に執着する騎士団副隊長の恋愛話。Rシーンは超あっさりです。

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

処理中です...