上 下
28 / 48

27

しおりを挟む
27

 宿の部屋でオリビアはジルに問う。
「ジルはどうやって修道院で女性だと分かってもらったの?」
 ジルは無表情で
「脱いで」
 と短く言った。
「脱…?」
「自分が女性だと証明できる物など、身体しかないですからね。ええ、脱ぎました。上半身だけですけど」
 ジルは早口で言う。
 ベッドに座ったオリビアがポカンと口を開けて、立っているジルを眺めると、ジルははあ~と大きなため息を吐く。
「女装なんて、オリビア様に解雇された日以来ですよ…」
 オリビアがリネットを連れ去った時、馬車にいたメイドのお仕着せ姿の女性がジルだったのだ。
「女装って、ジルは女性じゃないの」
「男性の姿の方が長いですし、精神的にもしっくり来ます。しっくり来すぎて余程の訓練を受けた、それこそ『裏』の人間にしか女だとは気付かれません」
 キッパリと言い切るジルに、オリビアはくすくす笑う。
「オリビア様」
「なあに?」
「ダグラス様も私を男だと思っていましたよ」
「え?」
 オリビアはジルを見上げる。
「オリビア様が私に心を許しているのを、苦々しく見ておられました。まあ表情には出ていなかったですけど」
「…表情に出てなければ、本当かどうかわからないじゃないの」
 ジルは片眉を上げる。
「わかりませんか?」
「わからないわ。それに、私じゃ…ダグラスの相手にはなれないのよ」
 俯くオリビアにジルは呆れたように言った。
「やっぱり、オリビア様は馬鹿ですね」

-----

 それからも、オリビアに対するダグラスの態度は変わらなかった。
 馬車の乗り降りには手を差し伸べてくれる。食事の時や馬車の中でも談笑する。目が合うと、視線を逸らす事はなく、笑顔を向けてくれる。
 オリビアはそれでも距離を感じていた。
 頬を手で包まれ、口付けられた。その時の優しくて甘くて熱い眼差しを、無意識に探してしまう。

 私では駄目なのに。矛盾しているわ、私。

 オリビアは向かいの座席に座り、書類を見ているダグラスを眺める。
 ダグラスがふと視線を上げてオリビアと目が合った。
「どうした?」
「…眼鏡、掛けてないんだな、と思って」
 オリビアは視線を下げてスカートを握る。
「ああ、修道院の前で投げ捨てたからな。領地屋敷まで戻れば予備がある」
「そう」
 紫の瞳のおかげで、あの時あの男の憎悪を、オリビアから逸らし自分へ向ける事ができ、結果オリビアとジルが修道院の門内へ走る隙ができた。
 ダグラスは紫の瞳を持った事に、生まれて初めて感謝したのだ。

 チャンドラー家の領地屋敷に着くと、また使用人たちに熱烈歓迎された。
 ダグラスはオリビアを部屋へ案内すると
「少し話があるんだが、良いか?」
 と言った。頷いてオリビアはダグラスを部屋に招き入れる。侍女が二人にお茶を入れて退出すると、ダグラスは言った。
「ここからは、別行動しよう」
「え?」
「俺はここから、ルイと、あの男の件を片付けに王都へ行く」
「……」
「オリビアはこのままジルと一緒にパリスの所へ戻れ」
「…うん」
 オリビアは俯いて頷く。

 ここから王都まではどのくらいかかるのかしら。王都から領主様の所まではどのくらい?
 …もしかして、このままダグラスに会えなく、なるの?

「ダグラス様、後始末は私一人でも充分ですが」
 オリビアの部屋を出て、廊下を歩いていると、ダグラスの後ろからルイが声を掛けてくる。
「わかっている。が、俺もそんなに人間ができていない」
「要するに、オリビア様と二人きりの旅は辛い、と」
「……」
 ダグラスは眼鏡を押し上げる仕草をするが、そこに眼鏡はなく、小さく舌打ちする。
 ずっと二人きりで、いつか理性が飛んでしまったら…きっとジルがダグラスを止めてくれるだろうが、オリビアを怯えさせてしまう。オリビアに怖い思いはもうさせたくはない。
「最初から喧嘩別れをした事にする予定だったんだ。丁度良いだろう」
 別行動しようと言われたオリビアは、衝撃を受け、明らかに落ち込んでいた。ダグラスはその様子を思い返す。

 どうして、俺を受け入れられないのにあんな表情かおをする?

 ダグラスは自分の部屋に入ると、机の引き出しから予備の眼鏡を取り出すと、胸ポケットへ入れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

囚われの姉弟

折原さゆみ
恋愛
中道楓子(なかみちふうこ)には親友がいた。大学の卒業旅行で、親友から思わぬ告白を受ける。 「私は楓子(ふうこ)が好き」 「いや、私、女だよ」 楓子は今まで親友を恋愛対象として見たことがなかった。今後もきっとそうだろう。親友もまた、楓子の気持ちを理解していて、楓子が告白を受け入れなくても仕方ないとあきらめていた。 そのまま、気まずい雰囲気のまま卒業式を迎えたが、事態は一変する。 「姉ちゃん、俺ついに彼女出来た!」 弟の紅葉(もみじ)に彼女が出来た。相手は楓子の親友だった。 楓子たち姉弟は親友の乗附美耶(のつけみや)に翻弄されていく。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...