上 下
27 / 48

26

しおりを挟む
26

「つんつるてんだな」
 修道院から出て来たオリビアとジルを見て、馬車の前に立っていたダグラスが言った。
 ジルは背が高いので、着せられた見習い修道女の制服の袖も裾も丈が短かったのだ。
「…着替えます。また、宿で」
 不機嫌な表情のジルが姿を消すと、ダグラスは馬車の扉を開けてオリビアを乗せる。
「マリは、どうだった?」
「修道院ではマーサと名乗っているそうよ。領主様の手紙を渡してこれを預かったわ」
 座席に座ったオリビアはマーサから預かったハンカチを取り出す。そこには「いつまでも」と一言書いてあった。
 マリーナからパリヤへの「いつまでも待っている」「いつまでも愛している」というメッセージだ。
「そうか…」
 ダグラスは安堵したように頷いた。

-----

「ダグラスやルイに怪我はなかった?」
 マーサから預かったハンカチを自分のハンカチで包んでバッグへ仕舞い、オリビアは視線を上げてダグラスを見る。
「ああ、俺もルイも大丈夫だ」
「そう…良かった…」
 オリビアはホッと息を吐いた。
 そのまましばらく沈黙する。
「…あの男は…?」
 オリビアが意を決して小さな声で問うと、ダグラスは
「…もうオリビアを狙う事はない」
 と優しく微笑んで言う。
 それはつまり、ジルが言っていたように「息の根を止めた」という事か。確信的にそう言うという事は、ダグラスは場面を確認していたか、本人が手を下したか…そう考えたオリビアの目に涙が浮かぶ。
「…ごめんなさい」
「オリビア?」
「私のせいでダグラスに人を……」
 相手は罪人とはいえ、そのような罪をダグラスに負わせるつもりはなかった。オリビアは俯いて両手で顔を覆う。
「オリビアのせいじゃない。そうだろう?」
 ダグラスの優しい声に涙が溢れる。
「…でも」
 オリビアが顔を手で覆ったまま首を横に振ると、ダグラスは
「オリビアのせいじゃない」
 と繰り返す。
 ダグラスは座席を立つと、オリビアの前で両膝を着く。
「オリビア…触るぞ」
 そう言うと、オリビアの手を持ち顔から退かす。
 オリビアの顔を下から覗き込む。優しく微笑むと、涙に濡れたオリビアの手の平へ口付けた。
「オリビアを脅かす奴を葬った事、俺は後悔はしない」
 ダグラスはオリビアの頬を両手で包むと、唇へ軽く口付ける。
「…ダグラス?」
 目を瞬かせるオリビアの頭を抱き寄せ、額を自分の肩へ押し付けた。
「…オリビア、好きだ」

 その言葉を聞いて、オリビアの脳裏にチャンドラー家の侍女の言葉が浮かぶ。
「ダグラス様にはかわいいお嫁さんを迎えて幸せになっていただきたいのです」

 …駄目。

 ダグラスの肩に額を着けたまま、オリビアは強く横に首を振る。涙がパタパタとダグラスの腿へと落ちた。
「…俺では、駄目か?」
 
 違うの、私では駄目なの。

 言葉にならず、両手で顔を覆ってただ首を横に振った。
「…そうか」
 ダグラスはオリビアの頭を軽くポンポンと叩くと、両手でオリビアの肩を押して起き上がらせる。
「困らせてごめんな」
 眉を寄せて、苦し気に、それでも微笑んで見せるダグラスに、オリビアはようやく声を絞り出した。
「…ごめん…なさ…」
「謝る事はない」
 ダグラスは自分のハンカチをオリビアの手に握らせ、向かいの座席に座った。

 ダグラスは窓の外を眺める。
 致命傷となる背中の傷を付けたのはダグラスだ。最期に実際手を下したのはルイだか、ダグラスがルイにそう命令し、その様子の一部始終を見、確実に息絶えるのを確認したのだ。自分が手を下したのと同義だとダグラスは考えている。
 オリビアはダグラスが手を汚したのは自分のせいだと思っている。そんなオリビアに「好きだ」と告げた事をダグラスは後悔していた。贖罪で側に居て欲しい訳ではないのだ。
 俯いてすすり泣くオリビアを視界の端に捉える。

 贖罪でも…俺の気持ちは受け入れられない、という事か。
 
 ダグラスは窓の外に視線を移した。
 
 宿に馬車が着くと、ダグラスは馬車を降りて
「ジル」
 と呼ぶ。ダグラスの前に騎士服のジルが音もなく現れる。
「…オリビアを頼む」
 そう言うと、振り向く事なく宿へ入って行った。

 ジルはため息を吐いて、馬車の座席で俯いてダグラスのハンカチに顔を押し付けているオリビアを見た。
「オリビア様、馬鹿ですね」
 オリビアはハンカチから少し顔を上げると、真っ赤な眼でジルを睨む。
 ジルは皮肉気に笑うとオリビアに手を差し出した。
「オリビア様もダグラス様を好きな癖に」







しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

処理中です...